52話 夜道で拾った魔法使い
彼女の頬は痩せこけているし、体も酷く痩せているように見えた。
今日はバイトのシフトを入れてなくて助かった。
クロエは幸い痩せているから、疲れはしたもののなんとか抱えて帰ることに成功した。
俺の家、アパートの扉の鍵を開けると、どこか元気のない「ただいまー」という声が聞こえてくる。
聞こえてくるべき言葉はおかえりだと思うが、そこは突っ込まない。
「フィナ、手伝ってくれ」
「どうしたの……」
フィナは何故か不安げな表情で、かつ、汗をかいている状態でこちらに駆け寄ってくる。
トレーニング中だったのだろうが、やはり表情に元気はない。
「クロエが道端で倒れてた」
「もう、冗談やめて。クロエちゃんが――」
フィナがこちらに近づいてきて、クロエの顔を見ると叫ぶ。
「えええええ! クロエちゃん!? ってか、痩せすぎてない!?」
相変わらず大きなリアクションだ。
「とりあえず、このカバンとビニール。ビニールから冷やさないといけないものだけ冷蔵庫に入れてくれ」
「わ、わかった。クロエちゃんは!?」
「とりあえず、リビングで横にさせよう」
フィナが指示通り動く中、俺はクロエを横にする。
彼女は体こそ清潔な様子だが、いかんせん栄養が足りていない状況に見える。
「クロエちゃん、大丈夫そう?」
「うーん。息はしてるから――」
俺がそう言いかけたところで、掠れた声が響いた。
「こ……、ここは?」
「クロエちゃん!?」
俺が反応するよりも先に、フィナが反応して声をかける。
「大丈夫か?」
俺もそう問いかけると、クロエは無理やり体を起こそうとする。
「ここは……、フィナ……?」
クロエがそう呟いた瞬間、大きなお腹の音が鳴る。
ぐぅーーー、っと、その音は部屋に響き渡った。
「く、クロエちゃん……、生きてて、良かった……」
お腹が鳴った直後、フィナはクロエに飛びつこうとするので、慌ててそれを俺が止める。
「おいおい。ちょっとはクロエを休ませてやれ。クロエ、飯は?」
俺がそう問いかけても、クロエは掠れた声で言う。
「大丈夫、わ、たしは」
そう言うと、彼女は立ち上がろうとするが、ふらりと横に倒れそうになり、それをフィナが支える。
「クロエちゃん、なんでそんなに、痩せて――」
「フィナ。クロエを見ててやってくれ。俺は飯を作る」
「クロエちゃんの分も作って!」
フィナは懇願するように言ってくる。
「いらない。私の、問題、だから」
逆にクロエはそう言って断る。
そんな二人の言葉を無視して、俺は料理を作りに行く。
この間、クロエには助けてもらったし、俺はクロエの料理も作るつもりでいた。
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! なんでそんなに、痩せて――」
「大丈夫、この世界の野草は、美味しい、よ」
全然説得力がない。
「フィナ、クロエの分のご飯も作るから、クロエが逃げないようにしっかり抑えてろ」
俺はそう言ってから、料理を作り始めた。
・
俺の部屋にはもともと、テーブルがなかった。
俺は自室にある自分の勉強机でご飯も食べていたからだ。
しかし、フィナが来て、それでは足りなくなったので、貯金していたバイト代を叩いて炬燵を導入し空いてるスペースに置いた。
今は暖かいので、炬燵毛布はタンスの中にしまってある。
その炬燵机の上に、今日は3人分の食事が並ぶ。
「はい。今日は卵のお粥。味が足りなかったらこのソースをかけて」
ソースと言いながら、俺は市販の醤油を横に置く。
もともと、お粥を作る予定は無かったが、クロエがあんな状態だから胃に優しい方がいいだろうと、一定の配慮をした。
あと、テーブルの上には、昨日の残り物の野菜炒めを電子レンジで温めたものが置いてある。
取り皿は俺とフィナの前に置いた。
クロエはこんな状況だ。いきなりたくさんの量は食べられないだろう。
「いただきまーす!」
フィナがそう言うも、チラリとクロエを見る。
クロエは食事の前で俯いていた。
「クロエちゃんも、食べよ!」
「食べない」
まだ抵抗するつもりかこいつ。
どれだけプライドが高いんだ。
「おいクロエ。食わなかったら食材が無駄になるだろ」
「クロエちゃん、これ以上痩せたら本当にダメ! 危ないよ!」
「でも――、私は助けてって頼んでない」
「いやいや、このままじゃ死んじゃうよ!?」
なんか、クロエの余計なプライドがめんどくさくなってきたな。
