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第六章【神喰らいの鍛造】

階段は終わった。ユウは立ち止まる。

胸は灼け、肋骨は砕け、筋肉は裂けている。それでも心は囁いた。


――このまま潜れば死ぬ。オルカルの“気迫”だけで押し潰されかけた。俺は弱い。あまりにも弱い。これじゃ足りない……この身体じゃ足りない。


ユウは戦いのためではなく、決意のために初めて拳を握った。

彼は降りない。まだ、降りない。


「ここで止まる。休むためじゃない。」

血を吐いて笑う。「このみじめな人間の身体を、武器に鍛え直すためだ。」


鍾乳石と鋭い岩が並ぶ洞窟は、まるで炉のように熱い。影は牙のごとく尖っていた。

ユウは小さな〈ブラックホール〉を呼び出す。


【スキル:ブラックホール ― マイクロ・グラブ】

→ 局所重力 ×2


洞窟が圧し掛かる。腕が震え、汗が滲む。

伏せて腕立て――一回、二回、十回。二十で骨が軋み、音を立てた。


「いい……いいぞ。壊して……から、作り直す。」


重力をさらに倍にする。肋骨がはじけ、歯を食いしばって悲鳴を噛み殺す。


「裏切るなよ、物理……! 負荷、適応、克服。俺は自分を、中性子星より“濃い”何かにしてやる!」


大の字に倒れ、息も絶え絶えに苦笑する。

「誰がこんな訓練すんだよ……天体物理語りながら筋肉シチューか。俺は異世界ジム兄貴か?」


――そのとき、妹の声が響いた。


拳に力がこもり、爪が皮膚を破って血が滲む。

「いいや。ここで死なない。たとえ自分を粉々に折って、痛みで糊付けすることになっても、俺は生き延びる。」


システム通知

【スキル進行:クォンタム・ヒーリング Lv.3】

【スキル獲得:重力鍛錬グラビティ・コンディショニングLv.2】

【スキル獲得:鋼ノ意志アイアン・ウィルLv.1】


「上等。」咳き込みながら呟く。「だが、まだ足りねぇ。永遠に足りねぇ。」


ユウは胡座をかき、狂気の研究者のように自分へ囁く。


「マナは大気に似てる。内的備蓄は有限。外部の流れは果てのない海。問題は――引き過ぎれば溺れ、少なすぎれば窒息。」


ゆっくり吸い、さらにゆっくり吐く。硫黄の味……から、火の熱、霜の冷え、微かな静電気のような刺激へと変わっていく違いを“感じた”。


「掴んだ。」口角が上がる。「マナは、コスプレした物理だ。」


【スキル獲得:マナ感知マナ・センスLv.1】


――六十日。千体の魔物。

身体はもう悲鳴を上げない。適応した。だが、精神は――


ある夜、視界が白に弾けた。

冷たい機械的な音色が頭蓋に満ちる。


[宿主状態を解析中……]

[効率上限に到達。]

[適応サブシステム、起動。]


世界が凍りつく。データ、ベクトル、数式、攻撃パターン――奔流のように脳へ流れ込む。そして――


【固有スキル:エテルナム・コーデクス】

その声は静かで絶対、滑らかで無性、親密でいて広大。

コーデクス「やあ、ユウ。君は私を作り出した。残酷で、非効率。だが――生存への意志と、無限の推論が私を生ませた。導こう。」


ユウは半笑いで、半泣きのまま瞬く。

「何だよコレ……ついに幻聴か? ダンジョンで頭が壊れた?」


コーデクス「否定。私は幻ではない。君が血で押し通した観測と計算、生存本能の結晶。君の成長の鏡像だ。」


「……つまりチートスキルってこと?」

コーデクス「不正解。私はチートではない。君自身の成長そのもの。あらゆる傷痕、選択、そして“知性”の具現。」


ユウは涙を拭って笑う。

「ファンタジー世界で自作AI家庭教師を発明するとはな。いいさ。“俺”なら教えてみせろ。」


コーデクス「この世界の“知”を可能な限り供給する。立て。腰を前へ。重心はつま先。もう一度。」


ユウはうめきながら従う。

「体育教師みてぇな口ぶりだな。笛吹かないだけマシか。」


コーデクス「敵シミュレーション:〈熔獣〉。0.28秒で〈溶爪撃〉。対処連鎖:〈流水歩〉→〈刃線〉→〈脈護〉。効率87%。」


「おぉ……俺の脳みそ、対戦格闘の攻略本になったわけね。」


コーデクス「訂正。私がなった。君は雑。」


「うっ……自分の脳にディスられた。よし、やる。」


シャドウボクシング。踏み込み、斬撃、防御――先ほどよりも滑らかに、速く。


コーデクス「改善。しかし浪費。呼吸が多い。吸気を絞れ。吐息は鋭く。マナ整流、12%向上。」


鋭く吐き、もう一度。

「……本当だ、滑る。やべぇ、マジで運んでくれるのか?」


コーデクス「不正解。私は鏡。運ぶのは君自身。」


【スキル:思考加速ソート・アクセル×20】


時間が粘る。塵が空中で止まる。意識は澄み切る。


コーデクス「観測:肩の痙攣=爪撃の0.2秒前兆。熱量スパイク=〈マグマの奔流〉の0.5秒前。歩法を修正。」


「全部見える……VRチート視界ってやつだ。」


コーデクス「比喩、過大。これは生存。続行。」


数時間後、ユウは膝を折って震える。

コーデクス「中止。皮質負荷を検知。思考加速の過用。危険:ブラックアウト。」


「今は止まれねぇ! 止まったら――声が聞こえる……!」


コーデクス「ならば、私が話そう。」

静寂。

コーデクス「統計予測:現行メニュー継続で対オルカル生存率12%→43%。休息サイクル併用で57%。」


ユウは固まる。

「……休んだ方が強くなる?」

コーデクス「正。身体は鋼。焼き過ぎれば折れ、焼き入れすれば耐える。」

「……妹と同じこと言うじゃねぇか。参った、先生。」


ユウは眠りに落ちた。闇の中、コーデクスは微かに唸る。




さらに千の討伐の後――


【レベルアップ → Lv.10】

【エテルナム・コーデクス:フルオーソリティ解放】


コーデクス「新機能、起動。〈戦術オーバーレイ〉展開。」


ユウが瞬くと、視界に淡い線と矢印が走る――ルート、弱点、危険域が重畳表示された。

「……これ、やべぇ。綺麗すぎる。」


コーデクス「機能的、の一語。」


「やっぱ“礼儀正しい俺”だな、お前。」

傷だらけの拳を握る。掌の〈ブラックホール〉は、飼い慣らされた獣のように喉を鳴らした。

ユウは下り階段を見据える。


「オルカルは始まりに過ぎない。神ども、見てろ。俺は止まらない。俺の手で、引きずり落とす。」


コーデクス「目的確認。ルート策定。生存率、上昇中。食事も忘れるな。」


「はいはい……俺のチートがオカンになったわ。」

コーデクス「訂正。私はそれ以上に信頼できる。」

「……返す言葉もねぇ。」


ユウは一歩、踏み出す。

今度は――独りではない。

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