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アマツシアでは城内を走り回る音や準備をする声で騒がしかった。
「国王様!ご報告申し上げます!」
後発の支援部隊の三人が、ザザザッと扉の少し前で膝をつく。
「先週出発した支援部隊は依然、行方が分かっておりません!」
「ヴェルレナの中心部、城下町付近は霧のような結界があるため入れません。
恐らく、中にいるのでは無いかと思われます。
現在第二騎士団副団長ケヴィンが指揮を取りつつ、住民へ物資の受け渡しを行っております」
「……四日前の報告と大して変わらないな。進捗は無しか」
国王は足を組み、イライラを抑えながら問う。
「恐れながら申し上げます。魔力が少ない土地柄の為、外側からの結界解除が出来かねます」
「まさかこんな事態になるとは…」
右大事のナコルは青ざめ落ち着かない様子で、うろうろと歩き回っている。
「我が国の騎士団ともあろう者たちが。物資すらまともに届けられぬと知られれば、国民から愛想を尽かされるのも時間の問題かもしれませぬな」
左大臣アーノルドが顎髭を触りながら言った。
「有事に備えるという頭の無い国か。次年度は予算倍にしろ。それでも足らん。
国内の魔族全員集めてもいい」
国王はどかっと玉座に座った。
「その様な事をすれば、平和を享受しております国民に、無用な不安を与える事になりかねませぬ」
「ですがアーノルド左大臣殿。これを機に他国が攻めて来たらどうなさるおつもりです?物資すらまともに届けられぬ国なら……と」
「ふん。そんなもの。この大陸はどこもアマツシアとは友好的。こんな辺鄙な国にわざわざ攻め込んで来る国はなかろう。過去をみても攻め込まれた事など無い。
そもそも騎士団は国を護る事が仕事。
いちいち対応しておりますと、国民から贔屓を疑われてしまいましょう」
「……アーノルド。お前とは意見が合わないようだな。騎士団員も国民だぞ。
何かある度、毎回こんな事態を招く方が良いと?
もう良い。下がれ」
国王は、ため息混じりに後方の扉を指差した。
「その様な事は………。承知、致しました」
アーノルドはぐぐぐ…と拳を握りしめ、退室しようと背を向けた。
その時、ローブを来た魔導士が五人、扉より入ってきた。
「国王陛下!城内の結界準備が整いました事をご報告申し上げます!」
両膝をついて報告した。
「城内の、結界……?」
アーノルドは振り返って問う。
「以前伝えたはずだ、アーノルド。王子達の護りを固める、と。
現状、今以上人的リソースを割けないからな。確保にも時間がかかる。
丁度良く魔物が増えたお陰で、結界を張るのに十分な魔力を確保できたのだよ」
国王は玉座の肘掛けで、頬杖をつきながら答える。
「左大臣殿はいつもお忙しいようで、ご相談をする時間がありませんでしたからね。
私主導でさせていただきました。
この度の王子殿下は建国以来皆生存し、“奇跡の王子“と言われ、国民から大変人気を博しているのはご存じかと。
城内、居住区共に王家の者以外は一切魔法が使えない様結界を張るのです。
物理的に強い騎士の配置も指示しております。
アーノルド大臣殿も、国民に無用な心配をかけるのは不本意でございましょう?」
ナコル右大臣は得意げに言った。
「………そうだな」
一言だけ発し、アーノルドは王の間を出た。
カツカツカツカツ…
アーノルドは足早に城を出て、中庭を歩きながら独り言の様に呟いた。
「レガード。最初の仕事だ」
ーーー
一方、アキ達新人救護隊も第二騎士団と共に現地入りしていた。
「アキ、お前回復魔法しか出来ない癖にここで役に立つかー?可哀想だから初歩の攻撃魔法でも教えてあげようかぁ?」
アキの後ろで、椅子に腰掛けたツカサが揶揄う。
「緊急要請で来ただけだからね。役に立つかどうかで選ばれてないじゃん。
それに困った事無いし」
アキは黙々と、炊き出し用の人参を切っている。
「さっすが平民!包丁上手だねぇ。俺みたいに立場が上だとさ、そんな事やらないんだよねー。家の料理長に止められるよ」
「ふーん…」
「反応薄いしつまんねーの。どうせお前の兄姉が騎士やっても下っ端だろー。一緒に魔法教えてやろうか?あははははっ」
笑っている。
「……へぇ、教えてくれるんだ?」
包丁をまな板に刺し、振り返ってツカサの前までアキは歩いた。
そして、人差し指を目の前に突き出し、米粒サイズの魔法陣をオデコに付けた。
ぺとっ。
「ん?」
パァン、と何か弾けるような音が辺りに響いた。
………ドサッ。
ツカサが椅子から転げ落ちた。
地面に落ちて痛いはずなのに。
お日様に当たってフワフワになったブランケットに包まれているようなホワホワな感覚に陥る。
意識はあるのに、体に力が入らない。
アキは目の前でしゃがみ、にこやかに言った。
「よくあるじゃん?治療怖がって暴れちゃう子にかける鎮静魔法。知ってるよね?
その魔法陣を超圧縮して、でも流す魔力量は変えなければ、魔法陣は耐えられなくなって崩壊して弾けるんだよ。
でも、瞬時に全身の筋肉を緩まるから動けなくなるんだよね」
微笑んだまま、人差し指で空を描く。
「頭は超リラックスモードだから魔法も使えないでしょ?
あ、緩みすぎ大変なことにならないといいけど? そのへんは自己責任ね」
ツカサは人生で初めて、魔族って怖い。と思った。
自身も魔族だけれども。
「…ごめ……」
今にも泣きそうに、ボソボソと震えながら声を絞り出していた。
「え、何??よく聞こえないよ?」
アキは耳に手を当てて聞き返した。
「すみ……ませ、ん……」
「はーぁ」
アキはちょっとつまんなそうにパチン。と指を鳴らした。
すると、魔法が解けた。
「あれ?二人してどうしたの?」
丁度そこへ、サラが籠いっぱいのジャガイモを持ってやって来た。
「ツカサが緊張してたみたいだから、リラックスさせてあげただけだよ」
と、アキは穏やかな笑みをこぼす。
「リラックスの魔法?あんなにムカつく奴なのに…。
アキって優しいよねー」
登場人物間違えていましたので、訂正しました。




