『写し屋、禁呪を刷る』(読み切り版)
『写し屋、禁呪を刷る』
(読み切り版)
--
その日、王都の広場に集まった群衆の目は、ただ一枚の紙に釘付けになっていた。
白い羊皮紙に整然と記された魔法陣と呪文の詠唱文。
朱のインクが刻む円い陣形は、魔導師でなくとも見惚れるほどの美しさだった。
──《召喚術・第七式・龍喚》。
「おい……これ、本物か? この禁呪、王宮の魔導塔でしか見たことねぇぞ……!」
「しかもこの紙、三銅貨で買えるって……!?」
ざわめきが怒号に変わるのに、時間はかからなかった。
写し屋《エルメ印刷工房》。
王都の外れ、通りの角にひっそりと店を構える小さな店だ。
だが、店主のエルメは只者ではなかった。
前世、日本の同人印刷業者。特殊インクとオンデマンド印刷のプロ。
転生先のこの世界で、羊皮紙と魔力転写装置(魔導式コピー機)を自作し、店を開いたのが三ヶ月前。
魔法書の複製、術式スクロールの再印刷、さらには読みやすい書体への変換まで請け負い、口コミでじわじわと人気を集めていた。
──そして、事件は起きた。
「え? それ、売ってたの……? あれ、冗談で刷った見本用の禁呪だったんだけど……」
店の奥、魔導輪転機の前で、エルメが血の気を引かせていた。
まさか、自分が過去に刷った“サンプル”のスクロールが、誤って一般販売に混ざっていたとは。
しかもそれが、魔導塔の最高禁術──ドラゴン召喚。
「よりにもよってアレかよおおおお!」
外ではもう煙が上がっていた。
若い冒険者風の男が、「これ、ほんとに召喚できるのか?」などと呟きながら、街外れで紙を広げて詠唱を始めたらしい。
「よし。今のうちに荷物まとめて逃げよ」
エルメは即断即決だった。
王国では「魔法の無断複製」は禁忌。
とくに王室管理の魔法をばら撒くなど、もはや反逆罪に等しい。
……が、逃げるより早く、ドアが開いた。
甲冑の音。王国魔導騎士団の紋章。
先頭にいた男が、ゆっくりと兜を外す。
「写し屋エルメ。貴様を禁術流布の罪で──」
「話せば長いんだけど、超短く言うと、ミス!」
「……は?」
「しかも、売れたのは一枚だけ! ほんとそれだけ! 誰にも悪気はないし、もう刷らないから! お願い、勘弁して!」
「……駄目だ。ついて来てもらう」
こうしてエルメは連行された。
だが、翌日。
王都のあちこちで“模倣されたドラゴン召喚スクロール”が出回り始めた。
エルメの印刷物のレイアウトは見やすく、詠唱の補助ガイド付き。
結果、一般人でも「読めばなんとなく使えてしまう」代物だったのだ。
まさかの大流行。
皮肉にも、魔法の民主化は「一人の写し屋の誤植」から始まった。
(了)
異世界×文房具×禁断の魔術