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ひととま  作者: 珈琲
第三章
94/104

3-8

チュンチュン…


朝日が眩しい。

昨晩は窓を閉め忘れて寝てしまい、夜中にかなりの雨が降ったのだろう。

窓のカーテンがずぶ濡れ、床には水溜りができていた。


はぁ……やらかしてしまった…。


髪をかき上げ、ため息をついた。


これはヒスイに怒られるやつ……。いや、城に来てからは怒られてないか。


「……なんか、このままじゃダメな気がする」

ポツリと呟いた。


恐らく、父様が根回ししているのだろう。

時々、ユキ、ハル、アキの誰かがわざわざ城まで来て話し相手をしてくれている。

多分、三人でシフト組んでる。

北エリアのハルは一番城まで遠いし。

そこまで迷惑をかけたい訳じゃないし…。


コンコン。


「どうぞー」


ガチャリ。


入ってきたヒスイは、室内の水溜りを見た瞬間、顔を引きつらせた。


「起きてたようで……って!窓!お前まさか……」


慌てるヒスイを横目にノアが聞いた。


「ねぇ、俺どうしたらいい?ハル達にこれ以上負担かけたくないんだけど」


「はぁ……床、汚ったねぇなぁ……。普通気づくだろうがっ!」


「負担かけすぎて疲れさせちゃったら嫌じゃん?

アキは近いからまだマシかもだけどさ、ハルは一番遠いからさ…女の子に無理させるの心配じゃん?」


マジでコイツ人の話聞かねぇな……!クソが!

と、言いたい言葉を飲み込んだ。

濡れた床を見ながら、やれやれと頭を掻くしかない。


「……そうだなぁ。国王様から直々に、三人頼まれてるからな。

国王様としっかり話してくる事じゃん?これはお前以外無理だろ」


「だよねー……。やだなー怖いなー……」


思い返しても、いつも“今は忙しい“以外の返事を貰った記憶が無い。

廊下でいくら待っていても、部屋から出てくる事も無かったから、そのうち行くのをやめた。


「いつまでもジメジメしてんなよ。鬱陶しい。

恐らく、今は仕事で執務室にいるはずだよ。

腹括ってさっさと行ってこいよ。文句も全部言ってきな」

ヒスイは着替えをノアに投げつけた。




とぼとぼと一人歩くここの廊下だけは、同じ建物なのに異常に冷たい。


執務室の前に着いた瞬間、ノアは足を止めた。


扉は重く、まるで巨大な壁のようにそそり立っている。

幼少期、中に入った事もない、いくら待っても開かなかったあの扉だ。



手を伸ばそうと思っても、動けない。

扉の前、衛兵の視線がじわじわ刺さる。


「……殿下?どうぞ」


促されても、腕が上がらない。


「ノック、しましょうか?」


「いや、いい。自分でやるよ」


ノアは深呼吸をして、ノックをした。

静かな廊下に音が響く。


「入れ」


その声と共に、重い扉が開く。


執務室の奥では、国王が山積みの書類に目を通していた。


「急用か?」


落ち着いた声が飛ぶ。

視線だけを上げ、入ってきた人物を確認した。


「ノエル……」


一瞬、驚いた表情をしつつもまた国王の顔に戻っていた。


「皆、下がれ。しばらく…誰も近づけるな」


国王の低い声が静かに響く。


文官たちは驚いたように一瞬動きを止めたが、すぐに頭を下げて退出していく。


静かな室内に残されたのは、国王とノアだけ。


「さて。ノエル、座るといい」


「……廊下じゃなくて良かったよ」


ノアは嫌味っぽく言い、大きなソファに腰を下ろした。

飾りの刺繍が多く、座り心地はあまり良くない。


しばらくの沈黙の後、国王が先に口を開いた。

「…何か言いたくて来たんじゃないのか?」


「………まぁ、そうだけど…。

ハル達に余計な負担かけたくないし、無理に来させないでほしい」

ノアは靴を脱ぎ、ソファで膝を抱えながらつぶやいた。


「そうか…分かった。ちょっとシルヴィア呼んでいいか?

色々話したいだろうから」


「え?」

ノアは顔を上げた。


国王は電話をかけ、すぐに切った。

そして、ノアの近くまで歩いた。


「あの時、俺は国の立て直しに追われていて……お前が一人でいることに気付いても……目を背けていた。

今思うと、間違っていたと分かるけどな。

許せとは言わないが、これからはもう……目を背けることはしない」


ノアは抱えた膝に顔を伏せる。

「ふーん……」


パタパタと廊下を駆ける足音が聞こえてきた。


扉が開き、シルヴィアが息を切らしながら飛び込んできた。

入ってくるなり、いきなりノアを抱きしめた。


「ちょっ…!」


「私ね…弱い姿を見せられなくて、正面からあなたを見れなかったの。

本当はそんなこと、どうでも良かったのに。

ごめんなさい……」


父はそっと扉を閉めた。


「まぁ、そういうことだ。決してお前が邪魔だった訳ではない。

大事な世継ぎだからな」


「……別に。謝って欲しかった訳じゃないし。

それに俺、継ぐ気無いよ?落ち着いたら籍抜く予定だもん。

こんな堅っ苦しい生活なんて無理」


ノアは目元を拭ってそっぽを向いた。


「ノエル…お前、そんな事言うなよ…」


国王の肩が明らかにしょんぼりした。


「だって父様も母様も大変でしょ。

家庭より国とメンツ優先じゃん。

俺はエリックさんのところで普通の生活見て過ごしてたの。

家庭菜園とか、森で遊んだり……ああいう家がいい」


「………」

父も母も黙ってしまい、何か言葉を探している様だった。


「ルカでいいんじゃない?

今、必死に勉強してるんでしょ?ルカはここに嫌な思い出無さそうだし。

俺は……嫌な思い出しかない」


ノアは畳み掛けるように言い放った。


国王は苦そうな顔をして、とっさに話題をそらした。


「と、とりあえずだな、この話は保留にしよう。

それと……もうじき十六だろう。もう成人だ。

“父様、母様”呼びは……少し幼いな。

“父上、母上”がいい。

うっかり正式の場で言ったら恥ずかしいぞ」

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