ムーンとの特訓
ムーンが女性であること、そして見た技をコピーできるという驚くべき能力を持っていることを知ってから、僕たちの特訓の日々は、以前にも増して濃密なものになった。クラス対抗戦まで、残すところあと一か月。
ムーンとの模擬戦は、僕にとって毎日が新たな発見の連続だった。僕がどんな技を繰り出しても、彼女はそれを簡単に見切り、いなす。でも、そのたびに、僕の剣の「正直さ」がどこにあるのか、どうすれば彼女を捉えられるのか、漠然としたヒントを与えてくれるんだ。
ある日の特訓中、ムーンが僕の剣をかわした後、真剣な眼差しで語りかけてきた。
「シエル。キミの剣は速くて、器用だけど、まだ一振りの重みを知らない」
彼女の声は、普段の飄々としたそれとは違い、どこか重く響いた。
「この一振りで、相手の命が消える。消えた命は、もう二度と戻らない。でも、その一振りを極めなければ、今度はキミ自身の命が消える」
ムーンの言葉は、僕の胸に深く突き刺さった。それは、ロゼが教えてくれた剣術の厳しさとはまた違う、命の重みを感じさせる言葉だった。僕が今まで漫然と振っていた剣には、こんなにも恐ろしい価値があったのか。僕は改めて、一振りの価値を、そして命の尊さを、深く考えるようになった。
ムーンの言葉は、その圧倒的な実力の裏付けもあって、僕の心に深く浸透していった。僕は、剣を振るうたびに、その一振りに全ても込め、命を乗せるような意識で臨むようになった。僕の剣は、一本一本に、以前にはなかった重みと、鋭さを増していく。それは、ただ速いだけでなく、相手を捉えるための「意志」を宿し始めていた。
そんな日々が続き、模擬戦の回数は重ねられていった。そして、ちょうど50戦目のことだった。
僕の放った一閃が、これまでのどの攻撃よりも早く、そして重く、ムーンの防御をすり抜け、彼女の体を捉えたんだ。模擬戦用の木剣だから、痛みはない。でも、間違いなく、僕の剣が彼女に届いた。
「すごいね」
その言葉は、まるで夢のように聞こえた。僕の目の前には、いつもは無表情か、飄々とした笑みを浮かべているムーンが、心からの笑顔を浮かべていた。その笑顔は、僕がこれまで見たどんな表情よりも、ずっと美しく、そして僕の心に深く刻まれた。僕の努力が報われた瞬間。僕は、その笑顔を、心から愛おしく感じたんだ。