2-21
アーノルドが自室の椅子に腰を掛けた瞬間。
漆黒の闇の中に、意識だけが移動した。
金銀の刺繍が施された真っ赤な絨毯。
そして、ふわふわのソファとローテーブルがある。
アーノルドはため息をつき、ソファに腰をかけた。
「はぁ。何か用か。ラゼル」
目の前には濃い紫の長い髪、シンプルなドレスに身を包んだ若い女性が座っていた。
「待たせておいて、失礼なんじゃない?
まぁ、そんなことどうでもいいんだけど。ウチの可愛い王様がさぁ。マジで国潰しちゃいそうなのよねー」
ここは魔石を通した夢の空間。
この大陸には無い技術である。
「勝手に呼んだだけだろう。何かと思えばそんなこと。
私は今、忙しいんだ。別の奴に言えばいいだろう」
アーノルドはイライラを隠さなかった。
「アンタは変なこだわりがあるから失敗してるだけじゃん。
こっちは今まで上手くいってたの!それなのに…あの王ときたら、禁忌に手を出したのよ!?マジありえないんだけど!
アタシはまだ遊びたいのにぃー」
「うるさいな。国潰すのは失敗だろう。さっさと諦めて、引き継ぎすればいい。
こちらは記憶操作自体できないんだからな。軌道修正が大変なんだ」
「そりゃ、魔族いたら操作なんて無理よ、無理。土地の魔力だって自分好みに増やしてるじゃない」
「………今は、引き継ぎの準備をしているだけだ。こっちは膨大な魔力が必要だからな」
「アタシはね、まだ引き継ぎたくなんかないの。せっかく先代が可愛い子の体を選んでくれたのにさぁ。まだアタシがいいのよ。
しかも歴代で一番イケメン揃えてるんだから!」
「別に体など、動けば何でも良いじゃないか」
「アンタみたいな皺くちゃジジィより、若い子の方がいいじゃん。それなのにっ!」
「我が儘だな…」
「しかもその禁忌の本、どこからだと思う?
アマツシアからの本よ。
人間のくせに手を出したからさぁ。
すでに見目気持ち悪い容姿になっちゃって。
国一番のイケメンだったのに…
魔法なんか使えないのに何度も試して…可愛かったのにぃ」
しくしくと泣き出すラゼルは、今度は怒りだした。
「それにこの前、アンタ目掛けて大量に虫送ってあげたでしょ!
あれ、村一つ分の人間使ったんだからね!ちょっとくらい手伝いなさいよ!」
「そもそも頼んでいない。全く役に立たなかった。一方的に借されてもな」
「ちょっと酷くなーい?活用出来なかったのはアンタでしょ。アタシからしたら、貸しよ!
………でさ、ウチの王がついに魔物になっちゃった訳じゃん?
でねでね、どうせなら、もういっその事夢叶えてあげようかなって。もう何度目よ?ってカンジじでしょ?
ウチにいたら、どう頑張ったって魔法使いにはなれないのにさぁー。バカよね。
だから、新鮮な餌、ちょうだいよ」
「全く、うるさいな。その話し方、なんとかならんのか」
「いいじゃん。人間って言葉作るの上手なのよ。若い子は可愛いからリスペクトしてるの。
しかも血もちゃんと美味しいんだから」
ペロリと舌を舐めた。
「雑食の吸血種は気楽なもんだな」
「でしょでしょ。でも、やっぱり人族が一番よ。雑味の無い爽やかな味は堪らないじゃん…」
うっとりと頬に手を当てている。
「どうせお前の勝手な貸しを返させるまではここに閉じ込めるつもりだろ………あんなに騎士は不用だからな。好きに食えばいい」
「やったー!じゃぁ、適当な奴派遣するから、話合わせといてちょ!」
スッ…とラゼルは消えた。
その途端、アーノルドの意識は椅子に座っている自身に、戻っていた。
「毎回煩くて面倒な奴だな」




