71話 不幸を呼ぶ魔法使い
【前エピソードのあらすじ】
俺が家の中でフィナを待っていると、クロエが忘れ物を取りに帰ってくる。と、ほぼ同時に小林は俺の自宅に侵入をし、クロエを動けない状態にして襲う。
小林はクロエを襲う中、誘拐された象牙の魔法使いの情報を言う。
「ラミアの、こと?」
クロエは怯えた声音で、俺の疑問をそのまま問いかける。
「そうだ! 象牙の魔法使いラミアは魔女狩りにやられた。この修行は危険なんだよ!」
何、魔法を抜かれる……?
「……どこに、いるかわかるの」
「君と僕との幸せには関係ない。僕はクロエちゃんと静かな日々を暮らすんだ」
場所まで分かる可能性がある?
この男は、魔法使いの協力者でありながら、魔女狩りと異常なほど深く繋がっているのか。
「ち……、ちが、う。私の、幸せ、は――」
パチン。
もう一度、乾いた音。
「クロエちゃん、僕が君を甘やかしすぎたのかな!? それとも……、もしかしてあの男が君に何かを吹き込んだの!?」
「あ、あの人は、関係ない! 本当に無関係だから」
ん?
今、こいつ、この状況で俺のことを庇ったのか?
パチン。
もう一度、音が響く。
「あの男が、クロエちゃんに変なことを吹き込んだんだろ!? 僕が、僕がクロエちゃんを守ってあげないと! そうだ、あいつを殺さないと!」
「や、やめて……、本当に、関係ないの! 私は――」
やはり、庇っている。
こんな状況下で、取引相手としか認識していないはずの俺を庇う理由は……。
単に、クロエがお人よしなのか、それとも、凡夫である俺を頼ったと思われたくないのか。
しかし、いずれにせよ適当に嘘をついて、隙をつけば良いだけなのに、不器用なやつだ。
パチン。
さっきから響いているこの音は、人の肌を叩いた音。
「クロエちゃん、どうしてあの男のことを庇うの!?」
「か、ばって、ない。本当に、関係、ないだけ」
「庇ってるじゃん! そうだ、クロエちゃんがあの男に弱みを握られて――」
「ちが、う。私は、私の意思で、私の、責任で、彼にはなにも……」
そして、彼女は全て自分のせいにした。
彼女の声がそこまで聞こえると、部屋が急に静かになる。
何も聞こえない。
「もしかして……、クロエちゃん……。僕のことを散々たぶらかして、あの男に、乗り換え――」
そんな声が聞こえた瞬間、俺は不味いなと直感する。
ストーカー心理に陥る人は、基本的に責任をストーカー相手以外の環境に置く。
何故なら、自分が執着している相手を肯定するためだ。
自分自身が執着している相手を否定すれば、自分自身が否定されると感じる、らしい。
そのため、クロエの協力者は、俺のせいでクロエが自分から逃げるようになったと思い込みたかった。
しかし、その状態、思考ロジックが壊れた瞬間。
「クロエちゃん、僕を騙したんだね」
ストーカーの怒りは全て、その対象に向く。
「な……、別に騙してなんて――」
「騙したんだな! 僕なんか、最初から捨てる気だったんだろ!」
クロエのおびえたような声が聞こえる。
「僕は、あの日、うれしかったんだ! 僕の料理をおいしいって言ってくれて、代わりに家の片付けを手伝ってくれて……!」
「そ、それは、あなたが手伝えって……」
「知るか! 僕が君のために、魔法使いや魔女狩りに何千万円使ったと思ってるんだ!」
「使ってなんて、頼んでない」
「やっぱり、お前は情報通り不幸を呼ぶ魔法使いなんだな!」
クロエが不幸を呼ぶ魔法使い……?
初めて聞く情報だ。
「お前は煮えきれない態度で、僕のことも、あの男のことも不幸にしたんだ! ふん、よく見ればお前なんて、顔も可愛くないし、愛嬌もない、口も悪い、クズ女なんだよ!」
男がそう叫ぶと、クロエの声が聞こえなくなった。
恐怖で放心しているのだろうか。
しかし、魔法使いにお金を使った……?
ここで魔法使いという言葉が出るということは、この男は、魔女狩りと取引してるだけではないのか?
「もういい! お前みたいな便器以下の価値しかない女! ここで使って捨ててやる!」
「そ、その。ご、ごめん、なさい……、許して。何も、しないで……」
涙声で謝ったクロエ。
彼女は馬鹿にしていた凡夫に、完全に屈している。
怒号が飛ぶ。
「謝ったってことは、やっぱりあの男に乗り変えたんだな! もういい!」
目で見ていないが光景がくっきりと想像できる。
クロエは完全に負け、今にも犯されそうになっている。
男らそう言った直後、ズボンのチャックが降りて、ベルトを外したような音が聞こえる。
「や、やめて……」
もとより、クロエを助けることは確定している。
彼女は利用価値のある女だ。
そして、狙うとすればこの瞬間。
生物は、繁殖の瞬間がもっとも無防備になりがちだ。
人間も例外ではない。
俺は押し入れの中から跳び出し、扉の向こうに突っ込む。
そして、扉を出た瞬間。
ズボンが脱げて下半身がパンツ1枚になっているクロエの協力者と、地面で這いつくばった状態で体が動かず、涙をフローリングに流しているクロエを見た。
そして、俺はその光景を3秒見つめる。冷静に、冷静にねらいを定める。
「な、なんだ!? って、お前!?」
驚くパンツ一枚の巨漢と、固まったまま動かないクロエ。
俺はそう言ってから冷静にねらいを定め、BB弾の拳銃を発砲する。
パンッ!
