ミストの洞察:自然を纏う剣
《クラス・デ・ゼトランジュ》での日々は、シエルにとって発見の連続だった。体力や力では劣る彼だが、ミスト先生の奇妙な課題と、個性豊かな仲間たちとの交流は、彼の中に眠る何かを静かに揺り起こし始めていた。
ある日のこと、ミストはシエルの剣術の稽古をじっと見つめていた。彼の目は、いつものぼんやりとした光ではなく、鋭い観察の光を宿していた。シエルが木剣を振るう。その動きは、決して速いわけでも、力強いわけでもない。だが、彼の太刀筋には、他の誰とも異なる**「何か」**があった。
「ほう…これは…」
ミストは、小さく呟いた。シエルの剣は、まるで風に揺れる柳の枝のようにしなやかで、それでいて水面に落ちる雫のように正確だった。彼の足運びは、大地の起伏をなぞるようで、剣の軌跡は空を流れる雲のよう。それは、まるで自然そのものを身に纏い、その理に従って振るわれているかのような太刀筋だった。
ミスト自身、「紫(帝王)」と「武赤(武術)」、二つの異なる色のギフトを持つ、人を見抜くことに長けた男だ。彼の優れた統率力と人を見抜く目は、アカデミーの教師としては異例の経歴を持つ彼が、この《クラス・デ・ゼトランジュ》の担任を務めている理由の一つでもあった。
「シエル。君のその剣術は、誰に習ったんだい?」
ミストは、稽古を終えたシエルに、穏やかな声で問いかけた。彼の剣には、ただの技術ではない、何か根源的な力が宿っているように感じられたからだ。
「えっと…ロゼ、乳母に教えてもらいました」
シエルは、少し戸惑いながらも答えた。ミストの視線が、一瞬遠くを見るような色を帯びた。ロゼ。あの燃えるような赤い髪と瞳を持つ、元神将の右腕。彼女の剣術は、武術の国の誰もが知るところだ。彼女の剣は、「赤(武術)」のギフトと、「緑(自然)」のギフト、二つの能力が高度に融合していなければ使いこなせない、極めて稀有なものだった。ミストは、ロゼのその特殊な剣術を間近で見た数少ない人物の一人だった。
「なるほど…ロゼか。やはり…」
ミストは、彼の剣術が、体力と力が並以下であるシエルによって振るわれていることに改めて驚嘆した。ロゼの剣術は、本来であれば、その二つのギフトに秀でていなければ極めることはできないはずだ。シエルの紋章が示す「薄く光る赤色」の裏に、ロゼが持っていた「緑」の要素が、あるいはそれ以上のものが隠されているとすれば、あの神将セレスティアルが彼に目をつけた理由も頷ける。
ミストの目に、シエルの才能は「不器用な少年」ではなく、「未だ形を見せない、とてつもない可能性」として映り始めていた。彼は、シエル自身の「直感に従う」という課題が、まさしくこの見えない能力を引き出す鍵だと確信した。