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ひととま  作者: 珈琲
第三章
89/104

3-3

「そろそろ帰れない?ここにいたら体が鈍って仕方がないんだけど」

客室に滞在中の第四騎士団団長のアオトは、そう言いながら肩を回して伸びをした。


「誠に申し訳ございません。まだ国王様より正式なご沙汰がなく…」



「ウチも今大変なんだよ…。

大事な副団長がすっかり自信喪失してるし、ノアの処遇もある。

他にも精神的に参っている団員もいる。

電話だけのやり取りにも限界があるんだよ……。

はぁーー」


アオトは髪をかき上げ、深いため息をついた。



コンコン。

その時、扉がノックされた。

騎士が扉を開けると、右大臣のナコルがいた。


「お待たせしてしまい、申し訳ない」


「やっと来てくれたか。状況は?」


「先程、ノエル様がお目覚めになりました。

こちらにサインをしていただきましたら、お戻りいただけます」

書類の入ったフォルダを差し出した。



「こちら、国王陛下と第二王子殿下の連名による誓約書でございます。

……団長殿も目を通していただき、サインをお願いします」


誓約書にはノアの端正な字で、第四騎士団含め関わった全ての人は一切事実を知らないこと、単独の行動である旨が書かれていた。


最後には、ノエルとして殴り書きの様なサインが記入されていた。


「仕方ないんだけどさぁ。

……あんまり追い詰めないでやってくれな」

アオトは書類に視線を落としたまま、誓約書にサインをした。


「じゃ、帰りますよ」


客室を出た廊下で、兄のヒスイとすれ違った。


「ご苦労さん」

ヒスイがすれ違い様にぼそりと声をかけた。


「あぁそうだ。ノアに伝えといてくれるかな?

席はちゃんとあるって」

お互い立ち止まる事なく、通り過ぎていく。



――結局、戻ってきちまったなぁ。

昔みたいになんないといいんだけどさ。

……どうだろうな。


ヒスイは頭をガシガシと掻きながら、ノアのいる客室へ向かった。



コンコン。

「……入るよ」


ヒスイは返事を待たずに扉を開けた。


毛布を抱きしめ、横たわっているノアの髪に三つ編みを施しているハル。

クッションを抱え、うとうとしているアキ。

寝っ転がりながらスマホを弄っているユキ。


広いベッドの上にいる四人が視界に飛び込んできた。

「………ゴロゴロしすぎじゃね?」



「失礼だなぁ。俺は今、癒しを貰っているところなんだよ」

不貞腐れた様にノアが返事をした。


部屋の空気が、異常にゆるい。


「お前が城ん中でこんなに堂々とダラけてるの初めて見たわ……。

まぁ、安心したよ。無防備すぎて怖いくらいだ」

肩の力が抜けたヒスイは、近くの椅子に座って四人をしばし眺める。


三人が、ずっと側に居てやってくれたらいいんだけどな……。



「……お前はほんっと、コイツらがいないとダメだな」


「そりゃぁね。

あ、ヒスイ。コーヒー三つと紅茶一つ」


「お前はまだコーヒーやめとけ。胃焼けるぞ」


「じゃ、何か優しいやつ」


ヒスイはため息をつきつつも、扉へ向かう。


「はいはい。……すまんね、三人共。こんな時間まで付き合わせちゃって。

今日は泊まってくんだろ?飯と客室は用意させたから……」


「ここで寝ればいいじゃん」


「お前さぁ…」

ヒスイが言いかけたときだった。


「ここで大丈夫だよー」

「うん、平気ー。広いし」

「俺もー」



「もう……分かったよ」


ガチャり。

扉を開けると、そこには国王が立っていた。


「あっ……」

ヒスイは思わず声を上げた。


「どう?様子は……」


国王は扉の隙間から中を覗き込み、ぽつりと呟いた。

「……仲、良いんだな……」




ーーー


月に数回は、子供たちと夕食を共に食べる事と決めている父エイラエル。


いつもの様にノア以外の兄弟が揃い、席に着いた。


料理が運ばれ、静かに食器の音が鳴る。


少しして、父が口を開いた。

「皆も知ってると思うが、ノエルが起きたからな。

落ち着いたら会うといい」


国王が話しかけたのを合図に、王子達も話しを始めた。


「なぁ、どんなだった?なんか変わってた?」

第一王子レイが興味深そうに聞いた。


「んー…元気は無かった、かな?」

以前出会った時を思い出しながら、ルカが静かに答えた。

すかさずスティアも反応した。

「なんかね、もっとカッコいいと思ってたの!」


「え!?」

兄弟たちの視線が一斉にスティアへ向いた。


「だって…こう、よくあるお話ではね、だいたい第三王子様くらいまでは背景にバラが咲くくらいカッコいいものよ?」


スティアはフォークを置き、むくれたように続けた。


「なのに……お兄様、染めてて茶髪よ? 髪質も荒れ放題でぱさぱさ。

全然“王族らしさ”が無いの。庶民に混ざりすぎよ。

これじゃいくら探しても見つからないのも納得よね」


「姉様……兄様はボロボロになるまで隣国で魔物倒して帰ってきた人なんですよ?」

ルカは苦笑いしながらフォローを入れた。


「お気持ち、すごく分かりますわ…。

でもね、スティアお姉様。そういうお話ではだいたいとんでも無くダメな王子様が必ず混ざっているものですわ」

第三王子ローランの妹、マーリンが話に乗った。


そこで、父が軽く咳払いした。

「本人には……あまり言うなよ。気にするだろうから…」



「……もういいじゃん、ノエルなんて」

第四王子イチハが、テーブルの皿を見つめたまま吐き捨てた。

「むしろずっと外で逃げてくれてれば、俺らは平穏に暮らせたんじゃない?

帰ってこなきゃよかったのに……。

ここに居たって、ほぼ庶民なんだから何の役にも立たないじゃん」


「イチハ、それはさすがに言いすぎじゃない?」

ローランがたまらず割り込んだ。

「姿を見せれば、命を狙われるって分かっててノエルは隠れてたんだろうし。

兄弟が揃ったの、良いことじゃないか」


空気が少しざわついた。


レイは複雑な気持ちで弟のイチハを見つめた。

「イチハ、この場ではあまりそんな事は言うな」


「兄様だってノエルの事嫌いじゃん。よくムカつくって言ってたじゃない。

人間が雷なんか持ったって、全然使いこなせないんだから。ルカはゴミ程に弱いもんな!」


「僕は弱いけど、兄様は弱くないよ!」

とうとうルカは怒って立ち上がった。

「嫉妬で八つ当たりするのやめてよね!」


バンッ。

机を叩く音が部屋に響く。


「静かにしろ!

ここは喧嘩の場ではない。

イチハ。無意味な嫉妬はいい加減やめろ。

……今日は皆、もう部屋へ戻りなさい」


そう言い残し、席を立った。



部屋を出たところで、額に手を当てた。

イチハのあの性格、どうにかならないもんか…。



「……イチハは迷惑ですわ。

楽しみにしていたタルトが台無しよ。

ねぇ、ホールごと持ってきてくださる?」

スティアは侍女へ声をかける。


「マーリン、テラスで一緒にお茶にしましょう」

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