3-4
その夜、部屋には三人用に豪華な夕食が運ばれてきた。
白いテーブルクロスの上には、磨き上げられた銀の食器が整然と並べられた。
籠に入ったふわふわの白いパン、彩り鮮やかなサラダ、濃厚な香りの立つパスタ、肉汁が滴るステーキが綺麗に盛り付けられていた。
銀製のフォークとナイフにも、細やかな彫りの装飾がされていた。
「うわ…すご……」
ハルは絶句した。
これは…。テーブルマナーを知らないと猛烈に恥をかくヤツ!!
あんまり音を立てちゃいけない、っていうのは聞いた事あるけど…どのくらいまでの音量ならオッケー?
飾り切りされてるの食べるの勿体無くない?それともこれは食べないやつなのかな…食べちゃダメなやつあったらどうしよう……。
「みんな食べなー。一応全部食べれるから。
それに、ただの夕食。好きなのから食えばいいよ」
ヒスイがノアのスープ皿を持ちながら、三人の方を見て声をかけた。
「はい、お前はまだスープな」
「えー…要らない」
ノアは毛布の中に潜りこんで答えた。
「ちょっとくらい胃に入れとけ。
いざって時に動けねぇだろ。ちゃんと毒味もされてっから」
「……スープが一番、いたずらされやすいんだよ」
「あー。昔、よくやられてたんだっけ?」
ユキが横から聞いた。
「うん。だいたいレイがね……嫌がらせで毒盛るとか頭おかしいじゃん」
ガタッ…と、アキが席を立った。
鞄から取り出したのは一枚の小さな紙。
スプーンにスープを少し取り、紙をつけた。
「ほら、色変わらないから毒入って無いよ。
少しは食べなよ。これ、野菜スープでしょ。
……どこかの誰かさんが用意したドロドロスープじゃないから飲み込めるでしょ」
チラリとハルの方を見て、アキは言う。
ビクッとしたハルは俯き、
「…ごめんて。アキ言ってたじゃん。病み明けは食べ物からの栄養が大事って……」
「飲み込めなきゃ意味ないだろ…」
ユキは呆れたように口を挟む。
「……はい。ごもっともです…」
ハルは俯いて返事をした。
「はいはい。分かったよー…」
そう言って、ノアは毛布から出てスープに口をつけた。
食事も終わる頃ーーアキが恐る恐る話を切り出した。
「……ちょうど皆んないるし、ハルの話…する?」
フォークを置いた瞬間、ハルが勢いよく身を乗り出した。
「それ!なんでみんな隠してたの!?」
「おー、だいたい思い出した感じなんだな」
ユキが背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。
「まぁ、俺とノアは話としてしか聞いてねぇけどな」
ヒスイも椅子に腰掛けながら話に混ざる。
「多分さ、アキの魔力が長時間途絶えて、効力切れたんだろうね。
しかも割れたんでしょ?」
ノアがスープの器を置きながら、ぽつりと言った。
「私ね、ずっと考えてたのよ。昔は普通に魔法使えてたじゃん。
アキとニ人で魔力共有してさ、こう…見えないパイプみたいなので魔力が循環してる感じで…」
ハルは両手で小さな輪を作る。
アキが苦い顔をした。
「……あのさ。六歳のとき、お母さんと一緒に誘拐されたの覚えてる? あれ本当に悲惨だったんだよ」
「うん。ヴェルレナの牢屋入ったら一気に思い出したのよ。
“女で子供の魔族なんて要らない”ってボコボコにされてさ……死ぬかと思ったよね」
「父さん仕事でいなくて、何回連絡しても全然繋がらなくてさ。毎回留守電なの。マジあれトラウマ。
仕方ないからアキと二人で…ハルの形跡辿って乗り込んだんだよな」
ユキはテーブルに肘をつき、フォークで野菜を突っついた。
アキは俯いて続けた。
「見つけた時のハル、血塗れでぐったりしてて……お母さんが必死に回復魔法かけてて……途中で蘇生魔法に切り替えたの分かったからさ。
“あ、これ死んだかも”って思って。
僕も無我夢中で魔法使ったら……ハルの分まで全部奪っちゃって……返し方も分かんなくて……。
正直、都合良く記憶失ってたから……思い出さないように魔石使ってストップかけてて…」
その場が静まった。
ハルは腕を組み、うーんと唸る。
「いや、それなんだけど……ちょっと違うんだよねぇ」
「何が?」
アキは顔を上げてハルを見た。
「うん。あのね、二人の魔力切ったの私なのよ」
「は!?」
ノアとユキも一斉にハルの方を見た。
ハルは少し照れたように笑いながら続けた。
「お母さん、私のためにずっと魔法使っててさ……このままだとお母さんが死んじゃうって思ったのよ。
で、どうせ私死ぬなら…魔力全部アキに渡して、お母さん治してもらおーって思って……。
だからーー他の属性とか邪魔だし要らないじゃんって思って、全部切ったの」
アキは固まったまま
「…………僕、ずっと自分のせいだと思ってたんだけど……?」
「ううん。あれは私が勝手にやったの」
ハルは苦笑する。
「じゃあ、僕に光魔法しかないのはハルのせい?」
「うん。だから他の全部私が持ってんの。
お母さん助けるのに光以外要らないじゃん?」
「……ハル、昔から魔法の扱い方だけはすごいんだね」
ノアがポツリと言った。
ユキとヒスイは同時にため息をついた。
「……まぁ、ハルだしな…」
「だってさ、お母さん回復は諦めて、蘇生魔法に切り替えたんだよ?
