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短編集

ぼっちENDを目指せ!~伝説の樹の下で~

作者: Mel

 失敗した失敗した失敗した失敗した――。


 大広間を抜け出したところまでは順調だったのに。

 焦って道を一本間違えたせいで、よりによって竜人の校長と鉢合わせしてしまった。


 

「……なんじゃ、お主か。人の子は人の子と交わるべきと思っておったが……あやつらでは満足できぬというなら、わしが貰ってしまっても問題はあるまいな。卒業まで待った甲斐があったのう。なぁ、我が番よ――」


 

 やめてやめてやめて、甘ったるいBGM流さないでー! 


 骨が折れるかと思うほどぎゅうぎゅうに抱きしめられたかと思えば、竜に姿を変えた校長に抱えられて、校外の丘の上にある『伝説の樹の下』へと連行される。

 

 私と校長のシルエットが夕日に照らされて並ぶ中。

 左下あたりに「【~Happy END~】」の文字がうっすら浮かび上がる気配がして――。


『ぎゃあああああああ! シグムントさま超カッコいい~~~~! やっぱり番設定って最高よね! 卒業まで待ってくれる大人の余裕も素敵!!』


「ふざけんじゃないわよ! 早くリセットボタン押してちょうだいよ!!」

 

 ここで伝家の宝刀、リセットボタンの出番!


 そうすれば私は、大広間でダンスをしていた王子の腕の中に逆戻り!

 

 今度こそはと気合を入れ直し、穏やかに微笑む王子の足を容赦なく踏みつけた。


 


 そう、気がついたら私は乙女ゲーのヒロインになっていた。

 理由も経緯も分からない。なっていた、としか言いようがない。

 

 それだけだったなら喜ばしいことかもしれない。なぜなら私は毒女だから。

 でもこのゲームにだけは絶対入りたくなかった。

 答えは簡単。攻略対象がことごとく私の地雷源を踏み抜いてくる奴らばっかりだったから。


『ちょっと! あと少しでエンディングだったのに、なんで知らない女がヒロインになってるのよ!』

 

 脳内に直接語り掛けてくる女の声――その瞬間、我、天啓を得たり!

 なるほど、私はこのゲームのヒロインと入れ替わってしまったのね?!


『早くそこ替わりなさいよ! 念願のアルフォンス様END目前だったのよ!?』

 

 はぁ?! こっちの台詞なんですけど! あんなヤンデレ王子と結ばれるなんて冗談じゃないわ!

 

『だったら今からでもぼっちENDに行きなさいよ! そうしたらまた入れ替われるかもしれないから!』

 

 元ヒロインの推測に過ぎないけど、エンディングを迎えれば私はこの世界から解放される――らしい。

 それならば私が目指すべきは、学園に伝わる『伝説の樹の下』に一人で辿り着く、通称『ぼっちEND』だ。

 元ヒロインも私が他の男と結ばれる姿は見たくないそうだ。同担拒否の夢女子らしい。

 

 利害が一致した私たちは協力をすることにした。

 目指すはただひとつ。

 パーティ会場を抜け出し、誰にも捕まらず、伝説の樹に一人で到着することだ!



 ……ただそれだけのはずだったのに。

 何でみんな好感度MAX状態なの……?


 

『当然じゃない。私がどれだけこのゲームやり込んだと思ってんのよ』 

 

 どうやら私が憑依する前まで、元ヒロインは攻略をガチで頑張っていたらしい。

 そのおかげで、攻略対象はみんな私にときめき状態という最悪の状況が爆誕していた。

 


 最初は訳も分からぬまま王子とダンスを踊らされ、エスコートされるがままに伝説の樹の下へ連れ出されて――。


「君にプレゼントしたいものがあるんだ」


 そう言って、指じゃなくて首に嵌められたのは――銀製の首輪。


「――ああ、やっぱり君に似合うよ。君を他の男に見せるなんてこれ以上はもう耐えられないからね。……大丈夫、僕がずっと傍にいるよ。死が二人を分かつまで……」

『ぎゃあああああああ! アルフォンス様の執着監禁ENDキタ! 顔がいい! 声もいい! ヤンデレ最高!!』


 ちょ、ちょっと待ってよ! これじゃあ私、どうなるのよ?!


『そんなのも知らないの? エンドロールの後にね、塔の上で監禁されてるヒロインと、それを慈しむアルフォンス様の超美麗スチルがあるのよ……!』


 無理無理無理無理! 私、ヤンデレ地雷なんだってば! 何か……やり直す方法はないの?!


 元ヒロインもこのままでは私に推しを奪われると思ったのか、何かをごそごそと探し始める。

 っていうか向こうはどういう状況なの?

 コントローラーでも握ってんの?


