86話 魔女狩りの取引現場
【前エピソードのあらすじ】
フィナ、クロエと澪奈の邂逅で、魔法使いと神社が敵対勢力であることを知る。
しかし、澪奈は俺たちと敵対したくないと言い、クロエの協力者の情報を俺たちに教える。
と、その情報の通り、彼は久留米の街を歩いていた。
小林はいつも通り3L以上であろう特大のTシャツを着ていた。一方、下は安っぽい半ズボンをはいて、靴もサンダルだった。
彼はきょろきょろと周囲を見ながら、明らかに不審な様子。
人目を避けるよう、やや速足で商店街沿いの通りを歩いていく。
クロエの魔法で周囲から見えなくなったであろう俺たちは、彼の後をつける。
彼は何度も何度も路地を曲がり、暗い路地や、比較的明るい通りを抜けていく。
ゆっくりと後をつけていくが……、文化街商店街はとっくに抜け、少し遠くまで来た。
付近は商業街区を抜け、もっぱら住宅や住宅用のマンションが増えた。
俺は時折後ろのクロエとフィナに目で合図を送り進む。
緊張した様子のクロエと、真面目な表情のフィナ。
20分ほど歩いたところ。
小林は住宅街にぽつりと立つ、古びた雑居ビルに入っていく。
時刻は夜の22時を超えているのに、雑居ビルには光が付いていた。
ここら辺は西鉄久留米駅前から随分歩いた先。
この付近だけは商業区画だったのか、2階建てのアパートやもともとは商店か居酒屋だったらしい平屋の建物が建っている。
そして、それらは全て築年数がかなり経過しているように見えた。
当然だが、始めて来る場所だ。
文化街商店街からは離れた場所だとは思うが、俺がこの地域に詳しくないから、詳細な場所はわからない。
スマートフォンで地図を見たいが……、クロエの魔法を使ってもらっている間、持ち物を手に持ってよかったんだっけか。
道幅が狭く、不自然なほどに人通りが少なく、さらに月明かりがないため薄暗く、怪しげな雰囲気が漂っている。
小林が入っていった雑居ビルは、その通りの中でも築年数が相当経過しているように見えるビル。
目につくのは、風で窓が割れないように張ってある養生テープ。
それらはすでに剝がれ落ちそうになっている。
「入る?」
クロエが小声で問う。
澪奈の言葉を信じるのであれば、この雑居ビルが例の場所だろう。
「ここで叩けるなら叩きたい。リスクを考えるなら、出てきたところを襲うのが時点だが」
俺が小さな声で答えると、フィナは囁くような小さな声でぽつりとつぶやく。
「この中で、クロエちゃんの協力者と魔女狩り組織が話をするんだよね……? ラミアちゃんの話とか、するのかな……」
確かに、ラミアに関する手がかりを知るには絶好の機会だろうが……。
ミイラ取りがミイラになるのは避けたい。
「確かにフィナの言うとおり。罠のリスクは高いけど……、ラミアの情報が聞ける可能性があるなら。私は行くわ」
クロエは迷わずに言った。
そして、雑居ビルに歩き始める。
フィナもそれに続く。
俺は思わず、小声で二人に言った。
「いや待て。俺たちまで捕まることは避けるべきだろ。待ち伏せして出てきたところを叩くのが一番ローリスクだ」
しかし、クロエはそんな俺のセリフを一蹴する。
「ラミアの手掛かりが最優先。今も、魔女狩りに掴まって酷い目に遭っている可能性がある。同門の魔法使いを助け出す手がかりをみすみす見逃すなんて、六門生の名折れでしょう」
「うん。ラミアちゃんを助けられる可能性が上がるなら、全力を尽くさないと絶対に後悔する」
と、クロエは俺をまっすぐ見て言う。
二人は似ている。
自分の身を案じず、他人のためにばかり動く。
「さっきの女の言葉が罠だったら、その時は私が何とかする。それで、あなたは付いてくる? ここで残る?」
本来は残ることがベストな選択肢だが、俺も魔女狩り組織の事務所がどんな感じか、興味がある。
「俺も行く。フィナ、何かあったら湧水の羽衣で俺を抱えて窓から跳び出してくれ」
「分かった」
俺たちはそこまで話して、雑居ビルの入り口に進んだ。
外観から、雑居ビルの階層は5階建て。
雑居ビルの扉はガラスと鉄でできており、そこから中が見える。
ガラス越しに、白色の蛍光灯、くすんだ白色のタイル状の床と鉄製の郵便ポスト、エレベーターが見える。
俺は先頭に立って、ゆっくりと雑居ビル入り口の扉を開く。
侵入する順番は俺、クロエ、フィナの順だ。
怪我をした際に一番影響が少ない俺が先頭を行く。
クロエは男に身体を掴まれると弱いので、間に置いた。
