セレスティアルの眼差し
クラス分けの喧騒がようやく落ち着き始めた頃、ロゼは静かに生徒たちの保護者の間を縫って歩いていた。シエルに向けられた冷たい視線や、嘲りの言葉がまだ耳に残っていて、彼女の心は重かった。そんな彼女の肩を、そっと叩く者がいた。
振り返ると、そこに立っていたのは、武術の国の神将、セレスティアルだった。彼はまだ質素なローブ姿だが、その端正な顔立ちは隠しようもない。ロゼは驚きに目を見開いた。
「セレス…」
ロゼは、かつての愛弟子に親しみを込めてそう呼んだ。セレスティアルは、わずかに口元を緩め、静かに頭を下げた。
「ロゼ師。まさか、あなたがまだ乳母の役目を続けていらっしゃるとは。その瞳は、相変わらず鋭いですね」
ロゼは軽く頭を返した。
「セレスこそ、このような場所にまでお忍びで…何か、お気に召さない点が?」
セレスティアルは、ちらりとシエルが去っていった方向を見やった。彼の視線は、下位クラスへと向かう子供たちの群れの中の、小さな背中を捉えていた。
「いいえ、むしろ逆です。ひとつ、興味深いものを見つけまして」
ロゼは首を傾げた。セレスティアルは、再びロゼへと視線を戻し、問いかけた。
「あの少年、、、シエルと呼びましたか。体力も力もない。神具持ちとしては異例の、あの低評価。一体、ロゼ師は彼のどこに惹かれ、あれほどまでに献身的に育てていらっしゃるのですか?」
ロゼは、真っ直ぐにセレスティアルの赤い瞳を見つめ返した。その瞳には、シエルへの確固たる信頼が宿っていた。
「彼には…そうですね、決して諦めない、強い輝きがあります。どんなに辛い時でも、前を向こうとする。それが、私には、セレスの目に似て見えました」
ロゼの言葉に、セレスティアルは静かに微笑んだ。その微笑みは、彼の冷徹な印象からは想像もつかないほど穏やかで、どこか懐かしむような色を帯びていた。
「なるほど…」
彼はそう呟くと、再びシエルが向かった方へと視線を向けた。彼の瞳には、ただの興味ではない、何か深い思索の色が宿っていた。
「…分かりました。その少年、私も気にかけておきましょう。彼の剣には、確かに何か、光るものがありました。それは、師の剣術にも通じる、本質的なものに見えましたから」
セレスティアルは、それ以上何も言わずに、静かにその場を立ち去った。ロゼは、彼の後ろ姿を見送りながら、胸の奥に温かいものが広がるのを感じていた。シエルの努力を、誰よりも理解してくれる愛弟子が、彼に目を留めてくれた。それが、彼女にとって何よりの希望だった。しかし、セレスティアルが彼のどこに「光るもの」を見出したのか、ロゼはまだ知る由もなかった。