3-15
アーノルド邸を押さえた騎士たちは、国王の命に従い、逃亡を防ぐため敷地全体を包囲していた。
国王や一部の騎士団員たちは邸宅の周りから、中庭で繰り広げられる戦いをただ見守るしかなかった。
「……俺がやらなきゃいけなかった事、全部ノエルにやらせてしまったな」
遠くの青や黄色の光に照らされながら、国王は視線を向けたまま呟く。
「そうだなぁ……親父が頼りないと、子は妙に強くなるんだよな」
隣でエリックが、苦笑いしながら頷いた。
「じゃあ……エリちゃんも頼りないんだな?」
国王は皮肉混じりに返した。
時折吹き荒れる轟音と爆風が周囲を揺らすも、国王の周囲には強力な結界が張られ、砂埃一つ、肌に触れる事はない。
「……まぁ、な。一番頼りたかったであろう時に、仕事で間に合わなかったからな……」
発せられる青白い閃光が、闇夜を昼間のように照らす。
「………あ、今のノエルだな。さすがだ。……それで、騎士団辞めたんだな」
「そう。………あれ、見ろよ。アーノルドだ。やっぱり魔族としては優秀なんだよな……」
月明かりで照らされていた中庭も邸宅も、暗い竜巻の影に覆われていく。
「まともな大臣だったら良かったのにな……」
国王は少し、ため息をついた。
「……同感。まぁ、立て直し頑張れよ」
エリックは国王の背中をバシッと叩く。
「わかっているさ。……あーあ。俺の隣の人が手伝ってくれるといいんだけどなぁー」
チラッと横目でエリックを見た。
と、その時。
一瞬だけ、空まで突き抜けるような強烈な光を発し、周りの空気を吸い込むような大爆発が起きた。
地面がガタガタと揺れる。
二人は思わず目を瞑った。
「あれは……ハルだな。最近覚えて楽しいらしいんだよ」
エリックは目を細めながら、少し笑ってしまう。
「先祖返りってやつか?」
「多分な。ハルとアキがね。まぁノアも似たようなもんだろう?」
「そうだな。………あれ?長男は?」
「ユキはただの努力家」
やがて、辺りは何事も無かったかのように、深夜の静寂に包まれる。
「陛下。……終わったみたいですよ」
望遠鏡を覗いている第一騎士団団長のリオが、静かに告げた。
「……そうか。では、即座に救護せよ!邸宅内は引き続き、慎重に調査しておけ」
国王は外套をばさりと翻し、邸宅を後にした。
ーーー
「うーーーん………」
アキはノアの前で胡座をかき、手をかざす。
キラキラと白い光を溢れさせながら悩んでいた。
ハルが潰れているのでノアをどかしたい。
でも、無理に引っ張ったら傷口が裂ける。
転がす訳にもいかない。
でも、抱き上げれるほどの腕力は無い。
ユキも疲れきって動けない……。
「……ごめんハル。もうちょっと治癒してからじゃないと動かせないや。
もうしばらく潰れててくれる?」
「おー。まだ大丈夫…」
後先考えずに滑り込んだのは自分だし。
とりあえずノアが頭打ってなきゃいいし。
足の感覚無くなりそうだけど、まぁこのくらいは。
「ノア、生きてる?大丈夫?」
アキは確認のために、そっと声をかけた。
「……うん。生きてる。
でもなんか……あったかくて……ちょっと眠い……」
ノアのまぶたがゆっくりと落ちかける。
「えっ!?まじ!暖めてない……ちょ、ちょっと待って、寝ないで!」
え、普通にやばいやつ!
アキは焦った。
「ちょっと痛いけど我慢してっ!」
アキは魔力を強くすると、光がぱっと広がった。
「いっ!!」
衝撃でノアが少し跳ねた。
「いてて……」
下敷きになっているハルにも、衝撃が伝わる。
中庭に、たくさんの明かりが灯る。
騎士たちが周囲を警戒したまま、救急隊が駆け寄り状況を目にした。
……隊員たちは一瞬固まった。
その中には、アキの同期であるサラやツカサもいる。
「その…下の方は……誰かしら?」
サラが恐る恐る声をかけた。
「…姉。今はノアのクッションだよ」
アキは真剣に治療を続けながらこたえる。
「なんか………」
間違ってないけど、言葉に表せない何かがある…。
ハルはモヤった。
「……すみません。運びますので、一旦治療を止めてください」
隊員たちは声をかけた後、丁寧にノアを担架へ移して運び始めた。
ユキも運ばれていくのが見え、アキは一安心。
ハルの手を取り、立ち上がらせる。
「おつ。大丈夫そう?腰?」
「いたたた……。腰と…背中らへん。
……いま足痺れててー…」
腰を摩り、よろよろと歩くハルに見かねたアキは隊員に声をかけた。
「すみません、この人も一緒に運んでください。僕が後で診ますので…」
ーーー
ガタガタと揺れる救急車両。
王城へ向かう為に急いで通りを進んで行く。
「なぁ、アキは…大丈夫なのか?その…白衣が……」
所々切れて変色したアキの白衣を見て、ツカサは眉をひそめた。
「ん?あぁ、これ?ほとんど僕の血じゃないからね。大丈夫だよ」
視線が集まり、車内が静まり返る。
「アキって……そんなに戦えるの?凄いっ!
回復だけじゃないのね!」
サラは胸元で両手をぎゅっと重ねた。
「いや、全然だよ。斬られると痛いし…」
と、アキは平然と言いながら汚れた白衣を脱ぎ、渡された新しい白衣に袖を通す。
ツカサは口元を引き攣らせ、一瞬言葉を失った。
「いや……腰に剣引っさげて何言ってんだよ…」
「これはただ回収しただけだからね」
「でも、相手は王家の暗殺部隊でしょう?なのに怪我はほとんどないって……やだカッコいい!」
サラは目を輝かせ、少し興奮気味だった。
ハルは寝てしまったユキの側で縮こまり、黙ってアキたち三人の会話を聞いていた。
お姉ちゃんはちょっと空気で寂しいけども……。
アキが素を隠して言葉選んで喋ってる!!ちょっと楽しそうに話してる!
あのツカサって人、確かアキが嫌いって言ってた人だよね?もう大丈夫なのかな?
ニヤニヤしながら見ていたら、アキと目が合った。
すぐにサッと逸らされてしまった。




