62話 対 宝具を扱う協力者
【前エピソードのあらすじ】
クロエは宝具を扱うことができる自分の協力者を相手に、トラウマを植え付けられているのか全く動けない。
そこで、姿を隠して潜入していた俺が、クロエを助けるために動き出す。
もちろん、これは口八丁の嘘だ。
「お前、名前は」
俺が淡々と無表情のまま尋ねると、その男は答えた。
「こ、小林……」
「クロエを、殺してくれるのか」
男は、俺が差し出したクロエの左腕を力強く握る。
彼女は絶望したような目で、汚れた床を見つめている。
「こ、殺すなんてしないよ! そんな酷いこと――」
「そうか。てっきりこいつを強姦して、精神的に殺すつもりだと思っていた」
俺がそう言うと、小林は言う。
「精神的に殺すなんて――、僕はただ、クロエちゃんと永遠の愛を望んでいるだけなんだ!」
大変な協力者を引いたな、クロエは。
「お前はクロエの協力者、なんだよな」
「……って、お前はどこから入ってきたんだ!」
「俺は違う魔法使いの協力者。クロエに頼られたから協力するふりをして、この家に潜入した。目的はクロエを殺すこと」
すると、その男はクロエの顔を見て、左腕を掴んでいた右手で、長い黒髪を掴みなおし怒鳴る。
「クロエちゃん、なんで僕以外の協力者を頼ったの! クロエちゃんのパートナーは僕だけって言ったよね! 他の男と話すなって、初日に言ったよね!」
「そ、そんなこと聞いてない……」
怯えたように、とても小さな声で呟くクロエに対し、小林は怒鳴る。
「クロエちゃんは僕が幸せにするって言ったよね! ね!」
すると、小林はクロエのハーフサイドアップを団子にまとめた真っ黒い髪の毛を乱雑に引っ張る。
それに過剰に反応したクロエは唇を震わせながら、ただ、ポツリと呟く。
「す……、すいま、せん」
「初日に逃げ出して、他の男の家に行ったの!?」
完全に、クロエの心が折れているように見える。
「クロエちゃん、僕は魔法も使えるようになったんだ。君のためにこのランタンも、君が持つための宝具もいくつも取り寄せたんだよ」
凡夫が魔法を使える……? 聞き捨てならない言葉だ。
まったく、魔法使いが現れてから、俺が知っている常識は何もかも通用していない。
それに、この協力者がどういう感情をクロエに抱き、どういう動機で動いているかが分かってきた。
「クロエのために、か」
俺が呟くようにそう言うと、彼は俺を睨む。
「ほら、とっとと出て行け。僕はクロエちゃんと一緒に暮らすんだ。僕は宝具をなんでも使えるし、魔法だって使える。お前なんてすぐに殺せるんだぞ!」
魔法に加え宝具まで自由に使えるとは、普通の魔法使いと同じだ。
こいつは本当に、ただの凡夫なのか?
「はぁ、クロエを殺す気が無いなら、お前なんて用なしだ。魔法? 使ってみればいい」
俺は魔法に興味があったので、煽るように軽く笑って言う。
クロエは完全に裏切られたと思っているのか、絶望したように地面を見て、固まっている。
彼は今、右手でそんなクロエの髪を掴み、左手でランタンを持っているから、完全に無防備な状態だ。
相手が魔法を使えるとすればリスクはあるが、さっきよりも今の方がリスクが少ないだろう。
「は、はったりじゃないぞ! 本当に使えるんだ――」
「凡夫が魔法を使うとか、聞いたことない」
小林と名乗った男は俺を睨む。
「クロエちゃんは僕が守る! 出て行けよ! ここは僕とクロエちゃんの愛の巣なんだ」
ふむ、これだけ煽っても魔法を使わない。目障りならすぐに俺を消せば良いのに。
つまり、彼はこの状況で魔法を使えない、とみた。
で、あれば――、行けるか。
「クロエ。あとで謝らせてくれ」
俺がクロエを見てそう呟くと、クロエは絶望した表情のままちらりと俺を見る。
と、同時に小林は叫ぶ。
「な……! お前! やっぱり僕の――」
しかし、俺は間髪入れず拳を振りかざし、彼の大きな顔を思い切り殴りかかる。
すると、彼はランタンを持つ右手を顔の前にかざし、反射的に身をすくめた。
明らかに喧嘩慣れしていないな。
しかし、こんなに喧嘩慣れしていないのに、魔法や宝具は自在に使えるのは不可解だ。
俺は殴ろうとした拳を止め、彼の顔の前にあるランタンを掴んで、思い切り彼の顔にぶつけた。
ガンッ!
