第五章【オルカルの玉座】
第六層 ― 緋の灼熱洞
階段はユウを灼熱の炉へと叩き落とした。
血管のように脈打つ紅の壁、滴り落ちる溶岩の雫、床は鼓動するように熱を帯び、硫黄の悪臭が喉を刺す。
「おいダンジョン、俺を焼く気か? それとも口説いてんのか?」
乾いた声で毒づく。砕けた肋骨が一呼吸ごとに突き刺さる。皮肉だけが彼の鎧――先輩の我慢よりも薄っぺらい。
轟音が響く。
【熔獣】
ランク:C
スキル:〈溶爪撃〉〈マグマの奔流〉
漆黒の巨躯が四体、灼ける溶岩脈を光らせながら影より這い出す。
戻る道は消えた。心臓を締め上げる絶望。
「俺はな、異世界チート野郎じゃねぇ!」
汗が目に沁みる。
「ただの“地獄に転んだ頭脳派”だッ!」
だが、妹へ誓った約束が拳を握らせる。
「死ぬわけにはいかねぇ!」
先頭の熔獣が跳躍――爪がツンデレ女の刃のごとく迫る。
「今日じゃねぇぞ、火種野郎ッ!」
ユウは転がり込む。砕けた肋骨が悲鳴を上げた。
爪が腕を掠め、皮膚が爆ぜた。
焦げる臭気、激痛が脳髄を焼く。
「ぐっ……っ! 火山に抱きしめられたみてぇだな!」
咆哮と共に短剣を突き立てる。
熔獣の関節が砕け、火花が爆ぜ、巨体は瓦礫と化した。
残る三体が唸る。
「かかってこいよ、溶岩の落ちこぼれ共!」
血と反抗が、赤き洞窟よりも熱く燃え上がる。
【モンスター撃破】
【スキル獲得:耐炎 Lv.1】 ― 熱ダメージがわずかに軽減。
【スキル獲得:即席武器術 Lv.1】
第七層 ― 水没の深淵
階段はユウを黒き水へと吐き出した。
氷のような波が腰まで呑み込み、沈んだ大聖堂のごとき洞窟が広がる。天井には蒼白い苔が張り付き、幽鬼のように明滅していた。
一滴ごとの滴下が、まるで死への秒読み。
「……はは。バーベキューから浴槽か。次はサウナでも用意してんのか?」
歯を噛み鳴らす。六層の火傷がまだ胸を苛み、肋骨は砕けた硝子のように軋む。
水面が揺れる。
蒼白い手が突き出た。
そしてもう一つ、さらにもう一つ――数十の腕が暗黒の水から這い出す。
虚ろな瞳が、燈火のように青白く輝いた。
脚は存在せず、代わりに溺れた鰻のような尾が水を裂いて揺らめく。
【溺霊】
ランク:C
スキル:〈溺死の抱擁〉〈死骸の残響〉
「おいおい……泳げるゾンビとか反則だろ!」
ユウは呻き、後退しながら鍾乳石に背を預ける。水は胸まで迫り、傷口を冷たく痺れさせた。
突如、霊の一体が悲鳴をあげて飛びかかり、爪が足首を掴んだ。
もう一体が腕を引きずり込む。
ユウはもがき、そして――沈んだ。
暗闇。静寂。肺が悲鳴を上げる。
溺死の闇に引き裂かれ、視界が黒に染まっていく。
「……これで……終わりか? ここまで来て……俺はゴミみてぇに溺れんのか……」
心の中で、かすかに呟いた。
だが、家族との約束が脳裏を閃かせた。
「まだ……ッ!」
必死に足を蹴り、砕けた肋骨が悲鳴をあげる。短剣は霊の腕を裂けず、引きずり込む力はさらに深く――
喉が痙攣し、黒斑が視界を覆う。
「死んでたまるかァッ!!」
ユウは最後の力で剣へ魔力を叩き込んだ。
水が震える。
圧縮された斬撃が弧を描き、三体の霊を一閃した。
水泡混じりの悲鳴を上げ、彼らは爆ぜて沈んでいく。
ユウは水面を突き破り、血と共に水を吐き出す。
「はぁっ……はぁっ……ざまあみろ……水浸しの化け物共が……!」
洞窟は唸るように揺れ、青白い光が水底に群れをなす。
【スキル獲得:波斬り(ウェーブスラッシュ)】
水中で魔力を凝縮し、斬撃の衝撃波を放つ。
「……へっ、てめぇらの遊び場には新しいオモチャを持ってきたぜ」
ユウは剣を構え、牙を剥いた。
