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少し高台にある、綺麗に磨かれた石造りの大きな城。
陽の光を浴びて様々な色の花が咲き乱れ、庭師が庭園の薔薇を整える。
中庭中央にある真っ白なガゼボでは王子様やお姫様が微笑みながらお茶会を開き、特別な夜には大広間で舞踏会が開かれ、各地の貴族が顔をだす。
そんな煌びやかな世界が広がっていた。
のは、だいぶ前のお話。
今では何の手入れもされずに荒れ果て、何の花があったのかも分からない。
噴水も小川も枯れ、雑草ばかりが風に揺れる。
薄暗い城内の廊下では兵士が椅子に、まるで人形の様に頭も腕も、ダラリと垂らして座っている。
「わぁー!やっと来たー!待ってたのよう」
ご機嫌で迎えるラゼル。
転移魔法でスペアが王の間へと、戻ってきた。
側にはユキが横たわっている。
ゲホッゲホッ……ヴォェ……ゴホッ…。
スペアはその場で咽せこみ、嘔吐した。
「あははははっ。ごっめーん。ただの人間が魔族の血なんて飲めるわけないもんねぇー。
これは吸血種の特権だもの。ついつい、ね」
そう言いながらユキの元へと歩き、しゃがみ込む。
「どれどれー?ちゃんとお味見しないとね。
もう少し首寄りがいいかしら?」
ガーブッ。
「あぁ…。やっぱり美味しいわ!長い間、きちんと管理して受け継いでいたのね……。
魔力が全身を駆け巡るこの感じ。これよ、これ!
ほら、スペア見て?お肌が艶々になったわ!」
ラゼルは自分の頬を撫でながら、はしゃいでいる。
「あんなに魔法大国なのにねぇ。良い素材があっても育てないなんて勿体無い。
この程度なら、この国だってこのまま私の管理で十分じゃない。
心配して損したわぁ。うふふふ。
じゃ、スペア。地下で繋いでおいて」
「……はい」
スペアは袖で汚れた口元を拭い、ユキを引きずりながら地下への階段を降りて行った。
ーーー
城下町をコソコソと駆け抜け、ヴェルレナの城門まで来たハル達五人。
「ここまで、大したこと無かったな……。
それにしてもなかなかにデカい城だねぇ。どっか脇からこっそり入りたいな」
副団長が城を見上げた。
ディオネアや根に囲まれてはいるものの、襲ってくる気配は無かった。
「寝てるんですかねー」
「いつでもどうぞ〜ってことじゃない?」
ハルとイザベルきょろきょろと、辺りを見回し警戒している。
「でもあれ、ここの国王様なんでしょ?王様が禁忌に手を出すなんて信じられないわ。
人間って魔力が少ないと知能も下がるのかしらね?」
カルラがため息混じりに言う。
「カルラさん、そんな乱暴な事は言っちゃダメですよ…」
ハルが口元に人差し指で“シーー“と、ジェスチャーをした。
「……でも貴女は魔族でしょう?」
「それでもですね、言葉って殺傷力凄いんですよ。
魔力が少なくて頭まで疑われたら、救いが無いじゃないですか……」
「ハル、今はやめなさい。後で泣いていいから」
イザベルがハルの頭を撫でる。
「でもぉーー…」
「ほら、行くよ。副団長行っちゃ……あ!!」
ガクン…
クリスが穴に落ちた。
恐らくディオネアや根が外に出る為に通った道であろう。
「え、マジ?大丈夫か?
……でも、正面から乗り込むよりはマシかもな。
俺らも降りようか。一人逸れるのも心配だ」
副団長が追うように降りて行った。
長いトンネルを滑り降り、出口はほんのり明るさがあった。
ドサッ……。
地下階の天井から落ちた。
「いてて…」
クリスは腰を撫でる。
見上げれば、天井にも無数の穴があった。
「床でよかったけど…。ここは牢屋かな?」
鉄の匂いと微かな人の息。腐ったような臭い。
目を凝らせば、足を鎖に繋がれ横たわる人達が何人も居た。
シュタッ。
副団長は片手を着いて着地し、辺りを見渡した。
「ここは…。クリスも無事か」
「はい…」
続いてイザベル、カルラ、ハル、と落ちてきた。
「これは…酷いわ…」
イザベルが口元を抑えた。
「…服装からして、街の人や貴族ね。早く治療しないと!」
カルラは袖を捲り上げる。
ハルは…尻餅をついたまま、震えて声が出せなかった。
「カルラ、まだ息がある。何か話を聞けるかも知れない」
鎖を壊し、次々に治療を施してまわった。




