「光」―《透過の継承 ― 全視の輪環》
◆「光」ルート
《透過の継承 ― 全視の輪環》
大樹の核に満ちていた影が、ゆっくりと薄れていく。消えるのではない。溶けるように、光の層へと混ざり込んでいく。黒と金の境界は曖昧になり、核そのものが一枚の水面のように澄み始めた。
視界は、もはや“見る”という行為に依存していない。前後も上下も意味を失い、世界は同時に開かれる。遠い枝葉で芽吹く新芽の震えも、地中深くで眠る古層の軋みも、隔たりなく意識へ流れ込む。時間さえ、直線ではなく円として知覚される。
ここで継承されるのは、力ではない。
視点そのものだった。
影が担ってきた「別の可能性」は、否定も保留もされず、すべてが光の中に透過される。選ばれなかった道は、消えずに並び続ける。過去も未来も、誤りも成功も、同じ透明度で存在する。判断とは、切り捨てる行為ではなく、重なり合う層の中から“今”に最も適した波を拾い上げる操作へと変質する。
大樹の内部構造が変わる。
根は世界の深層へ伸びるだけでなく、横へも、上へも、無数の観測線を張り巡らせ始める。王家の権威は、命令によって成り立つものではなくなる。誰もが、変化の兆しを事前に“感じ取れる”ようになるからだ。
疫は兆候の段階で和らげられ、争いは言葉になる前に形を失う。飢えは起こらず、恐怖は共有され、孤立は成立しない。破綻は、発生する前にほどかれていく。
世界は、穏やかになる。
だが同時に、物語は薄れていく。
英雄は現れない。
悲劇は未然に回避される。
極端な選択が生まれる余地がない。
すべてが見えるということは、すべてが予測されるということでもあった。未知は減り、奇跡は説明可能な現象へと変わる。人々は安心を得る代わりに、畏怖を失っていく。王家は導く存在ではなく、調律する装置へと近づいていく。
それでも、世界は壊れない。
むしろ、かつてないほど安定する。
大樹の葉は常に光を反射し、空は曇らない。夜は訪れるが、闇は深くならない。誰もが「次」を知っている。失敗の形も、回避の方法も、共有されているからだ。
核の中心で、透過された影が最後の輪郭を残す。声ではないが、意味として世界に一度だけ刻まれる。
「すべてを見よ。ただし、決める責任から逃れるな」
その波紋が消えたあと、光は完全に均質化される。
王家は象徴となり、世界は自らを修正し続ける構造へ移行する。
選択は消えない。
だが、劇的ではなくなる。
誤りは早く、静かに、痕跡を残さず修正される。
破滅は存在しない。
代わりに、物語が育つ余白もまた、存在しなくなる。
人々は幸福だ。
ただ、語るべき“伝説”を持たないだけで。
光の継承は、世界を守る。
同時に、世界から“闇に向かう勇気”を奪っていく。
それでも、大樹は呼吸を続ける。
透過された未来の中で、静かに、完璧に。
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◆「渾」ルート ― 予測不能の核
全視の輪環の内部に、未来が一切映らない“空白領域”が生まれる。光はそこを照らせず、世界は初めて不確定性を取り戻す。
人々は恐れつつも、そこに「物語の芽」を見出す。王家は、再び意味ある選択を迫られ、安定の時代は終わりを迎える。
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◆「冥」ルート ― 見えぬ道を歩む者
完全に可視化された世界で、あえて「見えないまま進む」存在が現れる。安全も予測も拒み、闇へ踏み出すその姿は、失われた神話を呼び戻す。
光に満ちた時代に、再び畏怖と冒険が芽吹き、王家は“語られる存在”へと戻っていく。




