91話 小林の反撃、クロエ拘束
【前エピソードのあらすじ】
クロエは小林に向け、「もう別れを恐れない」と言う。さらに、面と向かって、もう放っておいてほしいと言い切った。
その言葉を聞いた小林はさらに怒り始める。俺はそれを利用し、相手を煽るためにクロエが現世で最も求めているものを知っているかと問うた。
クロエが求めている者は地位でも名声でも、魔女になることでもない。
俺は一呼吸おいて、呟くように言う。
「すき焼きだ」
「は?」
クロエの抜けたような声が聞こえる。
俺がそう言うと、想定通り、相手はカンカンに怒って言う。
「こんの……、ふざけたこと言いやがって……!」
「ふざけてない。余った出汁でうどんすきを楽しみたいらしい」
「くっそ! そこか!?」
小林は地面を蹴って、こっちに踏み込んでくる。
見えていないはずなのに、ほぼ正確な位置予測。
俺は即座にBB弾の拳銃を取り出して撃った。
小林の腰に命中する。
が、小林は痛みを堪えられる薬を飲んだのか、すぐに反応して弾が飛んできたこちらの方向を見る。
「フィナ! 1番――」
そう言おうとした瞬間、俺の方に如意棒が伸びて来る。
間一髪かわすが、相手は俺の方向を予測したのか飛びかかって来る。
「投石魔法――」
クロエは状況を判断し、魔法を切り替えたらしい。
つまり、相手に俺の姿は見えている。
「あぁーーー! うざいうざいうざい! 僕のクロエちゃんを誑かしたお前は、絶対に殺――」
と、その瞬間、小林の動きが固まった。
走り出そうとした状態で、彼は完全に固まっている。
「なっ!」
小林の声が響く。
俺も何が起こったか一瞬では分からず、周囲を確認する。
「いぇーい! 大成功!」
後方では、フィナがそう言いながら、俺に向けてピースサインを作っている。
よく見ると、蛍光灯で作られた小林の影に、影縫いのお札がピッタリとくっついていた。
まさに、BB弾を撃った後、俺が小林と組みあってからそれを使おうと考えていた奥の手だったが、フィナが機転を効かせて使ってくれた。
「フィナ! ナイス! 俺の思考を読んだのか!? すごいぞ!」
俺は身体に緊張が走っていたからか、思わず反射で感情的な言葉を発してしまう。
と、すぐに恥ずかしくなって、フィナから目を逸らす。
「確かに、完全にハルに意識が行ったタイミングだったわ」
俺の後ろでシャツを掴んでいたクロエも深呼吸をしてから、冷静にフィナに言う。
「おい! クソッ! なんでだよ!」
フィナは小林の手から滑り落ちた如意棒を拾う。
「私もたまにはやるでしょ!? ふっふっふ。この棒は危険だからもらっていくわ! って、すご! 私が持っても伸びたり縮んだりする!?」
赤色の如意棒はフィナの手に収まると、自在に延びたり縮んだりしている。
「気を抜くなよ、フィナ。まだ勝ったわけじゃはいからな」
俺がそう言うと、クロエは淡々と言う。
ただ、ここでこのままこいつを置いて行っても、誰かに助けられるだけ。
「フィナ。顔サイズの水魔法でこいつを気絶させられるか」
俺がそう言うと、小林は驚いたように言う。
「な、何をするんだ! そ、そうだ! お金をやる! お金はいくら欲しい!? 僕はここで死にたくないんだ! まだ、見ていないアニメも映画もたくさんあるのに」
「お金はいらない、ラミアちゃんの情報を教えて?」
フィナが淡々と言うと、小林は叫ぶ。
「し、知るか! 俺は身体を買っただけだ! その女のことなんて、さっき話したこと以外知らないぞ」
何度か問答を繰り返すも、どうやら、本当に知らなさそうな様子。
「本当かしら」
明快な答えを言わない小林に対し、クロエはそう言って、おぼつかない様子で呼吸を整えながら小林の顔の前に立った。
文句の一つでも言ってやろうとしたのだろう。
が、その瞬間。
「よっしゃー!」
小林は叫びながら急に動き出した。
スローモーションに映る光景。
背後に立っていたフィナと、目の前に立とうとしたクロエは、呆然と小林を見た。
俺も当然、反応が遅れる。
何故だ?
理解が追い付かない。
しかし、その間にも小林は動き、目の前に立ったクロエの身体を羽交締めにして拘束する。
「ひっ!?」
クロエはなすすべなく拘束される。
反射的に俺はお札を見る。
と、クロエの影が小林の影と被っていた。
影が重なり、小林の影が切れたのか? あるいはクロエの影が――。
「ビッチ! ビッチビッチビッチクソビッチ! バカビッチ! いぇーい! 僕の勝ち! 僕の勝ちだ!」
小林はクロエを羽交い締めにしながら叫ぶ。
「油断しやがって、このバカ! アホ! なんの取り柄もないクソ女!」
確かに、油断をしたのはクロエの失敗だ。
でも、どうするか……。
「はっはっは! やったぞ! 僕の勝ちだ! 最終的には僕が笑うんだ! はっはっはっは!」
小林は大笑いをしながら、俺とフィナを交互に見ているらしい。
「ふふ、最初から歩み寄ろうとしたのが間違えだったんだ。自分が強くなって、魔法使いを自分の実力で捕まえて支配すればよかったんだ!」
小林は、自らの目的を達するための合理的な方法に辿り着く。
「捕まえて、支配する……?」
一方、フィナはぽつりとつぶやくようにそう言った。
「そうだ、決めた! このビッチも魔法を抜いて奴隷にすれば良い! 飛行魔法は高く売れそー! ああ、名案じゃないか!」
小林はニコニコと上機嫌に続ける。
しかし、魔法を抜く……?