『あ、あったわ……リセットボタン!』


 そう彼女が呟いたと思ったら、視界が一気に切り替わり――。

 またもや私は、王子の腕の中でダンスを踊っていた。


 嘘でしょ!? これ……クイックセーブからのやり直しじゃん!!

 できれば好感度上がる前のデータからやり直してくんない?!


 このままじゃまた王子ルートへ一直線。

 というわけで、私は躊躇なくハイヒールのつま先で王子の足を全力で踏みつけた。

 蹲る王子。ようやく解放された私は「ごめんなさい!」と一応の謝罪の言葉を残して、そそくさとパーティ会場を後にする。


 それで、伝説の樹ってどこなのよ?

 途中で辞めたから場所なんて覚えちゃいないのよ!


『あ、そこを右に曲がって!』

「右ね、分かったわ!」


 元ヒロインの指示に従って、私は走りづらいドレスを翻しながら右へと曲がる。

 次の瞬間、ドンッ! と何かにぶつかった衝撃が走り――。


 そこには、銀髪の貴公子が立っていた。


「……お前か。なんでこんなところに……アルフォンスはどうしたんだ」

「ひっ! あ、あなたは……」


 攻略対象の一人、氷の貴公子リチャード……!

 その肩書の通り常に冷たい態度を貫くくせに、実はヒロインのことが大好きで不器用な愛情表現しかできない男……!


 はい、地雷でーす! 初手で行き過ぎたツンをかましてくる男は大っ嫌いでーす!!!


「……お前を愛することなどないと思っていた。だが……お前の存在が俺の計画を狂わせる。アルフォンスから離れたというなら――責任を取ってもらおうか」

『ぎゃあああああああ! デレたリチャード様もやっぱりカッコいい~~! 責任取ります取らせて下さい~~~!!』


 こ、この女……! わざと遭遇させたわね!!

 

 そのまま例によって、伝説の樹の下までずるずる連れて行かれ。

 ひとしきり愛の言葉を囁かれて、元ヒロインが満足した頃合いでリセットボタンが発動される。

 

 ――再び王子の足を踏んづけ。

 氷の貴公子との衝突を回避し。

 竜人校長とのエンカウントも華麗にスルー。

 ようやく外に出られた……と思ったその時。

 道端に転がっていた謎の男に、足首をガシッと掴まれた。


『ぎゃあああああああ! 隠しキャラのネロ様だわ! まさか本当に会えるなんて僥倖~~~~~!』

 

 ネロ?! 誰よそれ、知らないんですけど!


『だって隠しキャラだもの。休日に文通コマンドを50回選んで、たまに街に出かけてニアミスイベントこなさないと会えないのよ!』


 そういえば感想サイトで見た気がする!

 とにかく腹黒で何かと暗躍しているキャラがいるとかいないとか……!


「ああ、やっぱり君だったんだね……! どうしても君のことが諦められなくてここまで来たんだ。アルフォンスめ、僕が差し向けた女に靡かなかったとは……。でも君が一人でここにいるということは、彼を見限ったってことだよね?」


 甘い声で囁きながら、私の足首をがっちり掴んで離さないこの男……思い出したわ。こいつ、通称トンビ野郎!

 たしか王子との好感度が低い状態で卒業パーティを迎えると、王子に冷たくされたヒロインを横から掻っ攫っていくポジションで――。


 はい、裏で暗躍して美味しいところだけ掻っ攫っていく男も地雷でーーーす!!!


 元ヒロインは、どうしても伝説の樹の下での告白タイムが見たいらしい。

 それに渋々付き合ってあげてから、リセットボタンを押させた。


 

 ……攻略対象もこれで全員のはず。

 つまり、あのトンビ野郎も突破できれば私はこの乙女ゲー世界からおさらばできるのだ!

 ようやく光明が見えてきた気がして、これでラストだと闘志を燃やす。


 

 何度目かも分からない王子の足を踏み潰し。

 攻略対象と遭遇しない最短ルートを駆け抜けて。

 道端に転がっている不審者は見つかる前に警備員さんに通報!

 


 そして、ついに見えてきたふっさふさの伝説の樹。

 ウィニングランを飾ろうと私が両手を広げると――。

 

「……何だよ姉ちゃん。結局、誰ともくっつかなかったの?」

 

 丘の下にいたのは、どこか見覚えのある少年。

 って、え? えっ? あれって……好感度を教えてくれるお助けキャラの弟じゃなかった??


「まったくしょーがねぇなぁ。あーあ、手のかかる姉ちゃん持っちまったな。俺がいないとてんでダメなんだから」

『……あれ、弟との好感度も上げちゃってたんだっけ……? やば……これ、弟エンドいくかも……』


 ――え?! 弟エンド!? そんなん、あるの!?!


 ただのお助けキャラだし、まさかエンディングに絡んでくるなんて思ってなかった。

 でも、それなら話は変わってくる。


 だって私は……弟キャラが大好物だからーーー!!!


