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1話(2)

【前エピソードのあらすじ】

フィナと出会って翌日、朝からフィナは魔法を使おうと頑張っていた。

また、彼女に修行のことを聞いても、核心的なところを知ることができない。

俺は諦めて学校へ向かう。昇降口の俺の下駄箱には、いつも通りゴミが詰め込まれていた。

 俺は高校入学したてのころから、2年生となった今までずっと、このような嫌がらせを受け続けている。

 偽名を言うのが嫌で、名前が分からないことを正直に告げたら、嫌がらせが始まり、俺が言い返さないからか徐々にエスカレートし、今やこんな状況だ。


 学校という狭い社会空間では、小さな「変なこと」が人間関係を拗れさせる。「変なこと」は「悪いこと」とされ、「悪いこと」をしている人には「何をしてもいい」と認識してしまう。

 俺はそのゴミを見て、面倒くさいなと思いつつ、淡々とそれらをゴミ箱に捨て、上履きを履いて教室に向かおうとする。

 おっと、上履きの中に画鋲も入っていたのでそれもゴミ箱に捨てた。

 

 教室へ入っても、誰かが俺へ挨拶することもない。

 一方、俺もいつしか誰にも挨拶をしなくなった。

 座るたびに毎回、軋んだような音が鳴る自分の椅子に座る。

 また、俺の机は落書きまみれで、机の引き出しにもゴミが入れられていた。

 おっと、今日のゴミは一味違う。

 誰かが履き潰したうえに、雨風に何日か晒されて腐ったような匂いがする上履きが、俺の机の引き出しに入っていた。

 俺はため息をついてから、カバンを持ったままその上履きをゴミ箱に捨てにいく。


「おい、その臭いやつ、教室のゴミ箱に捨てんなよ」


 ゴミ箱の前に立つ男が、恫喝するような声音で俺に言う。

 その男は、クラスで唯一の金髪が象徴的な男だ。髪の毛の質などから、金髪は地毛ではなく黒髪を染めているように見える。また、彼は耳にピアスを開け、眉も薄く剃っている。

 さらには無駄に太い腕には筋肉があって、さも喧嘩が強そうな風貌。

 その男の声を聴き、彼の周囲にいた数人が笑う。

 ちなみにその金髪男の名前は――、興味が無いので覚えていない。


「わかった」


 言い返す方が面倒くさい。

 俺はいつも通りそう言って従い、廊下の方へ歩き出す。

 すると、再び笑い声が聞こえた。

 まるで悪魔のような、ひどく滑稽な笑い声。

 そう思いながらも、俺は周囲を見ないようにして廊下のゴミ箱へその上履きを捨てに行った。

 っと、廊下のゴミ箱に捨てたとて、すぐに再び俺の机の引き出しに戻ってくるだけだ。

 俺は少し足を伸ばし、学校裏のゴミ回収所に向かった。

 上靴を履いたまま、廊下のある扉から出て少し外のアスファルトを歩くと、燃えるゴミと大きな看板が立っている。

 その後ろには、大量のゴミ袋が石レンガに三方を囲まれて置いてある。

 カラス対策として、その上から緑色のネットが被せてある。

 俺は屈んで、そのネットを掴み上げ、腐った上履きを中に放り投げる。

「お疲れ」

 後ろから声をかけられる。

 フィナのような騒がしい声ではなく、フレンドリーでかつ、ナチュラルな女性の声音。

 俺は屈みながら彼女の方を振り返る。

 彼女はブラザーの制服に、非常に短く改造されたチェックスカートを履いている。

 そして、そんな彼女はスマホを左手にいじりながら俺に話しかけてきている。

 彼女は同級生。名前は真司澪奈。

 1年の時からのクラスメイト。

 そして、ただ一人、1年の時からいじめられている俺に興味を持ってくる女。

 俺はこの学校で他人と関わってこなかったため、噂に聞き耳を立てるくらいしか、情報源がない。

 その情報を元に推察をすることしかできないので、誤った情報かもしれないが、彼女は同学年男子の憧れの女子らしい。

 確かに、彼女のスッと伸びる美しい二重、高い鼻、艶やかな唇、ほんのりチークが乗った頬などなど、そのすべてが男子高校生にとって完璧に見えることは事実だった。

 また、首の付け根ほどまででボブカットにされている黒髪は一本一本が見えるほどきれいで、朝、ヘアオイルでセットされていることがわかる。

 そんな完璧な容姿を持ちながら、一方、制服は緩く着崩しており、スカートも前述のとおりとても短い。そういった、どこか危ういような、緩いような雰囲気も持ち合わせている。

