《クラス・ドール》の模擬戦:レイとクラウ
夏のクラス対抗戦を間近に控え、《クラス・ドール》の修練場には、いつも以上の緊張感が漂っていた。ミーシャ・アルテミス先生は、生徒たちを前に、鋭い眼光で告げた。
「今日の訓練は、対抗戦の予行練習を兼ねる。レイ、クラウ。君たち二人で模擬戦を行う」
その言葉に、生徒たちの間にどよめきが走った。レイとクラウ。彼らは《クラス・ドール》の中でも、群を抜いて突出した才能を持つ双璧だ。二人の本気の戦いを、誰も見たことがなかった。
「模擬戦用の武器を使用するように。万が一に備え、治療師も呼んでいる」
ミーシャ先生は淡々と指示を出す。模擬戦とはいえ、そこまでする必要があるのかと、クラスメイトたちからクスクスと笑い声が漏れた。しかし、その笑いも、二人が向かい合った途端にぴたりと止まる。レイは細身の木剣を、クラウは二本の木製の槍を構えた。
試合開始の合図と共に、二人の動きは一変した。
クラウの槍術は、その名の通り、珍しい二刀流だった。左の槍で守りを固め、右の槍で攻める。その攻守の切り替えは滑らかで、ほとんど隙が見当たらない。鋭い突きがレイの顔面をかすめ、重い薙ぎ払いが体側を狙う。見る者を圧倒するその動きは、まるで熟練の戦士の舞いのようだった。
対するレイは、その剣術もさることながら、優れた観察眼を持っていた。クラウの攻撃の一つ一つを冷静に見極め、紙一重でかわしていく。細い木剣は、クラウの繰り出す槍の間を縫うように、的確に、そして最小限の動きで対応する。
互いに打ち合うその姿は、とても6歳の子供同士の模擬戦には見えなかった。周りのクラスメイトたちは息をのみ、まるで大人同士の決闘を見ているかのような緊迫した空気に包まれた。攻守は激しく入れ替わり、一瞬たりとも目が離せない。しかし、どちらも決定打を与えるには至らない。
数十回にもわたる激しい打ち合いが続いた。互いに集中力を極限まで高めているのが分かる。やがて、レイが一度、大きく距離を取った。そして、深く、一呼吸する。
彼女は、それまで片手で握っていた木剣を、ゆっくりと両手で持ち替えた。その両手を、顔の横、耳の高さまで持っていく。その瞬間、見る者すべての目を奪う光景が展開された。レイの足元から、そして剣を握る両手から、目に見えるほどの鮮やかなマナが、渦を巻くように集まり始めたのだ。その光は、彼女の「赤の紋章」が持つマナの輝きとは異なる、より強く、しかしどこか未知の光を放っていた。
その光景を見たクラウの表情が、一瞬にして変わった。「やばい!」と、本能が叫んだのだろう。彼は、即座に右と左の槍を、攻撃から守りに回した。レイの放つマナの圧力が、肌を刺すように感じられたからだ。
そして、レイが放った。集約されたマナを乗せた一閃が、閃光のようにクラウへと向かう。クラウは、迫りくる剣に対し、左右の槍を必死に回しながら弾こうとした。しかし、レイの剣が放つマナの衝撃は、彼の防御を遥かに超えていた。
キン!キン!と、乾いた木材の砕ける音が二度響き渡り、クラウが構えていた二本の木製の槍は、あっけなく砕け散った。
レイの剣は、そのままクラウの首の横で寸止めされる。その切っ先は、彼の喉元を正確に捉えていた。
「そこまで!!」
ミーシャ先生の鋭い声が、修練場に響き渡った。
模擬戦が終わると、レイはクラウに、満面の笑みで駆け寄った。
「めちゃくちゃ楽しかったね!」
クラウは、砕けた槍の柄を握りしめたまま、しばらく呆然としていたが、やがてレイの言葉に、まんざらでもないような表情で頷いた。
「あぁ、そうだね…」
二人の本気のぶつかり合いは、クラスメイトたちに大きな衝撃を与えた。そして、来るべきクラス対抗戦への期待を、否が応でも高めるのだった。