水圧の弧が次々と放たれ、霊を腐った果実のように裂いた。
氷の爪が脇腹を抉り、冷たい焼痕が残る。それでも彼は止まらなかった。
痛みが心を研ぎ澄まし、叫びと共に斬撃は加速する。
最後の一体が沈黙したとき、深淵は静寂に包まれた。
残されたのは、震えながらも立つユウひとり。
目の前に淡い光が揺らめく。
【モンスター討伐完了】
【スキル獲得:水中呼吸 Lv.1】 ― 水中で酸素をわずかに吸収可能。
ユウは口元を拭い、苦笑を零した。
「波斬りに、水中呼吸……悪くねぇ。次はネズミみたいに溺れ死ぬことはねぇな」
びしょ濡れの身体を引きずり、震える足で階段へと進む。
しかしその瞳には、なおも赤々と燃える炎が宿っていた。
「八層よ……準備しとけ。神どもが自分のクソみたいな遊びで窒息するまで、俺は死なねぇ」
そう吐き捨て、階段を踏み下ろした。
第八層 ― 砕かれた庭園
階段はユウを沈黙の中へと吐き出した。
そこは中庭――砕け散った大理石の床、溶け落ちた顔を持つ天使像、壁を覆う棘の蔦。先端は病的な緑に光り、滴り落ちる蜜は石を焼き、ジュウと音を立てた。
甘く腐った匂いと毒の臭気が、空気を支配していた。
「……溶岩サウナの次は心霊植物園かよ。ジャンル統一しろよ、クソダンジョン」
肋骨を抱え、息をするたび肺にガラスが突き刺さるような痛み。
蔦が震えた。重い“這いずる音”が響いた。
【毒蛇】
ランク:B
スキル:〈酸牙〉〈毒霧〉〈再生〉
十の首が廃墟からもたげ、滴る牙の毒液が床を煙に変えた。
ユウの目が見開かれる。
「……おいおい、十首? ハイドラのDLCとか聞いてねぇぞ!」
蛇が咆哮し、霧を吐き出す。
【ヴェノム・サーペントのスキル:毒霧】
緑の瘴気が庭を覆う。
肺が痙攣し、吐血が喉を焼いた。
「ぐっ…毒…ッ、くそ……!」
視界が歪み、膝が崩れそうになる。
システムが脈打つ。
【スキル獲得:毒耐性 Lv.1】 ― 毒のダメージがわずかに軽減。
「……はっ。ありがとよ、システム。火を飲んでるみてぇに痛ぇけどな…」
一首が突進。
牙が腕を掠め、肉が溶けた。ユウは悲鳴を上げ、短剣を振り回す。幸運にも眼窩を貫き、毒血が飛び散り、手を焼き焦がした。
「アアアアアッ! ふざけんなッッ!」
システムが再び脈動する。
【スキル獲得:毒鞭】
水属性魔力を鞭へ凝縮し、毒を纏わせる。
ユウは膝を突き、震える胸から魔力を絞り出した。短剣が歪み、滴る毒の鞭へと変わる。
「これが…俺の一手だ! 《ヴェノム・ウィップ》ッ!」
鞭が蛇の首を絡め取り、大理石へ叩きつけた。短剣が眼を貫く。
しかし裂け目から蔦が噴き出し、肉を繋ぎ直そうとする。
「復活すんな! ゲームオーバーだろうが!」
二首が襲い掛かる。ユウの体は限界を超え、視界が狭まる。
「……仕方ねぇ…!」
掌に小さな虚空が生まれる。
【スキル発動:ブラックホール Lv.1】
渦が開き、霧も毒も蛇の肉も吸い込む。首が引き寄せられ、ユウは短剣を突き立てた。
最後の首が顔面へ迫る――鞭を顎に叩き込み、毒血を浴びながら押し潰す。
沈黙。
【モンスター討伐完了】
【スキル獲得:解毒薬作成 Lv.1】 ― 魔物の素材から初歩的な解毒薬を作成可能。
ユウは砕けた大理石に倒れ込み、荒い息を吐いた。
「八層…危なかったな…でも、まだ生きてる…」
崩れかけの体を引きずり、次の階段へ。
第九層 ― 氷黙の神殿
雪が足を呑み、空気は刃のように肺を裂いた。
凍り付いた都市、崩れた家々、中央には氷晶の神殿がそびえる。
システムが警告を発する。
【警告:モンスター接近】
【名称:氷牙竜】
ランク:B
スキル:〈氷獄の咆哮〉〈氷牢〉〈氷牙撃〉〈絶対零度の吐息〉