俺はクロエの目の前に置いたスプーンで、クロエの皿に入れたお粥をすくって、息を吐いて冷ます。
「私は誰にも頼らないって決めてる。だから――」
「もう、なんでわかってくれないの!」
二人が口論する中、俺はクロエに言う。
「クロエって、バカだな」
クロエは勢いよくこちらを向いて、力無く「は?」と言う。
その時。
俺はクロエの口の目の前に、冷めたお粥が入ったスプーンを差し出した。
「ほれ食え。食わないなら無理やり食わせるぞ」
「凡夫が、魔法使いの私に向かって――」
「フィナ、クロエの両手を押さえろ」
「らじゃー!」
フィナはサッと動いてクロエの両手を押さえる。
「ちょっと、なんで」
「口開けないなら、ずっとこのままだぞ」
「ほら、クロエちゃん。食べなよ、食べないと動けないよ」
クロエは暴れる元気もないようで、ただ動かずに抵抗していた。
その様子に俺はうんざりする。
なんだこの魔法使いのプライドの高さは。
もう、助けるのも面倒になってきた。
と、思ってフィナの顔を見ると、フィナは真剣に心配そうな表情になっていた。
はぁ。もう、無理やり食わせるか。
俺はクロエの横腹を強く突いた。
「な――!?」
反応したクロエが俺に抗議しようと口を開いた瞬間、俺はスプーンをクロエの口の中に突っ込んだ。
クロエは「何してるの!」的なことを言おうとしたのだろう。
何、と言う言葉の「な」で口を開いて、「に」で口を閉じた。
その瞬間、俺は持っていたスプーンを口に突っ込んだので、彼女はようやく食べた。
「じゃあ助けはしない。クロエは俺に無理やり食べさせられた。それで良いから、早く食べろ」
俺がそう言うと、クロエはこちらを睨んでいた。
が、フィナが閃いたように言う。
「確かに、私がクロエちゃんに無理やり食べさせられれば、クロエちゃんは何も悪く――」
そこまで言いかけたところで、クロエは自分の口からスプーンをすぐに出して、両手で口を押さえて咳き込んでから言う。
「分かった……。食べる、食べるから」
クロエは力無くそう言うと、ようやくお粥を食べ始めた。
それをフィナはニコニコと見つめている。
しかし、そこからはあっという間だった。
クロエは異常なほど食べる速度が速かった。
一瞬でお粥を食べた。いや、飲み物のように飲んだと言う言葉が正しいか。
そして、俺が自分のために用意していた小皿に、昨日の野菜炒めの残りを半分ほどぶち込んで、それもあっという間に完食した。
「その、ありがとう。ちょっと元気が出てきた」
クロエはそう言うも、まだお腹がグーっとなっている。
「大丈夫? ちょっと食べたら逆にお腹が空く現象は起こってない?」
フィナが心配をしている。
第一印象ではフィナの方が年下っぽかったのに、今はまるで逆だ。
俺がようやくお粥を食べ切ろうとしたところで、クロエは言った。
「大丈夫。これ以上迷惑をかけられないし、あなたたちと近づきたくない。私は行くわ」
近づきたくない、と言う言葉が妙に引っかかる。
フィナとクロエは親友じゃないのか?
「でもフィナ、ありがとう」
クロエは立ち上がるとフラフラと歩きながら、そんな言葉を呟いた。
が、フィナも立ち上がって言う。
「クロエちゃん、本当に大丈夫なの!?」
「大丈夫。私は強いから、心配、しないで」
こいつのプライドの高さを踏まえると、何を言っても無駄だと思うが……。
俺は食器を片付けながら2人の様子を見守っていた。
すると、フィナは真剣な表情でクロエに言う。
「そんな、友達なんだよ! いくらクロエちゃんが強くても――、私、心配するよ……」
「心配なんて……、迷惑よ」
小さな声音で放たれた、あまりにも強い言葉。
しかし、フィナはそれを聞き流して言う。
「だって、クロエちゃん、さっきの手紙、見たでしょ」
手紙……?
俺は思わずフィナを見る。
クロエも同じところに引っかかったのか、チラリとフィナの方を見る。
その直後、フィナは息を飲み込んで、深呼吸をしてから、鎮痛な顔で言う。
「その。六門生の1人が行方不明で……、死んだと思ってくれ、って」
フィナが言った言葉はあまりにも衝撃的で、俺は言葉を失っていた。
本日の投稿、第一章「六門生誘拐事件」のプロローグはここまでです。
次話以降、これまでは毎週水曜日土曜日の20時投稿でしたが、21時投稿に定期更新いたします。
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第一章も、よろしくお願いします。