不可解な言葉が脳裏に引っかかる。
「僕は魔女狩りになって、魔法を抜いた魔法使いをたくさん奴隷にするんだ! このチョーカーをつければ、みんな僕のことを好きになる。そして、僕だけの家を作るんだ!」
小林は悪魔のように笑いながら言う。
「な、なんで……、あなた、動いて……」
と、そこでようやく、クロエは我に返ったようでぽつりと言う。
「お前が僕の影を切るように歩いたからだよ! このバーカ!」
その言葉を聞いた彼女は小林の腕の中で恐怖に震えながらも、呆然としている。
「おーっと、動くなよ! 気が変わった! もうお前らに用はない! 僕はこいつを散々使ってから、研究者に売り捌くんだ!」
小林はそう言いながら、俺とフィナを交互に睨む。
「い、嫌……」
一方、クロエは震えながら、腰が抜けてしまっているようだ。
足に全く力が入っていないように見える。
「ハル!」
フィナが指示を仰いでくる。
が、この場はどうしようもない。
フィナが魔法を使うには、結界描画と宣言詠唱が必要。
「僕は薬を飲んでいるんだ。だから、いつでもこのビッチを締め殺せる。ほら、動いてみなよ。ほらほら」
どうする……。
時間を待って薬切れを待つか……。
しかしそれは、魔女狩り組織が戻ってくるリスクをとることになる。
フィナの魔法は宣言詠唱に時間がかかるため、クロエを絞殺されるリスクが生まれる。
如意棒は……?
いや、フィナが上手く使える確信がないし、相手の方が力が強い状況下、掴まれて奪われるのが最悪だ。
「ビッチ女は、奴隷がお似合いだし! 今から、隷属のチョーカーをつけさせてもらいまーす!」
小林はポケットからチョーカーを取りだす。
それが視界に入ったのか、クロエは突如、半狂乱になって叫び始める。
「そ、それだけは、それだけはやめて……! いや! 絶対にいや! そ、そのチョーカーは、本当に、本当にダメ! お、お願い……、やめて」
チョーカーは……、確か、付けた相手に惚れる効果だったか?
惚れるだけなら問題ない、か。
むしろ、取り付ける瞬間が隙になる。
「この女が僕に惚れる瞬間を見てろよ! そこの寝取り野郎!」
例えば、取り付ける瞬間、フィナの水流衝撃波にクロエごと入れるか?
現状、水中で小林とフィナが一騎討ちできる状況を作るのが一番の勝ち筋。
俺はフィナに、小林とクロエをまとめて水流衝撃波に入れろと指示を出そうとした。
と、その時だった。
今日これまで、小林に何を言われても涙を見せていなかったクロエは、ポロポロと泣き始めた。
力無く、ただ無力なまま、そのチョーカーを見て肩を震わせながら泣いている。
彼女の涙が頬を伝って、地面に落ちた。
「本当に、そのチョーカーだけは嫌なの! フィナ、ハル――」
元奴隷のクロエは、そのチョーカーを付けられたことがあるのだろうか。
あるいいは、チョーカーを付けられたことで被害にあった人を見たことがあるのだろうか。
おそらく、彼女の涙はトラウマから来ているように見えた。
そして、クロエが唇を噛んで迷ったように躊躇してから、それでも俺の目をまっすぐ見て言った。
「助け、て」
付けた相手に自分を惚れさせる。
たったそれだけの効果にあれだけの涙を流すのか。
ふと、脳裏をよぎるあの時のフィナの言葉。
――友達が困ってたら助ける! それに理由なんている!?
理由なんていらない、のか?
既に3秒経過。
この時点から、チョーカーを付けさせないための選択肢。
俺が、動くしかない。
「フィナ、3番! クロエを任せるぞ!」
小林がチョーカーを握った瞬間、俺は大声を出して突っ込んだ。
「なんだ!? こいつ、バカなのか!? はっはっは」
彼はチョーカーをつけるのを止め、クロエの首を絞める。
「ハル! ごめん、違う! 助けちゃ、ダメ――、っぐぁ」
クロエの苦しそうな、喉から響いたような乾いた音が響く。
しかし、彼女の涙目は、俺に逃げろと言っている。
「クロエ、気絶するな」
俺はクロエの息が切れる前に到達することを信じて、小林に殴りかかる。
小林はクロエを締めている右手を使わずに、左手一本で片手でそれを受け止めた。
とんでもない怪力だった。
そして、俺の右手の拳を上から握り潰そうとする。
強烈な痛みが脳を巡る。
右手が拳ごと、握力の力だけでへし折られそうな、ミシミシと響く痛み。
こんなに、力が増幅しているのか。
恐ろしい怪力。
まるで巨大な岩に、ジリジリと拳が押し潰されているような感覚。
が、まだ引くわけにはいかない。
クロエは、こんな俺にできた数少ない友達だ。
俺は痛みを堪えて、左手でBB弾拳銃を小林の至近距離に構える。
「そんな拳銃効かな――、なっ!?」
パキッ。
脳内で音が響く。右手にヒビが入ったような音、衝撃。
それでも、止まらない。やるべきことを。
薬物で身体能力と感覚が強化されており、かつ鎮痛剤まで飲んでいるのであれば、狙う場所は一つ。
内臓が露出する人体の急所でかつ、最も皮膜が薄く、かつ、相手の動揺が大きい急所。
それは、「目」だ。
パンッ!
俺は慣れない左手で、小林の右目にBB拳銃の銃口を至近距離10センチメートルまで寄せ、トリガーを引いた。
次回の投稿予定日は2/25(水)です。