神殿の尖塔から影が動いた。氷の鱗を纏い、青き炎の瞳を持つ巨竜が翼を広げた。
ユウは唇を噛む。
「ドラゴン…? ただの“雑魚”モンスター扱いかよ…頭おかしい…」
竜が咆哮する。
「愚かな蟲よ。ここは我が氷の王国。貴様の命、氷に砕け散れ。」
【スキル:氷獄の咆哮】
氷刃が吹雪となって襲う。
ユウは背を裂かれ、雪を赤に染めた。
「くそっ……止まれ、俺の足! 進めッ!」
掌を突き出す。
【ブラックホール Lv.1:発動】
虚空が氷刃を呑み込み、反動で骨が軋む。
竜は嗤う。
「よい…もっと抗え。抗う獲物ほど旨い。」
「黙れッ! 食われてたまるかよ!」
絶対零度の吐息が神殿を粉砕する。ユウは腕を凍り付かせ、悲鳴を上げる。
システムが脈打つ。
【スキル獲得:氷耐性 Lv.1】
「…抵抗スキル? 上等だ……!」
竜の尾が襲いかかる。ユウは転がりながら叫んだ。
「恐怖が殺すんじゃねぇ。諦めが殺すんだッ!」
瞳が赤く輝き、虚空が爆ぜる。
【ブラックホール:崩壊】
竜の顎を砕き、血が雪を黒に染めた。
「虫けらごときが……!」
ユウは血を吐き捨てる。
「虫でも構わねぇ…神の喉奥まで這い上がって、引き裂いてやるッ!」
最後の絶対零度の光線を虚空が呑み込み、ユウは喉元へ短剣を突き刺した。
【モンスター討伐:フロストファング・ドラゴン】
【スキル獲得:氷耐性 Lv.2】
【スキル獲得:氷属性親和 Lv.1】
【スキル獲得:氷刃】
ユウは雪の中で膝を突く。
「…死ぬ…前に……生き延びる術を…作るんだ…」
血に濡れた手を胸に押し当てる。
【新スキル創造:量子治癒】
青い光が腕を包み、凍傷が癒えていく。
「やった……生きられる……」
彼は立ち上がる。
「俺はまだ弱い。だが生きる術を得た。これで…神を喰らう道を進める…!」
雪を踏みしめ、次の階段へ。
第十層 ― 王座の間
階段は闇の大広間へ。
黒き天使像が祈り、泣き、苦悶の表情で並び立つ。
中央には黒曜石の玉座。刻まれた赤のルーンが鼓動のように脈動する。
そこに座すは――
【オルカル】
ランク:A
スキル情報:不可視
ユウの胸が凍る。
「……読めねぇ…? 冗談だろ…」
存在するだけで世界が軋み、地が裂ける。
「貴様……王座に足を踏み入れたか。呼吸ひとつ、その命の代償だ。」
オルカルが立ち上がり、空間そのものを圧し潰す。
「やべぇ……圧力が…呼吸すら奪う……!」
【スキル:紅裂】
赤い爪撃が大地を裂く。ユウは虚空で受け流し、辛うじて回避。
「一撃でミンチだ…! 黒穴しかねぇ!」
虚空が斬撃を呑む。だがオルカルは嗤う。
「不完全な穴よ。物質は喰えど、意志は喰えぬ。」
虚空が震えた。ユウの恐怖が形を崩す。
「…くそっ、怯んだら終わりだ。落ち着け…削れ…耐えろ…!」
次の瞬間、大地が震えた。
【スキル:血震脚】
衝撃で吹き飛ばされ、柱に叩きつけられる。血が溢れる。
「動けば死ぬ、止まっても死ぬ……残るは、抗うのみ!」
立ち上がるユウ。挑発する声。
「化け物が…偉そうに!」
紅の嵐が空間を裂き、虚空が必死に削り取る。血が舞う。
「……倒れるかよ。俺はまだ…家族に誓ってる…!」
オルカルの全力が放たれる。
【スキル:紅滅】
虚空と治癒の全てを重ね合わせ、ユウは突撃する。
「オルカルアアアアッ!!!」
短剣が胸を裂き、玉座が崩れる。
【ボス討伐:オルカル】
【スキル獲得:威圧Lv.1】
【クォンタム・ヒーリング Lv.2 安定化】
ユウは床に倒れ、笑いながら涙を流した。
「……まだ生きてる。まだ進める……頑固者で悪かったな。」
階段が開く。更なる深淵が待つ。