 それらを総合し、彼女は同級生の男子、というか学校中の男子の憧れの女子になったのだろう。おまけに、彼女はSNSでのフォロワー数も数万人いるとか……。

 なんでも、近所の神社を管理する家系で、今は絶滅危惧種の巫女さんだとか。

 彼女のことをこんなにも知っている理由は、単に、彼女の話題が俺の周囲で出てくることが多いからだ。彼女に直接聞いた話はほぼ1つもない。


 俺はそんな彼女の声を無視して教室に向かおうとする。

「はあ、すぐに人のこと無視する」

 彼女はそんなことを言いながら俺の後ろをついてくる。

 俺は呆れながら言う。

「一緒にいれば、お前も標的にされるぞ」

「それは嫌やけん、細心の注意を払っとるよ」

 彼女はスマホをいじりながら言う。

 何が目的か、俺にはさっぱりわからない。だから、俺はいつも通り彼女から目を逸らす。

「そうか。じゃ」

 俺がそう言って歩き去ろうとすると、彼女は後ろから俺を追うように言う。

「前と同じ質問をしていい?」

「いいけど、前と同じ答えを言うぞ」

 そう言った俺に対し、彼女は前と同じ質問をする。

「なんでいじめられとるん?」

「さあ」

「いじめられて、怖くないと?」

「たかが出来事だ、すぐ忘れる」

「悲しくない?」

「さあ、分からない」

 俺は努めて優しく、そう言った。

 彼女はやはり、後ろから何も言わなかった。

 その様子を背中で感じながら、教室へ向けて歩き出した。


 目が死んだ教師たちの授業を受け、午前中が終わった。

 ここは高等教育を施す学校、いわゆる高等学校だと言うのに、授業中は私語ばかりでほとんど誰も授業を聞いていない。

 優秀だった生徒もその空気感に飲まれて、徐々に頭が悪くなっていく。

 普通に授業を聞いて、普通に問題を解くだけで、俺の学力は上位。

 昼休み、俺はいつも通りカバンを持って屋上に向かう。

 カバンは常に持ち歩かなければならない。

 何故なら、少しでも目を離せばいじめっ子のイタズラの対象となり、カバンの中やカバンそのものがぐちゃぐちゃになるからだ。

 階段を上がり、屋上の扉を開く。

 屋上は本来立ち入り禁止で鍵がかかっていると噂されている。

 そのため、今のところ、誰にもバレていないスポットだ。


「やっほー」


 何故か、フィナが目の前にいた。

 俺は一瞬きょとんとしたが、すぐに慌ててツッコミをいれる。

「いや、なんでいるんだ。外に出るなって言ったろ」

「だって、一人は心細いじゃん。私は自由に魔法が使えないんだよ? それってすなわち、魔法使いじゃなくて、魔法使えないじゃん」

 フィナは「魔法使い」ではなく、「魔法使えない」らしい。

「ていうか、どうやってここまで侵入したんだ」

「この靴を履いていれば基本は見つからないし、この空を飛べる箒を使ったからね」

 彼女は古典的な、一般の竹にたくさんの藁が付いた箒を見せる。

 そう言えば、昨日フィナが落ちてきたときに、近くにあったような……。

 俺はその道具に目を奪われて言う。


「そんな、ファンタジーでありきたりすぎる道具が実在するのか? ちなみに俺が乗ることは……」

「残念! この箒は魔法使いだけしか乗ることはできません」

 非常に残念だ。

「というか、屋上に上がってきた方法はわかったけど、その靴、履いていれば人から見えなくなるのか?」

「そう! 無意識? に潜り込むための靴って言われていたような……。履くだけで自分に全く関係のない人から見つからないようになるの。それを履いて、靴が脱げないよう注意をしながら飛べばあら不思議」

 なるほど、フィナが落下して靴が脱げたから、俺でもフィナが見えたのか。

「まあ、この靴は修行に出ている魔法使いはみんあ持っているものだよ。すごいのはこの箒! なんと世界で1本、お師匠様だけが持っている超貴重品だから」

 彼女の話から推察するに、フィナの師匠には何人か弟子がいるはず。

 そんな中、こんなにすごい道具を師匠からもらうなんて、やっぱり師匠から相当期待されている魔法使いなんだろう。

「ちなみにこの道具は、今朝言っていた宝具というものなのか?」

「いや、どうなんだろう……。修行に向けて、お師匠さまから宝具は1つしか渡されないはずなんだけど――。はぁ、そういえばこの箒、家出の勢いで勝手に借りてきたけど、大丈夫かなあ」

「勝手に借りてきたって……」

 フィナが盗んできただけだった。

「フィナ、お師匠さまは盗まれたって思っているかもな」

「え」

 俺は今朝登校中にコンビニで買った弁当をカバンから取り出して、食事を摂り始める。

 と、隣のフィナのお腹がグーッと大きな音を立てる。

 そういえば、フィナも朝は食パンだけだったな。

 昨日、人間の食材が魔法使いに悪い影響を与えないか、悩みに悩んだのだが、悩んだ末に与えた菓子パンで、彼女の身体に何か異変が起こることはなかった。

 それから、俺は魔法使いが普通の人間と大差ない、ただの哺乳類で肉食動物で、お菓子も食べるしジュースも飲む生き物だと判断している。


「ほれ、食うか?」

 俺が半分ほど食べたコンビニ弁当を、フィナの方に渡す。

「いいの?」

「いいよ」

 フィナは目を輝かせて、箒を地面に置いて弁当の中身をかぶがぶと食べ始める。

「本当、ハルは恩人だよー! 外の世界の凡夫は悪い人ばかりだと思ってたけど、やっぱりお師匠様が言う通り良い人もいるんだって、確信した! ……、拳銃を撃ったりしようとするけど」

「あれは冗談だって」

 凡夫、とは魔法を使えない人間を意味する言葉だと昨晩聞いた。

 それにしても、彼女は本当に、思ったことが素直に口から出ているように見える。

 まるで、俺とは違う。

それが、少しだけ羨ましいと思った。


 その直後。


 ガタン! と、屋上の扉が開いた。


「ん……? 女?」


 そんな声が聞こえるや否や、ぞろぞろと4、5名の男女が屋上に上がってくる。

 黒髪ツーブロックの筋肉質体形の男、赤髪に染めている大男、金髪厚化粧な女と、くすんだ蒼髪の女。

 そして、その一団で先頭に立つのは、教室でいつも絡んでくる、金髪ピアスの筋肉男。

 彼らはみな制服を着崩していて、普段は俺たちへの嫌がらせを趣味に生きている人間たちだ。

 しかし、彼らが屋上に上がってきたことや、その後の自分の身を案じることや、それらはどうでも良い。

 先ほどの言葉を踏まえると、フィナが同級生に見られたかもしれない。しかも、昼休み、学校の屋上で。

 その事実に、俺は激しく動揺していた。


次回の投稿予定日は6/11(水)です。

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