77話 幻影魔法の発現
【前エピソードのあらすじ】
助けに来た奴隷少女たちは殺されていく。
そんな中、クロエは……。
貫かれた瞬間、彼女は腰が抜けたように倒れた。
ゆらりと足がもたついて、視線の主も倒れる。
「クロエ……、逃げ――」
横でシェーミーのそんな声が聞こえた。
その瞬間。
――もう消えたい。消えていなくなりたい。
脳裏に直接響いた声。
「あと1人! どこへ行った!」
「さっきまで、そこにいたんですが」
「おい! 早く探せ! 壺を壊した一番小さい奴隷がいないぞ!」
「あの奴隷だけ逃したか! ちっ、外を探せ!」
そんなことを叫び、まるで兵士たちはシェーミーの隣で倒れている、視界の主が見えていないかのように、キョロキョロと周囲を見渡す。
逆に、転んだ視線の主は、その場から全く動かない。
絶望したように、その場で転んだまま、目の前の床に流れている、夜の光に照らされた血を見つめているらしい。
景色は変わらない。
たらーっと、白色の大理石の廊下に血が垂れていく。
その血を、バタバタとかけていく兵士たちが踏んで、飛沫を飛ばして走っていく。
「み、みんな……」
兵士が走り去った後、視界の主は、そう呟き、呆然としながら起き上がる。
身体が痛んでいるからか、ふらふらと視界は揺れる。
「みんな……、起きて?」
視界の主はそう言いながら、血の溜まった床を四つん這いで這う
「起きて」
ぽつりと、小さな声で言う。
しかし、誰も答える者はいない。
仲間の奴隷の少女たちはみんな、夜の光に照らされ倒れていた。
ある者は白目を剝き、ある者は悲痛な表情で、ある者は悲しげな表情で……。
「起きて、よ」
ぐらっと視界が揺れて――、再び視線が地面に落ちる。
そして、視界がぼやける。
地面に流れる血を分ける、ポタポタと垂れる涙。
が、その涙は突然、すっと引いたらしい。
視界が戻る。
「私が、悪魔だから……」
何かを恐れるように、両手で顔を抑える。
「わ、私、私が……、死を呼んだんだ。助けてって、言ったから、みんな、死んじゃったんだ……」
両手で自分の髪を引っ張り、自分の顔を引っ掻く。
「なんで? なんで、私だけ生き延びて……」
その時――、突如、声が響いた。
「クロエ……、そこに、いるの……?」
突如、近くで声が響く。
暗く染まりかけていた視界がすごい勢いで明るくなり、動き、シェイミ―の方を見た。
「シェイミー!? シェイミー!」
叫んで、シェイミ―の顔を覗き込んだ。
すると、彼女は苦しそうな様子のまま、倒れた横顔にべっとりと血を付けた様子で言う。
「クロエ、生きて……いるの……?」
何故か、兵士たちはその視界の主だけを見逃して、全員どこかへ行った。
「生きてる! シェーミー、しっかり――」
しかし、シェーミーは目も開ききれないようで、さらに、声も力のない、微かな声だった。
「私……、もう、クロエの姿も見えない。クロエが、生きててラッキーだった。はやく……、逃げて」
「嫌だ! 私だけ逃げるなんて、絶対に嫌!」
「約束……、みんなの夢を、忘れ、ないで……」
クロエはその言葉を聞くと、頭を抱えて、再び、狂ったように言う。
「みんなの夢を、潰しちゃった……、やっぱり、私はみんなを不幸にする悪魔だったんだ。死なないと、死なないとダメだ! 死んだらみんなが、助かるかもしれないんだ!」
半狂乱になったのか、視界がぐらぐらと揺れながら、自分の両手で自分の首を絞めようとする。
その時。
パチン。
音が響く。
血飛沫が飛ぶ。
目の前にいた、シェーミーは……、苦しそうに傷の入っていない方の手を動かし、視界の主の頬を叩いた。
見えていないと言ったはずなのに、その手は的確にクロエを叩く。
いや、実際は叩いたと言うほど大袈裟なものじゃない。
力無く、叩くように腕を振り抜いた、だけ。
しかし、目の前のシェーミーの力強い眼差しは、その目に映って離れない。
「シェーミー……?」
視線の主がポツリと言うと、シェーミーは強い眼差しで言う。
「クロエ、生きて」
その一言は死に間際のかすれた声。
しかし、その重く、力強く、クロエは廊下の先の扉を見てしまう。
その扉は兵士が開けっぱなしにしており、夜空からは何かの光が照っていた。
シェーミーは微笑んで、続けた。
「クロエ……、が、生き残ってくれたから……、私は今、幸せな気持ち、だよ」
その力のない言葉を聞いた彼女は、薄暗いが、光がこちらを差し込む外の景色を見る。
――私にも、みんなを幸せにできるかな。
そんな言葉を思い出す。
月光にどこか似た光を見つめながら、安らかに眠るシェーミーをちらりと見て、クロエは呟いた。
「生きないと、いけなく、なっちゃった」
その言葉を呟いたときのクロエの表情は、映像から分からなかった。
・
パッと、景色が戻る。
ここは……? いや、俺の家だ。
しかし、さっきは屋上に立っていたはずだが……、移動しているらしい。
