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ミストの指示

アカデミーでの日々が始まった。シエルが振り分けられた《クラス・デ・ゼトランジュ》は、他のどのクラスとも違っていた。体力も力もない僕にとって、この場所は最初こそ戸惑いの連続だったけれど、次第に楽しいことの方が多くなった。それは、ミスト先生の存在によるところが大きかったんだ。

ミストは、だらりと伸びた背筋と、常にぼんやりとした瞳の、掴みどころのない先生だ。武術を使えるとは到底思えない雰囲気なのに、僕ら6歳の子供たちとのコミュニケーションは抜群に上手い。敬愛を込めて、僕らは彼を「ミスト」と呼んでいた。彼は僕ら一人ひとりの個性を見抜き、それに合わせた型破りな課題を出す。

「シエル。君は、他の誰とも比べる必要はない。そして、君自身の直感に従いなさい」

これが、僕への基本的な指示だった。幼い僕には、その意味がはっきりとは理解できなかったけれど、ミストの穏やかな眼差しに促され、僕は言われた通りにしてみようと心に決めた。

ある日、ミストは僕に、特に奇妙な課題をくれた。それは、武術の訓練とはかけ離れたものだった。

「シエル。これからは、自習の時間や、他の生徒が遊んでいるようなスキマの時間に、目を閉じて大地に座りなさい。そして、まるで木々と共に呼吸をするように、ただそこに意識を集中するんだ。風の音が、今までよりも繊細なまでに聴こえて、大地が息づくリズムを感じられるようになるまで、それを続けるんだよ」

僕は、その真意を汲み取れなかった。「風や大地を感じるなんて、剣術と何の関係があるんだろう?」と首を傾げたけれど、ミストが示す道には、いつも何か、僕らが知らない「楽しいこと」が隠されていたから、僕は素直に従うことにした。

その日から、僕は校庭の隅にある大きな木の下や、人目の少ない場所を選んで、目を閉じて大地に座るようになった。最初は、ただ座っているだけで、何も感じなかった。風の音はいつも通りだし、地面から何か伝わってくることもない。退屈で、何度か居眠りをしてしまいそうにもなった。

だけど、何日か経った頃、少しずつ変化が訪れた。目を閉じていると、風の音がただの音ではなく、まるで肌を撫でる指先のように感じられるようになった。木々の葉が擦れる音が、それぞれの葉の形や硬さまで教えてくれるかのようだ。そして、足の裏から、ドクンドクンと、微かな震えが伝わってくる。それは、まるで大地が呼吸をしているかのような、不思議なリズムだった。

僕は、その感覚に夢中になった。それは、今まで知らなかった世界の音であり、鼓動だった。僕の紋章は、新樹官の誤認によって「薄く光る赤色」だと告げられていた。僕はその言葉を疑うことなく、自分は「赤の紋章」、つまり武術のギフトを持つんだと固く信じていた。だからこそ、自分の成長の遅さは、単なる不器用さや才能のなさが原因なのだと、ひたすら自分を責める日々だった。時折感じる身体の違和感や、何かが足りないような漠然とした感覚も、「もっと努力が足りないせいだ」と、ひたすら自分に鞭打つ理由にしていたんだ。

でも、このミストの課題を始めてから、その漠然とした感覚が、まるで輪郭を持ち始めるように感じられた。それは、彼の奥底に眠る、まだ見ぬ力の片鱗だったのかもしれない。

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