76話 或る奴隷少女の過去 後編
【前エピソードのあらすじ】
ある日、クロエを買った貴族の家で皇帝下賜の宝を壊す事件が起き、クロエはその責任をなすりつけられ、死刑を宣告される。
が、その夜、投獄されたクロエを助けに、仲間の奴隷少女たちが駆けつける。
「シェーミー……?」
「クロエ!? 今、出してあげるから!」
奴隷の一人が小声でそう言って鍵を開ける。
見回すと、視界の主は牢屋の鉄格子の近くで気を失っていたらしい。
一方、鞭男は牢の奥の方で横になって寝ているような様子。
こんな状況なのに眠っているとは……、やはり酒にでも酔っていたのだろうか。
横になって、うるさいイビキを立てて寝ており、ぴくりとも動かない。
ガチャン。
そんな音が響き、キィーー、と音が響いて鉄格子の扉が開く。
「み、みんな……、ダメだよ! 見つかったら……」
視界の主はよたよたと歩き出さずに、牢の中でそう言うと、シェーミーは優しげに笑って言う。
「話し合って、今日、この屋敷からみんなで逃げようって決めたんだ」
シェーミーは牢の中に入ってきて、視界の主の肩を掴む。
「私なんて、放って――」
放っておいて、と言おうとしたのだろうが、シェーミーはそんな視線の主を見てニコッと笑う。
「もう、クロエったら。助けてって言ったでしょ?」
肩を借り、牢の中から出るなか、周囲の奴隷たちも言う。
「クロエちゃん、大丈夫!?」
「酷い怪我、立てないでしょ?」
「ごめんね、もっと早く助けにきたかったんだけど、手間取っちゃった」
皆が小声でそう言う中、なんとかクロエは牢の外に出る。
みんながチームのように連携している。
まるで阿吽の呼吸だ。
「私、ちょっと上を見てくる! クロエ、絶対逃げようね」
その優しい言葉や、シェーミーの微笑みに、目に涙が溜まっているのだろう。
クロエは、視線を落とす。
「み、みんな……、ありがとう……」
そう、視界の主がつぶやいて、仲間の奴隷の一人が、「とりあえず早く逃げよう」と言った、その時だった。
「なんだ……」
鞭男の寝起き声が響く。
「ま、まずい! 鍵!」
シェーミーが慌てたように言うと、鍵を持っていた奴隷の女の子は、慌てて鍵を落としてしまう。
「……は!? なんでお前が外に出て――、って貴様ら! 何してる!」
鞭男は慌てて飛び上がってこちらに走ってくるが、牢の中に置いてあった排泄物を入れるバケツを買って転んだ。
排泄物が、彼の頭に降り注いだ。
ガチャン。
その隙に、女の子は鍵を拾い直し――、なんとか牢に鍵をかけた。
すると、鞭男は排泄物を被った状態で、牢の鉄格子のところまで近寄ってきて、鉄格子を掴んで半狂乱に叫ぶ。
「おい、お前ら……! これまで俺がどれだけ世話をしてやったか、分かってんだろうな……! 出せ! 俺もここから出せ! 出せよ!」
耳が痛くなるほど大きな叫び声。
しかし、奴隷たちら誰も彼に取り合わずに走り出す。
「な、なんで……。なんで俺を助けずに、不幸を呼ぶ悪魔の方を助けんだよ! お前ら、こいつのせいで何回痛い目に合ったと思ってんだ!」
そこまで叫ぶと、その男はニヤリと笑って言う。
「そうだ! 俺を助ければ、お前たちに一人前の食事を与えてやる! お前たちにもっといい格好をさせてやる!」
そんな叫び声が響くなか、奴隷たちは階段を上がっていく。
「お前ら! そいつは悪魔なんだぞ! 現に俺はこいつに呪われて死にかけてる! そいつを切って、俺を助ければ、俺もお前らもみんな生き延びることができる! 早く俺を助けろ!」
シェーミーは後ろを見ずに、こちらを見てぽつりと呟く。
「クロエ、近くの森まで逃げたら休めるから、あと少し頑張ってね」
しかし、後ろの男の言葉に、視線の主は反応して、目が泳いで、思わずつぶやく。
「不幸を呼ぶ……、悪魔……」
おそらく、過去の記憶を思いだしてしまったのだろうか。
視界の端に、迷いのない、シェーミーの横顔を映る。
と、その瞬間、視線の主は、首を横に振った。
そして、階段を上りきる。
屋敷は暗く、今は真夜中だとわかる。
屋敷の中、高級そうな大理石に、灯りの灯っていないシャンデリアが吊るされた廊下を歩いていく。