『ちょっ、ちょっと! なにまんざらでもない顔してんのよ! ダメよダメ! 私、実の兄弟は地雷なんだから! リセットよリセッーーーット!!』


 あああああ! 私の癒しキャラがああああ! このエンディングならアリかもって思ったのに!

 

 自萌他萎とはよく言ったもんだけど、ほんっっっとうにあんたとは気が合わないわね!!



 

 無慈悲にパーティ会場に戻されて、私はすっかり意気消沈してしまう。


『ほら、頑張んなさいよ。きっと道を変えれば弟とのエンカウントも回避できるはずよ!』


 あんたがアホみたいに好感度あげまくるからこんな目にあってんじゃないのよ……!

 なんで私ばっかり走らされてるのよ!!


 私の運命を変えてくれる人はいないの?!

 例えばほら……悪役令嬢とか!!


『乙女ゲーに悪役令嬢なんているわけないじゃない。いい? あれはね――』


 そのあと死ぬほどどうでもいい『乙女ゲーの歴史』を聞かされて……。

 気づけば私はまた伝説の樹の下に連れてこられて、王子の愛の告白を聞く羽目になっていた。

 

 やっぱり何か行動しないと、このヤンデレENDに到達してしまう。

 でもこの好感度じゃ誰かしらのENDに強制的に進んでしまって、ぼっちENDにいけやしない……。


 ……詰んだ……。


『諦めんじゃないわよ! 私の物語を返してちょうだい……!』


 そんなこと言ったって! どうしろっていうのよ……!

 何か、何か方法はないの?! ロード地点を変えるとか……いっそこの学校を爆破するとか……。

 現実逃避は止まらない。ああ、弟くんにまた会いた――。


 ――ハッ! ここで我、天啓を得たり!!


 お助けキャラがいるなら、当然お助けアイテムもあるはず!

 そう、好感度調整用の――あれよ!

 


 好感度を下げるアイテム!!


 

『! なるほど、アレの出番ね……!』


 ほら、やっぱりあるんだ!

 王子の腕から強引に抜け出し、私は教室へと駆けこむ。

 机の中を漁って出てきたのは、厳重に袋に仕舞われた――。


「これは……! シュールストレミングの香水……!」


 そう、伝説の激臭アイテム。

 これを振りかければ好感度は一時的に激減! エンディング条件を潰せる……!

 つまり、ぼっちENDへの扉が開かれるということ――!


 ……って、くっっっさ!!

 持ってるだけで目にくるやつ~~~~!!!


『買ったはいいけど、使う勇気が無かったのよ……』


 そりゃそうでしょうね!

 でもなりふり構ってられないから、私は意を決して香水を勢いよくふりかける。

  

 効果は抜群、攻略対象どころか生徒たちも逃げ出していく。

 私はそのまま伝説の樹の下へ辿り着き――弟キャラが顔をしかめて遠ざかっていくのを涙目で見送りながら、ぶっとい木の幹に手を触れた。


 周囲には、誰も居ない。

 完全に私ひとり……!


『体を張ったわね……! でもこれでぼっちENDを迎えられるはずよ!』

「そのあとはどうなるの? 私は元の世界に戻れるの??」

『分からないわ。でもぼっちENDを迎えた主人公は――』


 元ヒロインの声が、次第に遠のいていく。

 ああ、もしかしたら私は今、元の世界に帰りつつあるのかもしれない。


 激臭の残る中、彼女がこれからどう生きていくのかは分からない。

 でも、いずれ効果が切れれば好感度も元通りになるはず。

 そうしたらきっと今度こそ逆ハーENDでも目指すんだろう。


 頑張ってちょうだい。

 リアルではぜんぜん仲良くなれそうにないけれど、ちょっとした戦友みたいな気持ちにはなったわ。



 ――世界が、光に包まれる。

 魂が吸い上げられるような、ふわりとした感覚に身を委ねて。



 

 そうして、再び目を覚ました私の目の前には――。



 ちょっと成長した、攻略対象たちの顔が、勢ぞろいしていた。



 ?



 ???




『ちょっと、あんた誰よ! あたしの身体返してちょうだいよ!』


 さっきまでの元ヒロインとは違う声が、脳内に直接怒鳴りつけてくる。


「ど、どういうこと……!? 私は元の世界に戻ったんじゃ――」

『あと一歩でアルフォンス様と伝説の教会だったのに! 何してくれてんのよ!!』


 もしかして。

 もしかしたらだけど。


 

 ――――――――続編?


 

 バターンッ!! と五体投地で地面に倒れ込む私。

 心配そうに覗き込んでくるのは、地雷原がさらに増し増しになってそうな攻略対象たち。

 

 

 新たな元ヒロインがぎゃあぎゃあと喚き散らす声を聞きながら。

 リンゴンと揺れる教会の鐘をただ呆然と眺めていた――。

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