“あ、私死ぬんだな“って分かるじゃん?」
ノアは毛布を整え抱え直しながら
「まぁね…蘇生魔法って、ほぼ禁術だし。成功率は塵以下。
術者は魔力全部持ってかれて死ぬのが普通だからね。
……だから、ハルの判断は正しかったわけで。
二人とも生きてて良かったよね」
ガッターーン…
アキが椅子から崩れ落ちた。
「あっあっ!」
ハルとユキが立ち上がって慌てている。
「……ずっと…ずっとさー。ハルが落ち込む度にどうしよーって思っててさぁー。
思い出すようなキッカケがあったら困るからノア達にも話して、戻せる目処が立ったら……ちゃんと話そうって思っていたけどさぁぁぁ」
頭を抱えながら床をゴロゴロ転がっていった。
顔を手で覆いながら転がり、壁にぶつかって止まった。
「ちゃんと……話してれば良かった…」
少し声が震えていた。
「はい、ハンカチ」
ハルがしゃがんで、アキの顔にそっと乗せた。
「ひとまず魔力はアキが持ってればいいよ。
私は色々試してみるし。
今まではさ、属性が混ざらないように気をつけてたけど、混ぜたら爆発するって分かったから…」
「そうだなぁ。昔もハルそれやって、近所の森吹っ飛ばしてたからなぁ…」
ユキが遠くを見つめながら言う。
「父さん超怒って……。
近くの湖みたいなところ、あれハルが抉ったやつな」
「……ハルが不器用なのも筋力無いのも、成長が遅いのも…体内の死んだ細胞修復にエネルギー使ってるんだと、思う…」
アキは転がった姿勢のまま、ハンカチで顔を覆って呟いた。
「じゃあ、終わったら成長期くるかな?」
「さぁ?二十歳くらいで急に来てもさ……もういろいろ手遅れじゃん?」
ユキはノアのベッドにダイブし、あくびした。
「確かに、それは困るね……」
ハルは真剣に考え込む。
「ま、考えても直ぐには変わらないでしょ。
俺的にはサイズ感より温もりと優しさだし」
ノアは目を擦りながら、別の毛布をユキの腹に乗せた。
「つっても、自分より明らかにデカいとか2m超えとか微妙じゃね?」
ユキが突っ込む。
「それは、そう…。ハルが2m超えたらちょっと…ごめ。撤回するわ…。
あーあとハル……城の敷地内では実験やめて、ね。
ヒスイは……なんか、どっか更地にして良い場所…探しとい、て……」
毛布に包まったノアの声が、だんだんと小さくなる。
「そうだな…。探しとくわ。って、寝たなコイツ」
どこか安心したように笑った。
「一応、病み上がりだからね。そりゃ疲れるよ」
アキは立ち上がり、ヒスイから毛布を受け取ると、ベッドへ上がった。
「ハルも、考えてないで寝よー」
アキはスッキリした顔で言った。
「んー、そだね」
ハルも毛布を受け取り、そっとベッドに上がる。
「はい、おやすみー。
俺、隣の部屋にいるから。なんかあったら呼んで」
そう言い、明かりを消して部屋を出た。
パタン……。