「裏口はこっち! 早く!」
奴隷たちは駆け出していくが――、視線の主、クロエは足を怪我していて早く動けない。
今は、3人がかりで支えてもらっているが、周囲のみんなも少女であるため、歩かせるので精一杯のようだ。
視界の先に見えた、ガラス扉。
あの扉の先から、夜の外の景色が見えた。
庭らしき景色。
夜なのに外が見えるということは、こちらの世界で言う月のような、夜に光る何かが存在するのだろうか。
「ほら、こっち!」
ガラス扉に近づいて、一人の少女が扉を開ける。
と、風がビュンっと廊下に吹いた。
「あと少しで外に出られる。後は、裏門からみんなで逃げてーー、みんなで自由な生活をしよう!」
シェーミーがそう言って、こちらを見て笑う。
その笑顔は眩しく映る。
だから、視界の主は頑張って、痛む身体を動かしているらしい。
あと少し、あと少しで扉の向こう側へ。
そう思った。
その時だった。
「おい! 牢に入ってる奴隷が逃げ出したぞ!」
そんな男性の叫び声が、廊下に響く。
きっと、兵士の叫び声に違いない。
「やばっ! クロエちゃん、急ぐよ!」
と、そこでクロエは足を止めて、みんなに言う。
不幸を呼ぶ少女という言葉が脳裏をよぎったのだろうか。
「大丈夫、私を置いて、みんなで逃げて」
あろうことか、彼女は立ち止まる。
すると、シェーミーは耳元で、強い口調で言う。
「そんなこと……、絶対にしない! 私たちは仲間なんだよ!」
シェーミーがそう言うと、周囲の女の子たちも焦ったように言う。
「クロエだけ置いてくなんて絶対にしない! 早く!」
「はやく! 見つかったらやばいから!」
すると、後ろにいた女の子、ヒノがクロエの背中を強引に押した。
「一緒に、絶対みんなで一緒に逃げるんだ」
シェーミーも隣から言う。
「みんな、クロエのことが大好きなの。だから、置いてくなんて、絶対にできない」
しかし、そんなシェーミーやみんなに対して、クロエは言う。
「やめて、お願い。私を置いて――」
その瞬間だった。
パンッ!
弾けるような音が響く。
そして、その直後。
バタッと、倒れるような音。
視界がゆっくりと後ろを振り返ると、後ろからクロエを押していたヒノは、白目を剥いてスローモーションで倒れていく。
その胸からは紅く、どろどろとした血が流れ、弾けるように飛んだ血しぶきで、白い大理石の床に血が飛散する。
「いたぞ! 奴隷が全員! 逃げ出そうとしてる!」
すると、ゾロゾロと足音が廊下に響く。
どうやら、いろんな人間がこっちに集まってきているらしい。
「みんな! 早く! 私を置いて逃げてっ!」
視界の主がそう叫ぶが、隣からシェーミーが叫ぶ。
「扉から! 行くよ!」
パンッ!
扉の方でも銃声が響く。
扉を開けていた女の子が、突如衝撃を受けたように固まり、ふらっと力無く倒れて、空いていた扉が閉まる。
「や、やめて」
視界の主はポツリと呟く。
「扉の外にもいる! 囲まれた!」
扉の近くにいた仲間が叫ぶ。
パンッ!
後ろから音が響く。
隣で、シェーミー、ヒノと共にクロエを支えていた女の子が倒れ、ぴくぴくと痙攣して――、血を身体から吹き出しながら、動かなくなった。
支えはシェーミーだけ。
ゆらりと身体が動いて転びそうになるが、シェーミーが踏ん張ってクロエに微笑む。
「大丈夫、大丈夫だから」
シェーミーはそう言うが、視界は再びぼやけていく。
「お願い、やめて……」
しかし、そんな声は誰にも届かず、扉の外からも兵士たちが入ってくる。
「包囲した! 暗いから銃は使うな! 剣で殺せ!」
そんな叫び声が響くと、兵士たちは剣を抜いて、仲間たちを切り付けていく。
半狂乱の悲鳴、苦痛の伴った叫び声、鉄の剣が振り下ろされた舞い散る紅い血、それらの混ざり合う、鮮烈で衝撃的な光景。
ただ、何もできず、剣で斬りつけられて、血が飛んで、倒れていく仲間たちの姿を見る。
そんな中、隣のシェーミーはクロエに呟く。
「クロエ、ごめん。本当に」
その言葉が聞こえた直後。
グチャ。
生々しい、肉と骨を潰すような音。
シェーミーは肩元を剣で貫かれた。
次回の投稿予定日は1/3(土)です。