「がっ、ったあああ!」
小林はそう言いながら、たまらずランタンを地面に落とし、さらにクロエの髪を掴んでいた手を離す。
「クロエ! 早く荷物を探せ! 逃げるぞ!」
クロエは目が死んだまま、ただ固まって、小林の近くでピクリとも動かないでいた。
すると、彼のうめき声が響く。
「い、いたい……、こ、このや、ろう」
俺は素早くランタンを拾う。
しかし、まだ、クロエは動かない。
「クロエ! 早く動け! 荷物を取りに来たんだろ! 早くしろ!」
ようやく、クロエはハッと我に返ったように、目に光が戻る。
そして、視線を右へ左へ動かして、それから藁をもすがるように、必死に足を動かして逃げだそうとする。
しかし、痛みに呻いていた小林も、クロエの方に迫る。
「クロエちゃんは、絶対に逃がさない……。僕にはもう、クロエちゃんしかいないんだ」
「ひっ」
クロエは恐怖からか、足が止まる。
しかし、クロエばかり見ている小林は、俺から見れば無防備な状態だ。
俺は思い切りそのランタンを横に振り、壊れても構わないと言うほど力を込め、その男の右すねに叩き込んだ。
「痛あああああ」
男は叫ぶ。
彼は太っているから、脂肪の付いていないすねを狙った。
それが功を奏したのか、彼はゴミだらけの床に倒れ込み、のたうちまわっている。
「荷物は!?」
俺がそう言うと、彼女は荷物を取りに来たことすら忘れていたのか、思い出したように部屋をキョロキョロと見回した。
クロエは俺の横を駆け抜け、部屋の中を探し始める。
「ない。2階、かしら」
クロエはそう言いながら、家に入ってきた廊下の方へおぼつかない足取りで駆け抜ける。
俺も、彼女に続いて廊下に行く。
そして、ランタンを右手に持って俺は扉を閉めず相手を待ち受ける。
扉を閉めると、相手がどう動くかが読めないからだ。
ランタンをちらりと見る。このランタンは上部にヒビが入っていた。
ランタンは光っているが……、ランタンの上のスイッチを押し、光を消してみる。
これだけで、魔法を使えるようになるのだろうか、一度試してみよう。
2階の方からはドタバタと音が聞こえる。おそらく、クロエは荷物を探しているのだろう。
「クロエ、ちゃん……、待ってよ……、僕と、一緒に……」
男は足を引きずりながら、俺の目の前に現れる。
そして、彼は俺を見るや否や、表情が強烈に歪んだ。
その表情は、憎しみ、怒り、恨み、それらが混ざっており、さらに鼻血も流れている。
「お前がクロエちゃんをたぶらかしたんだろ……! じゃないと、僕のところから逃げ出そうなんて……」
「俺はクロエに頼まれてここに来た。別に、俺の意思で来たわけじゃない」
「うるさい! 僕とクロエちゃんの仲を引き裂くのは君がクロエちゃんのことが好きだから――」
「いや、嫌いだぞ。性格めんどくさいし」
今の言葉がクロエに聞こえていないことを祈る。
「嘘つくな! 僕がクロエちゃんの協力者だ! クロエちゃんと暮らすのは僕だ!」
敵の男はランタンをちらりと見た。
おそらく、魔法を使ってくれる、はず。
相手は先ほど顔と足を痛めた。
そして、魔法を使える、とするならば。
ランタンにヒビが入っていて、灯りがついていないことを確認すれば、と、魔法を使いたくなるだろう。
俺と同じ普通の人間が魔法を使うところを、俺は見てみたい。
「許さない……、人の家に勝手に上がり込んで――」
いつのまにか、彼の手にどこからともなく現れたタロットカードがあった。
