79話 私の幸せは私が決める
【前エピソードのあらすじ】
クロエはもう二度と誰も頼らないと決めていた。
彼女はフィナを前にしても、助けたいという思いを拒み、幻影魔法で自らの姿を消すがーー。
夜のベランダに、一人立つフィナ。
しかし、フィナは目を瞑って――。
そのままフッと一歩前に出て、何も見えない目の前の空気を優しく抱きしめた。
「え……?」
クロエの声音が溢れる。
少なくとも、俺にはクロエの姿は見えない。
「私、この世界に来たばかりで、不安でいっぱいだったとき、クロエちゃんが会いに来てくれて、本当に、嬉しかったんだよ」
「や、やめて」
クロエの、怯えたような声が聞こえる。
「安心したし、嬉しいって思ったし、幸せだって思った」
透明な何かを抱きしめるフィナは、ぎゅっと優しく抱いた。
すると、再びクロエの、恐怖と悲壮と、ほんの少しの迷いを感じる声が響く。
「お願い、もう、優しくしないで」
気づけば、フィナの顔は優しい表情に変わっていた。
「クロエちゃんが離れたくても、絶対に離さない。だって、クロエちゃんがいなくなったら、私、不幸になっちゃうから」
「やめて……、やめてやめて!」
クロエの切り裂くような叫び声が響く。
「やめない。私はクロエちゃんのこと、絶対に離さない」
「嫌なの! もう大切な人が私のせいで泣いたり、傷ついたり、怒られたり、……死んで欲しくないの! 特にフィナには絶対に傷ついて欲しくない! 傷ついているところを見たくない!」
クロエの声が、涙声に変わっていく。
「どうして分かってくれないの! 離してよ。フィナまで私のせいで不幸になったら、もう私、絶対に耐えられない、からーー」
その言葉を聞くフィナの表情が、変わっていたことに気づく。
黄昏時、太陽が残した優しい光が当たるフィナの顔は、さっきまでの強烈な視線を感じさせないほど柔和で、暖かい。
そんな彼女はクロエの言葉を遮り、ポンッと背中を優しく叩きながら言った。
「私はクロエちゃんが友達でいてくれるから、笑っていられるんだよ」
フィナがそう言った瞬間、フィナに抱きしめられたクロエの姿がベランダに現れる。
そこには、さっきまで、張り付いた仮面のような真顔だったクロエがーー。
「な、なんで……、そんな――」
無表情の彼女の頬に何かの光が反射し、ベランダに雫が落ちた。
「ほら、クロエちゃんも、私のせいで泣いたから……、お互い様だね」
抱きしめる際、フィナの横顔がチラリと見えた。
いじらしいような笑顔。
「わけ、分かんない」
そう呟いたクロエはそこから、無表情のまま泣きながら、フィナの胸の中に顔を埋めた。
静かな春の夕、涙を啜るような音だけが響き続ける。
そんな時間が、永遠に続くかのように感じていた。
と、何分後だろうか……。
クロエの口から、言葉がこぼれる。
「本当は、フィナと、離れたく、ない……、嫌われたくも、ない」
クロエの心が、ついに、折れた。
すると、フィナは俺に背を向け、クロエを抱きしめたまま――。
「うん。離れないし、離さないよ」
「でも、私の不幸体質の、せいでフィナが不幸になるのも、嫌。それなら、私が、嫌われた方が、いいって」
クロエは涙声のまま、訴えるように言うと、フィナは優しく頭を撫でながら言う。
「クロエちゃんの幸せは?」
「え……?」
戸惑うような声を上げるクロエに、フィナはゆっくりと、包み込むような声で言う。
「クロエちゃんの悩みがなくなって、クロエちゃんが幸せになるには、どうしたらいいの?」
「わ、私は、フィナが不幸になるのが嫌で――」
そう言おうとしたクロエに、フィナは強い口調で言う。
「私の幸せは、私が決めるの。クロエちゃんの幸せはクロエちゃんが決める。私はクロエちゃんと一緒に修行をして、魔女になった後も仲良く過ごすのが一番幸せな未来」
再び、柔らかい口調に戻して続ける。
「クロエちゃんの幸せは?」
確かに、クロエは他人の幸不幸ばかりを考え口にし、自分がどうしたいのかが全くわからない。
諭すフィナにクロエは数秒後、フィナの胸に深く顔を埋めながら言う。
「私はもう誰も不幸にしたくない、けど……、フィナと一緒に修行を続けたい」
暗くなっていく空に響く、クロエの紛れもない本音。
「続けたい、けど。自分の協力者が苦手で、どうしようもなくて……、まだまだこの世界でやりたいことはたくさんあるのに、帰りたいって、思っちゃって」
そこまで言うと、言葉を止めて。
クロエはポツリとこぼした。
「助けてほしい。けど、怖くて、誰にも、言えなくて」
フィナの表情は見えないが、その言葉以降、クロエは何も言わなくなった。
そして、抱き合う2人を見て、美しいと感じていた。
「助けて欲しいって言ってくれて、ありがとう」
ふと響く、フィナの小さな小さな声。
いつか俺にも、こんな親友ができるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はそんな二人の姿をぼーっと眺めていた。
・
何分くらい、時間が経っただろうか。
2人は何も言わずに抱き合っている。
ベランダの外を向いているフィナは、ずっと、クロエの背中を摩っていた。
そんな時。
突如、俺のスマートフォンから木琴の軽やかな音が鳴る。
自分のスマートフォンを見て分かる。これは、着信音か。
電話をかけてきたのは、真司澪奈。
「ちょっと、電話する」
2人の雰囲気に水を差してしまったらしい。
きょとんとして振り返るフィナの横顔と、真っ赤に目元を腫らしたクロエの顔と、順番に目が合う。
しかし、電話に出ないわけにもいかない。
友だちかどうかは怪しいが……、俺は部屋の中で彼女からの電話を取った。
次回の投稿予定日は1/14(水)です。




