世界を揺るがす知らせ
世界はその色彩の分かちがたくも豊かな六つの国々で形成されていた。赤の武術、青の魔法、緑の自然、黄の創作、橙の開拓、そして紫の帝王。
それぞれの国は授かったギフトの色に染まり、固有の文化と誇りを育んでいた。生命の源たる世界樹が天高くそびえ立ち、その根元では、新樹官が新たな命を掲げ、紋章の輝きをもってギフトを授ける神聖な儀式が日々執り行われている。紋章が放つ一瞬の光の色が、その子の運命を告げるのだ。まれに、千人に一人の才を持つ子には、紋章と共に神具が授けられる。
それは各ギフトの頂点に立つ12神将が持つ力の一端であり、その子を将来の指導者へと導く証とされた。
だが、この見せかけの平穏は、まるで張り詰めた糸のように軋み始めていた。各国は肥大化し、自らの領土と力を絶対視するあまり、互いへの尊重を忘れ去っていた。武術と魔法は長きにわたり血を流し、自然と創作は譲れない信念で対立し、開拓はただひたすら我が道を行き、帝王は世界の全てを支配しようと暗躍する。世界樹は、この均衡が崩壊すれば、やがて来る破滅を危惧していた。さらに、六つの世界の影には、その名を口にすることすら禁じられた「魔国」が常に存在し、街の境界線の外には凶暴な魔物が跋扈していた。それでも、異なるギフトを持つサポーターたちが、様々な種族(人型、獣型、エルフ、ドワーフ)の垣根を越えて互いの国を支え合うことで、かろうじて秩序は保たれていた。
そんな世界の薄氷のような均衡を打ち破るかのように、あるウワサが、まるで風に乗る種子のように世界中に広まり始めた。
「全てを統べる子が誕生した」
その出所は定かではない。だが、その言葉は、街角の囁きから、酒場の喧騒、市場の活気、そして戦場の兵士たちの耳へ、瞬く間に浸透していった。それはまるで、世界樹そのものが発した神のお告げのように、全ての生きとし生ける者の心を揺さぶった。
そして、そのウワサは、世界の秩序を司る12神将の耳にも届いた。彼らはそれぞれの国とギフトを代表する絶対的な存在。しかし、この報せに対する彼らの反応は、一枚岩ではなかった。
武術の国では、巨躯の無手術の神将ゴライアスが静かに腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、全てを統べるだと?ならば、その力、見せてみろ。我らの剣と拳を越えるというのならば、望むところだ。」
その傍らで、女性のように美しい武器術の神将セレスティアルが、薄い唇の端に知的な笑みを浮かべた。
「噂の真偽よりも、それが世界にどのような波動をもたらすか、興味深い。無用の混乱を招くようであれば、排除もやむを得ないが…」
魔法の国では、神秘的な大魔導神将アルテミスが、静かに天を仰いだ。
「星の巡りが変わるというのか……。それが、世界に光をもたらすのか、それとも深き闇を呼ぶのか。」
その横で、ローブを纏った結界神将オルトロスは、ただ無言で重い沈黙を保っている。彼が、見えざる魔国の存在と、噂の繋がりを探っているのは明白だった。
自然の国の生命神将フローラは、その慈愛に満ちた瞳に憂いを湛えた。
「新たな命が、争いの火種とならぬよう……。ただ、世界が調和を保つことを願うばかり。」
一方で、大地の如く揺るがぬ森羅神将ガイアは、地響きのような声で呟いた。
「自然の摂理に逆らうようならば、容赦はせん。それが、誰であろうと。」
創作の国の創造神将プロメテウスは、その瞳を輝かせ、まるで新しい発明の設計図を描くように語った。
「全てを統べる存在か! なんと胸躍る響きだ。その力が、我々の想像を超える新たな創造性をもたらしてくれるのならば!」
その隣では、14歳ほどの愛らしい見た目とは裏腹に、その瞳の奥に狂気じみた好奇心を宿す機巧神将ギアが、不気味な笑みを浮かべている。
「ふふ、解析してみたい。その子は何でできているのか? 生命の神秘か、それとも新たな機構か…興味深いデータが手に入りそうね。」
開拓の国の疾風神将ゼファーは、遠い地平線を眺め、ニヤリと笑った。
「新たなフロンティアが開かれるってことか。面白い。どんな道が切り開かれるのか、この目で確かめてやるぜ!」
彼の傍らで、無骨な深掘神将グラナイトは、静かに地面を掘り続けている。噂話にはほとんど関心がないようだった。
そして、世界の秩序を絶対視する帝王の国。
裁定神将ソロンは、その冷徹な瞳でウワサの報告書を睨みつけ、厳かに告げた。
「秩序を乱すものは排除する。それが、いかなる存在であろうと。」
彼の隣で、常に微かな笑みを浮かべる策謀神将マキアヴェリが、静かに手を組んだ。
「ふむ。この混乱は、利用できる。全てを統べるもの…その存在を、我々の支配の道具とする手はある。」
このウワサが広がる中、帝王の国では、ひとりの神具を持つ赤子が真っ先に疑いの目を向けられることになる。その赤子こそ、後にエデと呼ばれる、驚異的な天才児であった。しかし、彼らはまだ知らなかった。真の「全てを統べるもの」が、別の場所で、全く異なる運命を辿り始めることを。