影からの報告
神将セレスティアルの拠点、天上の宮殿。そこは常に穏やかな光に満ち、静寂が支配する場所だ。その一角にある広間の一室で、セレスティアルは静かに座していた。その目の前には、遠隔通信の魔術で結ばれた空間がぼんやりと光り、アーチェの姿を映し出している。アーチェは、任務のために各地を飛び回るセレスティアルの忠実な従者であり、彼の命を受け、シエルの動向を密かに見守っていた。
「セレスティアル様、ご報告いたします。シエル殿は、現在アカデミーの下級生として、《クラス・デ・ゼトランジュ》に在籍しております」
アーチェは、いつもの冷静な口調で報告を始めた。彼女の声は空間の向こうから、しかしはっきりとセレスティアルの耳に届く。
「《クラス・デ・ゼトランジュ》、ですか。あの異端児の集まりに」
セレスティアルの表情は変わらない。だが、その声のわずかなトーンの変化に、アーチェは彼の内なる興味を感じ取った。
「はい。そして、彼の担任は、あのミストリードです」
アーチェがその名を告げた瞬間、セレスティアルの瞳がわずかに見開かれた。それは、彼が普段見せることのない、驚きに近い反応だった。アーチェ自身も、その名を聞いた瞬間に微かな感情の揺らぎを感じていた。ミストリード。その名は、彼女にとっても記憶に深く刻まれているものだったからだ。
「ミストリードだと? あの男が、今、アカデミーの教師を…しかも、シエル殿の担任を務めている、と?」
セレスティアルの声に、明らかに以前とは異なる感情が宿る。彼の知る「ミストリード」は、アカデミーの教師という穏やかな職に収まるような男ではなかったはずだ。
「はい。彼の指導方法は、他の教師とは一線を画します。生徒たちに、型にはまらない自由な発想を促し、個々の特性を最大限に引き出すことに特化しているように見受けられます。特にシエル殿には、『他の者と比べず、自身の直感に従え』と常に指導しているようです」
アーチェは、シエルの日常や、ミストリードの奇妙な課題についても報告した。目を閉じて大地と呼吸する訓練、そして「光る石」を見つけるためのチーム課題。シエルがその中で示した、幻影の獣の動きを「感じ取る」能力についても詳細に伝えた。
セレスティアルは、報告を全て聞き終えると、静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと息を吐き出す。
「なるほど…あのミストリードが、そのように。これは、実に興味深いですね」
彼の表情には、微かな笑みが浮かんでいるように見えた。それは、予測不能な盤面が、彼の期待通りに、あるいはそれ以上に動いていることへの愉悦のようだった。
アーチェは、セレスティアルの言葉に、改めてシエルの持つ可能性の大きさを感じていた。彼女自身、シエルを見守る中で、彼の剣術が日増しに洗練され、その動きに「自然」のような淀みのなさを感じ取っていた。それは、彼が「赤色の紋章」を持つ少年とは、とても思えないほどの異質な輝きを放っていた。
「セレスティアル様が、なぜそこまでシエル殿に注目なさるのか、私にも少し理解できたような気がいたします。やはり彼の紋章は…」
アーチェの言葉に、セレスティアルが静かに目を開いた。彼の瞳には、遠い未来を見通すような、深い光が宿っていた。
「ええ。彼の内に眠るものは、我々の想像を遥かに超える可能性がありますから。あのミストリードの導きがあれば、その片鱗が、より早く顕現するかもしれませんね」
セレスティアルの言葉は、アーチェの心に深く響いた。シエルという少年の周りで、何かが大きく動き出している。そして、その中心には、ミストリードという謎めいた教師の存在があった。