61話 魔法を封じる力、封魔のランタン
【前エピソードのあらすじ】
クロエの後ろについて、クロエの協力者の自宅に潜入する。その家の玄関、廊下を抜け、その家のリビングダイニングへたどり着くとそこには、非常に太った男が立っていた。
クロエは虚を疲れたように一瞬、フリーズするが、すぐに俺から見て左方向に後退りをして、一定の距離を保つ。
物が散乱したリビングは非常に広い。
俺のアパートのリビングダイニングの倍以上の広さはある。
そして、その一角に、アイランド型のキッチンがあった。そのキッチンの上には物が散乱している。IH調理器以外は使われているような形跡がない。
クロエは俺の右手側に立つその男と1メートルの距離を空けたため、そのアイランドキッチンの横に立つ。
「近づかないで。私は荷物を取りに来た。それだけ」
「じゃあ、一緒にシャワーを浴びよっか」
クロエの足が震え出す。
男は扉の前で立っている俺の横を通過し、クロエの方に一歩、一歩と近づいて行く。
やはり、その男はこんなに近くにいるのに俺に気づかない。
おそらく、俺のことが完全に見えていないのだろう。
つまり、俺は今、クロエの魔法で姿を消されている。
そして、同時に2つの魔法は使えないから、クロエが俺を隠す限り、クロエは他の魔法を使えない。
「クロエちゃん。ようやく僕と一緒に暮らす気になったんだね」
クロエは恐怖に負けないよう、必死にその男を睨みつけている。
ふと、太った彼が履いているトランクスが目につき、彼が性的興奮をしていると気づく。
「いや、シャワーを浴びずにこのままーー」
その男がそう言うと、クロエは叫ぶ。
「ふざけないで! 荷物を返して! 私はここにもう二度と戻らない!」
クロエがそう叫ぶと、男はニヤリと笑う。
「反抗的なところも可愛いなぁ。やっぱり僕、クロエちゃんのことが大好き」
「荷物はどこ!?」
「教えないよ」
彼はねっとりと笑ってそう言い、俺の前を通過する。
その時の匂いに、俺は思わず鼻を摘んだ。
呼吸も荒く、はぁはぁと言っていて、その口の臭いもひどい。
彼は俺の目の前を通過し、クロエは迫る。
そんな中、クロエは足を震わせながら叫んだ。
「痛い目に遭う前に教えて!」
「この間もそんなこと言ってたよね」
男はニヤリと笑ってから、続けて言う。
「僕、クロエちゃんの気が強くて素直になれないところも、大好き」
「二度と同じ手にはかからないわ! 本気で殺しにかかるわよ!」
クロエは必死に叫びながら後退りをする。
と、その男はずいぶん余裕そうに言った。
「……、ふふ、ツンツンしちゃって。それは僕もさ。1ヶ月前はあと一歩のところで、君に逃げられちゃったから」
彼はクロエの胸と下半身を見て、ニヤリと笑う。
「……、本当に、殺すわよ」
「ふふ、僕に触られたら抵抗しないじゃん、本当は僕のことが大好きなくせに。ほら、緊張で足が震えてるし」
男はニコニコと笑いながら、クロエの方に近づいていく。
クロエは後退りを続けるが、ついにアイランドキッチンの奥、壁際まで追い込まれた。
と、その瞬間。
「投石魔法ーー」
クロエはついに魔法を使う。
と、その時。
男はクロエを見ながら、そのランタンの上部を押した。
すると、カチッ、と音がなるや否や、ランタンの中にある熱電球が光り、眩い光が周囲に発光した。
そのランタンの光は部屋中に行き届くほど眩しく、俺は目を細める。
俺の前方には、その男の後ろ姿。そして、その向こうに壁際に追い込まれたクロエ。
おそらく、ここに俺がいるとも思っていないだろう。
彼は今、目の前、壁際に追い詰めたクロエのことで夢中になっている。
また、追い詰められたクロエは、焦りのあまり息が荒くなって、その男に集中している様子。
全身が恐怖で震え、両目の瞳の焦点も泳いでいる。
「ふふ、クロエちゃん。僕が大人の遊びを教えてあげる」
そう言って、クロエに詰め寄ろうとした男を前に、クロエは叫ぶ。
「投石魔法――」
しかし、男は余裕そうに笑って言う。
「無駄だよ。このランタンの効果、この間教えたでしょ」
「――クラシカルバリスタ!」
その、クロエの魔法は、触れたものを高速で飛ばす魔法。