エレベーターは3階に停止していた。
小林が入ってから誰も来ていないので、おそらく3階が目的地だろう。
俺は後ろの二人を見て、階段を指さして合図を出す。2人とも頷いた。
階段は床のタイルと同じ色で、手すりは無かった。
極力音を立てないよう、慎重に階段を上がる。
異様に静かだが、上の階から人の気配はする。
ちらりと後ろを振り返る。2人とも集中した表情で、真剣に俺の行先を見ていた。
2階に到達する。
2階は電気がついておらず、とても暗い。
手が慣れるに連れ、階段とエレベーターをつなぐ廊下と、1つの扉が見えてくる。
風景は1階のそれと変わらないが、廊下の奥まで念のため確認すると、トイレらしきマークの付いた扉があった。
唯一の扉はガラス張りの扉。
その中央上部に黒川商会という文字が書かれたプラスチックの板がついている。
その板はボロボロで、文字もかなり掠れていた。
ガラス張りの向こうも電気が付いておらず、ほとんど何も見えないが、目を凝らすと机や椅子がまるで利用されていないように散乱していた。
また、先ほどから、埃の匂いが鼻をくすぐる。
事務所やオフィスが使われなくなったらこんな感じになるのだろうか。
目を切って、階段を進む。
次が本命の3階だ。
階上からは電気の光が溢れていた。
3階に到達しようとしたところで、話し声が聞こえてくる。
「入ってください、どうぞどうぞ――」
何やら甲高い男性の声が聞こえる。
「ふん。使えねえ宝具をよこしたら、タダじゃおかねえぞ」
小林の声も聞こえる。ビンゴだ。
「ご依頼の品は入荷しておりますので」
3階に到達し、視界が広がる。
黒いスーツにサングラスをかけた男が、小林と対話していた。
扉には2階と同じく「黒川商会」と表札が付いている。
確か、今日接触すると言っていた魔女狩り組織は黎明の支配という名だった。
この表札はフェイクなのだろうか。
「さあさあ、お入りください」
そう言うと、2人は部屋に入っていく。
俺はその瞬間、忍び足でできる全力のスピードで扉の中へ向かう。
ここで入ることができないと、中の会話を聞くことができない。
が、どうしても間に合わない。
俺はとっさに、その扉を掴んだ。
「ん?」
小林が扉に入った後、そのサングラスをかけた男が扉を引いた。
が、俺が両手で精一杯掴んでいるため、扉はびくとも動かない。
「おい! 何してんだ。早く物を見せろ!」
「は、はい。すみませんねえ」
男は扉を不思議そうに見てから、中に急いで入っていく。
俺はちらりと後ろを見て、中に入るぞと目で合図を送った。そして、扉の中に入る。
扉の中は物がほとんど置いていない部屋だった。形は長方形に近い。
天井には規則正しく蛍光灯が並んでいるが、電気がついているのは、数個だけ。
そのため、部屋の中は薄暗く視界は悪い。
窓の外から差し込む下弦の月の月光が、影を作るほどに暗かった。
まるで引っ越したての部屋のように、物が1つも置かれていない。
どうやら、この雑居ビルの3階は1フロア1部屋しかないらしい。
広さは教室1.5部屋分くらいだろうか。
地面は1階と同じく白いタイルでできており、窓は壁のほぼ全面に貼られている。
その中には、案内された小林と、黒いスーツを着た男が3人いた。
3人のうち、1人は先ほど話していた男だ。
黒いスーツを着た3人の男の中心には、アタッシュケースが置かれている。
「これが例の物だ。確認しろ」
サングラスをかけた3人のうち、一番大柄で若そうな男がそう言うと、小林が言う。
「それより、昨日電話した例の抜け殻女はいつ手配できるんだ!?」
女?
俺が疑問を呈すると、最初に案内をした一番細い小柄な男が横から言う。
「小林さん、そう焦らないでくださいって……。魔法を抜いた魔法使いなんて、普通の人間と同価値。お金さえあれば引っ張ってきますから」
「お前ら! 僕は3億円出すって言ったんだぞ! 定価5千万の女に! 遅い、遅いんだよっ!」
「いやいや、昨日の今日では難しいこともありますし……」
「うるさいうるさい! 僕が今日持って来いって言ったんだ! 早く持ってこい!」
小林と言う男は、駄々をこねる子供のように叫ぶ。
スーツを着た男のうち、窓際に立っている筋肉質だが小柄な男はその小林から顔を逸らして軽く笑った。
「す、すいません。今、広島県付近で捜索中でして……。どうしても持ってくるのは時間がかかるんですよ」
広島県……?
次回の投稿予定日は2/7(土)です。




