75話 或る奴隷少女の過去 中編
【前エピソードのあらすじ】
映像を見るにつれ、俺はクロエの過去を見ていると確信する。
映像の中のクロエは奴隷として売られて以降、心を閉ざしていたが、シェーミーたち仲間の存在が、彼女の心を開いていく。
「私と……、一緒?」
「そう。私も隅で丸まって泣いてた。ヒノも、エリエスも、他の皆も一緒」
「ちょっと! 私は泣いてないし!」
後ろから反論するような声が響く。
「そ、そうなの……?」
視線の主は、驚いたようにそう言った。
すると、シェーミーは優しい表情のまま言う。
「そう。だからクロエも、自分より弱い人や、困った人がいたら……、絶対に見捨てないで。約束だよ?」
そう言ったシェーミーに対し、勢いよく尋ねた。
「私も……! みんなみたいに、誰かを幸せな気持ちに、できるかな……」
そう言いながら、恥ずかしかったのか視線を落とす。
すると、シェーミーの優しげな声が響く。
「もう、できてるよ」
視線の主がピクリと動く。
「クロエはきっと、みんなを幸せにする、幸運の女の子だよっ
! あー! クロエは可愛いなあ!」
シェーミーの優しげな声が響くと、他のみんな、わいわいと盛り上がって、思い思いに背中を擦ったり、頭を撫でたりする。
視界の端まで、仲間の皆の優しげな顔であふれていた。
「クロエのおかげで、幸せ!」
後ろの方からそんな声が聞こえた瞬間、クロエは小さな声で言う。
「嬉しい、かも」
「そういえば! クロエ、この間、1人だけ裏口の外で、あいつに鞭で叩かれたでしょ!?」
1人がそんなことを言うと、すぐに他の1人が言う。
「あの鞭男、クロエばっかり目の敵にしてるじゃん!?」
「で、でも。それは私が、仕事が遅いから……」
視界の主が少し気落ちしたように口を開くと、シェーミーは怒る。
「クロエは一番ちっちゃいんだから、遅くて当たり前じゃん! あいつ、そんなことしてんの?」
「そう! 許せなくってさあ!」
「クロエ、困ったら私たちを頼ってよ!?」
視線の主は、その言葉を聞いても何も言わなかった。
・
映像が切り替わる。
「この! クソ女がっ! とっとと働け!」
先の映像で鞭を持っていた男が、再び、視線の主に向けて鞭をふるう。
その日の男は顔が赤く、足取りもおぼついていなかった。
こういう日は、決まって不機嫌な日。
その男の鞭が、視線の主に向けて勢いよく飛んで来る。
その時だった。
パリンッ!
磁器が割れるような、重たい、響くような音が鳴る。
男は、その後の方を見て唖然としている。
そして、視線の主も、そちらを見た。
男が振った鞭が、大理石にある拡張高い木製の台の上に置かれていた、白磁の花瓶に当たり、その花瓶が台から落ちて割れたのだ。
「な、や、こ、これは」
顔を真っ赤にした男がフリーズをしている。
視線の主はどうすれば良いか分からず、目が泳いでいるらしい。
と、その瞬間。
その男は青ざめた表情のまま、クロエを睨んで言う。
「どうしてくれるんだ! 主人様の花瓶を!」
割ったのは、目の前の意地悪そうな男だ。
が、完全にこちらのせいにしようとするような言い振り。
美しい大理石の床、視界の端には割れた瓶の欠片。
「お前の値段よりも高い花瓶なんだぞ!」
周囲では、ボロ布を着た女の子たちは、心配そうにこちらを見ている。
その中には、先ほどシェーミーと呼ばれた女の子もいた。
視線の主は戸惑っているのか、何も言わない。
「今の音、何があった」
新たな声音。
その声の方向を視線の主が見ると――、そこには愕然とした表情で、40代くらいの男性が立っていた。
その男性は格式高い衣装を着ていた。
髪の毛は整髪剤で整えられ、非常に高級そうなスーツとスラックスを着て、おまけに黒色のマントをつけていた。
そして、彼の横には3名の、鉄製の鎧を着て、剣を腰に刺した男たちがいた。
「これは、どう言うことだ」
その男性は静かに、それでも、かなりの怒りを押し込めるような声音で言う。
すると、髪の薄い目の前の鞭男は、声高々に言う。
「ご、ご主人様! 今、この奴隷がやりました! こいつ、不幸を呼ぶ悪魔でして……、今、きつく叱っていたところなんです!」
