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ひととま  作者: 珈琲
第一章
8/104

7

″東の大陸″と呼ばれる、大きな大陸。

ここでの最古の魔法大国である『アマツシア』には伝統行事がある。

“王子”は七歳になると城を離れ、最小限の従者や護衛と共に東西南北にある神殿と呼ばれる王族専用施設で勉学・武術・魔法・生活の基礎を教わる。

施設には、立派な教育係がたくさんいた。



半年前、第四王子のイチハ王子も七歳となり、学ぶためにノエルのいる北の神殿へと、やってきていた。



イチハ王子は第一王子レイの弟。虫も殺せぬような優しい顔立ちをしており、魔力量にも恵まれ、魔族ということもあって将来を期待されている一人。


兄からはノエルの愚痴をよく聞かされていたため、なんとなく苦手意識を持っていた。

従者は常にイチハを肯定し、褒め称え、愚痴にも同調する。

そんな環境ゆえ、ノエルに良い印象を持てるはずもなかった。


「もっと怖い目に遭えばいいのに。そうしたら、あのすまし顔も変わるんじゃないかなぁ」


「左様でございますね」


「あいつほんと暗いんだよなー。こっちまで嫌な気分になっちゃう」


「左様でございますね。第二王妃からも相手にされておりませんから」


「くそみたいな弱い人間が母親だもんねー。あーかわいそー。

でも、兄様も言ってたけど、雷なのはズルいよねー。人間のくせにさ。青白いのって珍しいらしいじゃん。俺、なんで地味な風なんだろ。そーゆーとこ本当ムカつくんだよね。もっとカッコいいのが良かった」


「ですが、風は雷と違って、優しさがありますよ」


「まぁねー。優しさは俺らしい所かもだけどさ。

でもさ、兄様は氷でカッコいいのになぁー。すっごくキラキラした結晶も出せるんだよ!好きな属性選べたらよかったのにさぁー」


「あーあ。今日は顔を合わせちゃったから気分悪いな。あいつの顔なんて見たくないのに」


「また食事に毒でも盛ろうかなー。あいつ結構気づかないんだもん。ほんと笑っちゃうよね」


とにかく馬鹿にしたい。下に見たい。

そんな気持ちが溢れて出てくる。

だってアイツは魔族じゃない。俺より弱くて当たり前じゃないと。

年上なだけでムカつくんだ。


「きっと何も考えてないのでしょう。

ご兄弟は同じ神殿には通えません。レイ様が王となられれば、如何様にもできます。今しばらくお待ちくださいませ」


「早く兄様、王になってくんないかなぁーー」


「イチハ様が王になるのも、よろしいかと。そちらの方が直接手をかけられますよ」


「んー…さすがに兄様の方が立派かな。久しぶりに会いに行きたいなぁ」


足をパタパタさせながら、笑って豪華な夕食を口に運んだ。



ーーー


数日後の夜。


「ノエル王子が乗った馬車が帰り道で襲われ、馬車ごと崖下に転落した」


そんな知らせが、イチハ王子の耳に入った。


ゾッとした。

「……俺、今日の訓練サボってて良かった……直感が働いた感じ? 俺ってすごいな!」


「左様でございますね。ノエル王子よりも感覚が鋭いのかもしれません。命は大切でございますゆえ、ご無事で何よりでございます」


「まぁ、ノエルなら死んでも気にする人いないかぁ」


「左様でございますね。国王様もご妹弟様も、あまり関わっておりませんし。

神が見放したのでございましょう。

不要である、と」


「やっぱり神が選んでいるのは、本当なの?」


「あくまで、言い伝えでございますよ。偶然、は確かにございますが…」


「……そうだよね。兄様が王になったら、城へ移動させてもーらお」



ーーー



馬車を襲ったのは、俺たち下っ端の“影”だ。

黒い刀を携え、暗い森に潜んでいた。


俺たち二十〜五十番台の人間は孤児。上からの命令は絶対。


今回与えられた命令はただひとつ。

ーー山を降りてくる一台の馬車を、崖から落とすこと。

神殿から降りてくる馬車なんて、王子以外いないじゃないか。


しかし、相手が強すぎた。落とすのに一時間近くかかってしまった。きっと叱られるだろう。

噂通り、ヒスイは異様に頑丈で、ノエルも王子とは思えぬ戦いぶり。

上品さの欠片もなく、まだ十歳だというのに青白い雷を自在に操り、しかも急所ばかり的確に狙ってくる。ヒスイの剣を避けながら、魔法も避けて…大変だったな。


馬車がちょっと傾いた。

そのタイミングで、女が爆風で馬車をひっくり返し、崖下へと落ちていった。



ノエルは俺達と同じ人間のはずなのに……。

魔族の血が濃いとは聞いていたけれど。

人間とは思えなかったな。


でもまぁ、王子も大変だよな。ノエルは他の王子よりずっと優秀だから“死ななきゃならない”。お気の毒なことだ。

神殿は伝統行事とは良く言ったもので。

城内を汚さない為の、ただの王子の墓場。



ーーあの高さならまず助かるまい。ヒスイは風を使えたはずだが……まあ、あの狭い馬車内では難しいだろう。


……あれ?そういえば、黒刀が一本、無い。



ボロボロになりながら隊長の元へ戻った。

「よくやってくれた」そう言われた直後、オレの後ろの女と男が揃って斬り伏せられ、動かなくなった。


あぁ。俺も…か。

じゃあ黒刀を無くしたことは黙っておこう。


……ざまぁみやがれ。



その日、命令を遂行した暗殺部隊の隊員三名は、人知れず処分された。

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