「今のは――」
俺が今の景色の内容を尋ねようとした瞬間、先に未来の魔女が言う。
「皮肉なことに、クロエはその時に消えたいと強く願ったから、姿を消す幻影魔法を使えるようになった。姿が消したことで無事逃げ切って、しばらく、森の中をさまよっていたようだが……、それを私の里の者が拾った」
「……なんで、そんなことを俺に教えるんですか」
「さぁ、どうしてだろうか」
未来の魔女はとぼけたようにそう言うと、音もなく俺に近づいて、俺の肩を掴む。
やはり後ろは見ないでおく。
なんとなく、見たら怒られそうだからだ。
「この事実を知っているのは、クロエを拾った私と、クロエの師を担当した私の里の者と、そして、貴方だけだ。情報は丁寧に使ってほしい」
「俺に教えたことを知れば、クロエはあなたに怒るんじゃないですか」
「未来の魔女から聞いたと言ってもらって構わない。私がクロエに負ける確率は0だから」
フィナの師匠である未来の魔女。
未来の魔女は通称なのかと思いきや、本当に時間に関する魔法を使うらしいということがわかった。
魔女は強いと聞くし、実際そうなのだろう。時間に関する魔法なんて強すぎるにもほどがある。
また、クロエが親に売られた奴隷で、こんなに壮絶な過去を抱えているとは、あの丁寧な所作からはとても想像できない。
しかし、なぜクロエがこれほどまでに協力を拒むのかは、理解できた。
「あと、これも2人に伝えておいてくれ。ラミアは生きている、と」
え。
今のも結構な情報じゃないか?
俺が問い返そうとすると、突如背後から気配が消えた。
まったく、なんで俺にクロエの過去を……。
こんな情報、全部聞いたなんて言ったら、クロエに冗談じゃなく殺されるぞ。
振り返ると、クロエはこたつ机に突っ伏して、静かに眠っていた。
どうしようか悩んだが……、クロエに許してもらえる可能性を上げるため、毛布を掛けてから夕飯を作ることにした。
クロエのお腹、かなりの大音量で鳴っていたしな。
・
作りたいと考えているのは「すきやき風の何か」だ。
豚バラ肉と小松菜としめじを牛脂で炒めてから、醬油みりん料理酒砂糖を1:1:1:1で投入したスープで温める。的な感じでどうだろうかと考えている。
肉は豚肉だし、焼き豆腐も糸こんにゃくも入れていないから、あくまで風。
これでクロエは機嫌を直してくれるだろうか。
料理自体は20分程度で完成した。
冷ご飯をレンジで温め、それからクロエを起こす。
「おい、起きろ。ごはん出来たぞ」
俺はクロエの身体はゆすらずに、遠くから声をかける。
「おーい、クロエさーん」
普段から、こんなに安らかで落ち着いた顔をしていれば良いのだが……。
「起きろー」
と、俺が言うと、先に鼻が動いた。
おそらく、食べ物の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
そして、ゆっくりと眼を開くや否や、飛び起きた。
「ぎゃあ!? なんで!? ここは!? いつ!?」
いつも冷静なクロエが眠い目をこすりながらキョロキョロと錯乱している姿は、少し面白い。
「とりあえず、飯食って落ち着け。ほら」
俺が目の前にご飯を出してこたつ机の前に座ると、クロエは背中にかかっている毛布を見る。
「わ、私、なんで寝て」
「ほら、良いから食え、飯が冷めるぞ」
しかし、クロエはぴったりと身体が止まったまま動かない。
「私、なんで寝ていたの!? ってまさか、私を眠らせた!? 寝ている間に何を……、まさか……」
クロエは自らの両手で自分の身体を守るようなそぶりを見せ、俺に疑いの目を向ける。
本気で俺が眠らせて襲ったと疑われているらしい。
「大丈夫。お前を眠らせていたのは、未来の魔女だ。俺は料理を作っていた」
俺がそう言うと、クロエは目を丸くして言う。
「ちょっと、言葉の脈絡が意味わかんない。お師匠様!? なんで!?」
「お前のことが心配で見に来たんだとさ」
「……噓、でも無さそうね。料理は出来立てだし。でも、どうしてわざわざ私を眠らせて――」
「言いづらいことを言うためじゃないか? 例えば――」
俺は悩んだが、本当に未来の魔女が来たと信じてもらうため、そして、いつかは言わなければならないであろう彼女の秘密を知っていることを言う。
「クロエは親に売られた奴隷だった、とか」
年末年始の一斉投稿はここまでです。
また、次回の本編投稿予定日は1/7(水)です。
本年もどうぞよろしくお願いします。
明日、1/4(日)に、この物語の前日譚をスピンオフ短編小説として投稿予定です!
この世界に来る前、幻影の魔法使い候補生だったクロエとフィナの出会いの物語。
クロエの内面とフィナとの関係性の始まりを描いています。
シリーズ登録しておりますので、お時間があられる方はご一読いただけますと嬉しいです!
小説タイトル:『私の友達に落ちこぼれ魔法使いなんていらないーーそう思っていた』