俺が狙ったのは、男の下腹部。
しかし、練習不足で俺の弾は少し逸れーー、男のイチモツ上部に命中した。
「っああああああああ」
叫び声が響き渡り、男はパンツを押さえてのたうち回る。
と、男が転倒したことで、お札が剥がれたのか、クロエが動けるようになる。
「クロエ! 逃げろ!」
俺がそう言うと、クロエは必死に、涙目で藁をすがるように立ちあがろうとする。
しかし、それでも足元がおぼつかないようで、時間がかかっている。
一方。男は痛みに苦しみながら、懐から小瓶を取り出し、その中に入っていた錠剤を一錠、水も使わずに飲んだ。
嫌な予感がする。
俺は逃げてきたクロエの耳元で、相手に聞こえないよう小さな声で言う。
「今から俺の言うとおりにできるか」
「もう、本当にいや……」
「頼む。まず、飛行魔法で俺を連れて天井に行ってくれ」
俺は耳打ちする。
一秒も惜しい。頼む、クロエ、動いてくれ。
「ク、クロエちゃん。やっぱり、その男と組んでーー」
俺はもう一回振り返って、BB弾を2,3発撃つ。
彼は再び苦悶の叫びをあげる。
しかし、痛み方が弱い。
先ほどよりも時間が稼げなさそうだと直感する。
「行くぞ!」
俺は時間がないことを悟って、カーテンを閉めてから、クロエの手を取り、彼女を無理やり動かして、ベランダの柵を乗り越え地面に飛ぶ。
「逃がさ、ない! あの男も、クロエちゃんも!」
クロエも俺に続いて飛んだが、飛び降りる瞬間、一瞬、間があった。
俺と彼女は落下する。魔法を使ってくれなかったのかと思いきや、彼女は俺の言葉通り、空を飛んだ。
どうやら彼女は何も言わずに、さらに何も書かずに、飛行魔法を使うことができるらしい。
しかし、俺と彼女をつないでいるのは腕一本。さらに、魔法の浮力はクロエの1人分のみ。
つまり、俺はクロエの腕にぶら下がって緩やかに落下している。
どんどんとカーテンに向かって歩いてくる男の気配。
「天井……、無理そうか?」
俺が小声でそう言うと、クロエは涙目のまま鼻水をすすってから、首を横に振り。
「くっそ……、もう、最悪」
と、言ってから……、クロエは身体全身を小刻みに震わせながら、正面から俺を抱きしめた。
柔らかい彼女の全身の肌を感じながら、俺もなんとなく合わせて、抱きしめ返す。
クロエは俺の目の前で目を逸らしながらふっと息を吐くと、「テンペストドライブ」と呟く。
すると、俺たちは上空へ向け急上昇した。
結構な上昇速度であったため、首に重力がかかる。
このスピードで上昇するため抱きしめたと言うことか。
腕一本だと地面に叩き落されていたに違いない。
そして、天井に優しく着陸した直後、クロエは弾きだされたようにすぐに俺の身体を離して、俺の身体から距離を置く。
「俺たちが逃げていく幻影を作って。頼む」
俺が小声で言うと、クロエは何も言わずに、小さな声で宣言する。
「幻影魔法、イリュージョンリリック」
そう言うと、ベランダから声が聞こえる。
「くそっ! あっちか!」
おそらく、今、小林には二人で逃げる俺たちの姿が見えているのだろう。
「く、くそっ! 待て!? 俺のクロエちゃんを返せ!」
巨漢の男は慌てたように俺の家から飛び出し、広い駐車場を抜け公道の方へ走り去っていく。
予想外に、簡単に相手を追い払うことができた。
「……あの男、クロエを幻影の魔法使いと知っているんだよな?」
俺は思わずそう問いかけると、クロエはどさっと、アパートの屋根の上に腰が抜けたように座る。
返事はない。
「まさか、ラミアって魔法使いの話が、まさかあの男から飛び出すとはな」
もう一言、俺は呟くように言う。
「どこから隠れていたの」
彼女はポツリと遠くの空を見ながら言った。
「最初から。クロエが窓から来た時に出ようと思ったんだが、いきなりあいつが来て、隙を伺ってた」
俺が答えても、クロエは何も返事をせず、遠く向こうの空を見つめ続けている。
その空は曇っていた。
もう18時は過ぎているだろうが、最近は夜が長いのでまだ暗くなってはいない。
と、その瞬間、クロエの頬に涙が伝った。
遠くを見ながら、ただ静かに涙が頰を伝って、地面に落ちた。
と、同時に彼女は口を尖らせて思い切り息を吐いた。
その涙を殺し平静を保とうとしているのか、ふぅーーーーー、と長く息を吐いた。
そして、一言。
「はぁー、きっつい」
クロエは堪えたような涙声で、静かにそう呟いた。
それは、俺にほんの少しの励ましを求めたかったのか、あるいは、誰にも何も言わずに超えることができないほどのストレスだったのか。
しかし、クロエの言いたいことも分かる。
この世界に来てから、1か月以上苦手な協力者やそれが派遣する魔女狩りに追いかけまわされ、寝床も食事もままならない生活。
肉体にかかる精神的ストレスは相当なものだろう。
ここまで逃げ出さずに残っているだけ、彼女は常人の域を越えている。
と、そんなことを考えていた、その時。
ふわっと、俺に背を向けた彼女の身体が地面から浮く。
「この状態で一人で移動して、大丈夫か」
俺が思わず言うと、クロエは呟くように言った。
「もう、帰りたい」
クロエは小さな声でそう呟いた。
次回の投稿予定日は12/29(月)です。