俺の認識通り、クロエは地面に落ちていた雑誌を指で触る。
しかし、その雑誌は動かない。
クロエから聞いていた、魔法を封じる宝具はあのランタンのことだろう。
魔法を使えないことが分かると、さらにクロエの呼吸は荒くなる。
「どうしたの? 興奮してるの?」
俺から見ても、気持ち悪く聞こえるその男の言動。
「こ、来ないで。今ならまだ、あなたのことを許してあげる……から」
やはり、クロエはいつもの気が強い様子と打って変わって弱々しい。
そういえば、先日俺の家で一悶着あった時も、俺がクロエに触れた瞬間、彼女は錯乱したように叫んだ。
もしかして、クロエは……男性が苦手なのか。
思考を巡らせようとした瞬間、ふと、その男の背中越しに、俺とクロエは目が合う。
その瞬間、クロエは正気を取り戻したように、目の焦点が戻る。
彼女は自分の左腕の肌を自分の右手でつねった。
「ちょっと、待ちなさい」
クロエは勇気を振り絞ったように、その男へ言う。
「なんだい、クロエちゃん」
「やるなら、シャワーを浴びたいんだけど」
「……、その手はもう2回目でしょ? クロエちゃんが1ヶ月も僕を待たせたんだよ。もう僕、待ちきれないんだ! だから、ダメ!」
そう言うと、男は一歩、一歩とクロエに近づき始める。
が、その瞬間、クロエは俺の方を見て、誓いを立てるかのように言う。
「くっそ。黙って見てなさいよ」
「へ?」
その男はクロエを見たまま、困惑したような声を上げる。
そりゃあそうだ。おそらく、クロエの今の言葉は、俺に向けて放たれた言葉。
おそらく、正々堂々戦う気なのだろう。
しかし、クロエに下手に怪我をされる方が、二人で脱出できる線が薄くなるな。
乗りかかった船だし、マリア戦の借りもある。
助けてやりたいところだが……、まだリスクも大きい状況だ。
なにより、俺は目の前の男のことを把握しきれていない。
ここで強硬手段に出るのは、リスクが大きすぎるし、なによりこの協力者には聞きたいことがいろいろある。
俺は大男に声をかける。
「よう」
俺は後ろからフラットにその男に声をかけた。
当然、その男は巨体を揺らし、慌てて後ろを振り返る。
一方、クロエは俺の行動に戸惑うように、目を泳いでいる。
「な、何で、このバカ――」
クロエは戸惑う頭を断ち切ったように、俺の方へ駆け寄ろうとする。
その男の横を抜けようとした、その時。
「く、クロエちゃ――」
男はしまったと言わんばかりにクロエを捕まえようとするが、彼女は素早く彼の横を抜けた。
「もう! あなたは早く逃げて! なんで声を――」
クロエは俺の前に来ながらそう叱責するが、その瞬間、俺はクロエの腕を掴んだ。
確実に2人で逃げるため、利用させてもらうぞ。
「クロエ、逃さんぞ」
「なっ――、なんで!? どういうこと!? 離しなさいよ!」
クロエは俺のことを強烈に睨む。
しかし、腕を掴むとクロエは抵抗できないらしい、震えたまま、身体は動かない様子。
やはり、クロエは男性が苦手らしい。全く、身体が動かなくなった。
すると、目の前の男が困惑したように言う。
「な、なんだお前! 誰だ!」
俺は即答する。
「俺は他の魔法使いの協力者。そして、クロエを殺そうと思ってここまで来た」
俺はそう言うと、クロエの細い腕を掴んでその男に引き渡そうとする。
「……、そういうこと。私を、裏切るのね」
クロエは死んだような目で俺を見る。
裏切られているのだから、激昂してもいいものを……、まるで、裏切られていることに慣れているような雰囲気だ。
クロエは目から光が消え、恐怖だけが残った。
彼女は俺が身体を掴むと、それだけで身体が動かなくなった。
ただ、小刻みに唇が震えるだけ。
彼女は男性を怯えている、それも、異常なほどに。
怯えて動けなくなるということは、彼女は過去に何かあったのだろう。
例えば、男に徹底的な暴力を受けた、とかーー。
「元より、俺はお前を殺すつもりだ。お前が生き延びると、フィナのライバルになる」
俺はそんなことを言いながら巨漢男に近づき、クロエの左腕を差し出しながら尋ねた。
次回の投稿予定日は11/29(土)です。