それには、視線の主も思わず言う。
「ち、違います。その人が鞭でーー」
そう言いかけた瞬間、鞭がパシャリと視線の主の頭に叩きつけられる。
「お前……、つまらない嘘をつくな! お前がやったんだろ! 1番鈍臭くて使えないクズが! 親に売られたゴミ同然のくせに、嘘までつくのか!」
すると、静かに怒りを見せていた男は、その場で絶望したように膝をつき、頭を抱える。
「こ、この壺は、先々々々々代皇帝より頂いた当家の家宝なんだぞ……、それを、こんな有様に……」
そう言うと、その貴族らしき男は膝をついたまま、視線の主の方を見る。
「皇帝陛下からの賜り物を破壊した重罪……。貴様ら2人は公開処刑、市中轢き回しだ!」
そう言うと、隣に立っていた兵士のような格好をした男たちが、鞭を持っていた男を掴み始める。
「ちょっと、待ってください! 私は何もしていません!」
鞭を持った男が半狂乱になってそう叫ぶ中、視線の主も兵士のような男に掴まれる。
「私は何もやって……」
そこまで言いかけたところで、クロエはパッと前を見る。
と、目の前にいた他の奴隷の少女たちは、心配そうにこちらを見つめていた。
「お前は奴隷の管理責任者だろ! どっちがやってようが、奴隷の不手際の責任はお前の責任だ!」
そんな声が聞こえた、そのとき。
視線の主である、幼いクロエの声が響く。
「た、助けて、みんな……」
はっきりとした声音で、視線の主は言う。
が、奴隷の少女たちは、その場で誰も動かなかった。
「ほら、行くぞ!」
兵士に連れられ、階段を降りた先にある、見たことのないような冷たい部屋で、その男と二人で、一つの牢屋に入れられる。
部屋は暗く、石柱、石の壁に石の床、そして、その壁に直接金属で作られた牢屋の柵が埋め込まれている。
トイレ代わりの鉄バケツだけが置かれており、寝床もない。
暗く狭い牢屋に、先ほどまで鞭を持っていた男と、二人で手錠をかけられて押し込まれた。
ガシャン。
重たい牢屋の扉の音が響き、鍵が閉まる音が鳴る。
「処刑は明日の朝に行う」
兵士はそれだけ言って、立ち去っていく。
その兵士に向かって、鞭男はいろんな言葉を喚いていたがーー、兵士は無視をして階段を上がっていく。
一方、視線の主は牢屋の端っこで、存在を消すように、小さくうずくまっていた。
耳を塞いで、目を瞑って下を向いて黙っていた、が。
「みんなが、巻き込まれなくて良かった……」
小さな声で呟く。
その、瞬間。
鈍い音が響き、身体が横転し、視界が広がる。
「お前のせいだ……、呪いの悪魔だ。悪魔のせいで!」
そんな声が聞こえた。
ハゲている鞭男が視線の主を思い切り蹴り飛ばしたらしい。
再び、蹴られる。
視界がグルングルンと回る。
その後もずっと、何度何度も、鞭男が足で蹴ったり、手錠をつけられていた両手を振り翳したり、する光景。
殴られ、蹴られているのが容易にわかる。
殴られた瞬間、音声は、鈍い打撃音で、視界は転がるように横へ流れ、下へ落ちる。
ずっと、音が鳴り続ける。
「や、やめて……、痛っ」
小さな声。
しかし、そんな声で彼の八つ当たりは止まらない。
「くそっ! なんで、あんな汚え壺のせいで、俺が殺されるんだよ! くそっ!」
彼がそう言う度、幼いクロエの怯えたような声が響く。
地を這いずって、逃げていく。
が。
視界に入るのは、手錠越しに掴まれた彼女の細い左腕。
「ひっ」
腕を掴まれた瞬間に見たのはーー、その男の鬼のような形相で、その形相は悪魔のようで、鬼のようで、恐ろしい風貌だった。
「この悪魔! 死ねクソっ! クソがっ!」
腕を掴まれた状態で、何度も暴行を加えられる。
――、助けて。
脳裏によぎるような感覚で、その言葉が俺の頭の中に響く。
「みんな、助けて」
掠れたような声音で、クロエは呟いた。
その暴行は、明け方になるまで、何時間も続き――、ついに気を失ったのか映像が途切れた。
・
「クロエちゃん!」
次に視界が広がったのは、その言葉が響いた瞬間。
目を開けると薄暗い牢屋の外に、シェーミーや他の女の子たちが立っていた。
次回の投稿予定日は1/2(金)です。