どう言う原理かを考えるよりも前に、彼はそのタロットカードを握って宣言する。
「象牙魔法、アイボリーランスだ!」
男がそう言いながら、タロットカードを持っていない方の手を俺に向けて翳す。
と、その彼の手のひらから、尖った白色の鋭利な物体が現れる。
本当に、彼は魔法を使った
その象牙のような物質は、俺の心臓は向けて一直線に伸びた。
が、スピードはあまり速くない。
俺は横にかわしつつ、ランタンのスイッチを押した。
その男は手を俺に向けて動かした。すると、あの牙は伸びながら動き、再び俺の心臓を狙って伸びてくる。
しかし、カチッと音が鳴り、ランタンの光が光った瞬間、彼の手から伸びていた白い物質は完全に消えた。
「そのランタン、壊れてないのか!?」
男が驚いたように言う。
危なかった、ランタンで魔法が消えてなければ確実に怪我をしていた。
「大丈夫!?」
クロエの声が上階から響く。
「クロエ! 最低限の荷物を取ったら窓から出ろ!」
俺はそう叫びつつ、振り返って扉に向けて走り出した。
「ま、待て! 僕のクロエちゃんを――」
クロエから返事はないが、おそらく聞こえているだろう。
2階から脱出してくれることを祈る。
俺は靴のまま玄関を駆け抜け、外へ出た。
「おい! 待て!」
男も、下着一枚のまま、そんなことを言いながら外に飛び出してくる。
クロエが空を飛ぶためには、おそらくランタンの光を消さなければならない。
だから、俺は再びランタンの光を消す。
そして、可能な限りの全力疾走で逃げながら、小林の家の二階を見た。
すると、ちょうどクロエは二階の窓から顔を出し、外へ飛んだ。
先ほどまで持っていなかった黒色のトートバッグを持って、そのまま空を飛び出し、高度を落としながら飛んでくる。
「クロエちゃん! 待ってよ!」
そう言った小林に対し、クロエは無視を決め込んでいる。
このランタン、結構重いな。これを持ちながら走るのはなかなか、骨が折れる。
と、思っているとその直後、後ろから男の声が聞こえる。
「ゆ、許さないからな! 絶対、ぜーったいに、追い詰めてお前を殺してやるからな!」
しかし、男は足を痛めていることもあり、こちらへ近づいてこない。
俺はペースを落として、ランタンを持ちながら走り続けた。
・
走り続けて、およそ10分が経った頃、俺たちはようやく信号に引っかかり、立ち止まる。
往路で1時間ほど歩いており、かつ、これまで10分走ってきたため、正直かなり辛い。
しかし、電車もバスもクロエがいるから使えない。
「はぁ、きついな、これ」
息を上げている俺の隣で、クロエは俺と2メートルほど間隔をあけて着陸する。
こいつは汗もかかずに、いつも通り気品のある様子で立っている。
やはり、飛行魔法は便利な魔法だな。
出来ればランタンを持って欲しいところだが。
疲れた俺がそんなことを考えながら呼吸を整える中。
クロエは突然俺に近づき、膝に手をついている俺の顔を叩いた。
パチン。
「なんで、あんなことしたの」
まあ、怒るだろうな。
たとえ、演技だったとしても、彼女を裏切ったのだ。
「すまん、確実に助けるためだったとはいえ、あのやり方――」
俺がそこまで言いかけると、クロエは俺を鬼のような形相で睨んで言う。
「違う! なんで私を助けたの!? 手を出すなって言ったでしょ!?」
……え? そっちに怒るのか。
次回の投稿予定日は12/3(水)です。




