伯爵家との婚約話
私の名前はアリエッタ・ヴォーゲル――ヴォーゲル公爵の娘だ。
私の余命はあと2年。魔素過剰蓄積型体質の私に婚約者なんて見つからない……。先週までは、ずっとそう思っていた。嫁入り先が見つからなくて、両親が悩んでいた時に、結婚の申し込みがあったのである。
「カーター・クレイトン伯爵、78歳」
「え?」
「あなたと同じくらいの余命だわ」
「お、お母さま。ちょと、お待ちになって? 正気ですか?」
「アリエッタ、男は金よ。いくら性格が良くても、お金がなければ生きていけないの」
「仮にも公爵夫人が、自分の娘にそんなこと言いますか?」
「こんなこと、だれも言ってくれないわよ」
「……」
その時、お母さまはお父様をちらりと見ていたが、それは見なかったことにしようと思った。
ヴォーゲル家の家計は、火の車だった。私の治療費も払えずに、両親が困り果てていたちょうどその頃、クレイトン伯爵から結婚の申し込みがあったのだ。
自分のお祖父さまと同い年の男性に嫁ぐことに全く抵抗が無かったわけではない。余命が同じくらいの相手がいいだろうと、自分で自分を説得し、無理やり納得した。
なぜ会ったこともない人から支度金が送られてきたのか──理由は分からない。それでもやっぱり、生きているうちに親孝行が出来たのは良かったと思えた。
――だから余計に、伯爵から聞いた言葉に、私は衝撃を受けていた。
「わしは婚約者ではない」
(わしは婚約者ではない……。なんですって? 今から私に実家に帰れというの?)
辺境の地にあるクレイトン伯爵家へ着いた翌日、私は朝食を食べる前に、クレイトン伯爵へ挨拶をするため、執務室に来ていた。
帝国では3人に1人が魔術が使えると言われているが、私は生まれてこの方、魔術が使えたことはなかった。魔力があっても、魔術が使えない。宝の持ち腐れとはこういったことを言うのだろう。
「わが伯爵家には、いろいろと事情がある。秘密に出来るか?」
「はい」
(秘密に出来るかって、出来ないなんて言えるわけ、ないじゃないの)
もし何か不審な動きでもあれば、隠し持っている剣で、目の前にある老人を無力化してしまおうと思っていた。
私は魔術は使えなくても、ある程度の剣術は出来る。先月、師範から免許皆伝をいただいたので、帝国の近衛騎士にも引けを取らないであろう。
海の向こう側にあるエスターク公国では、奴隷の売買が行われていると聞いている。もしかしたら、私は人体実験のために売られてしまうのかもしれない――詳しいことはよく分からないが、魔力があるのに使えない身体は、人体実験に必要かもしれないと思った。
「実は私には、息子がいる。正妻との間に子は出来なかったが、商家の娘との間に子供がいるんだ。先週まで街で暮らしていた。母親が亡くなってね……。君には、その息子の伴侶になってもらいたい」
「え?」
「どうだろうか? 君と同い年の16歳なんだが……」
「奥様は、そのことを……」
「もちろん知らない」




