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5話 魔法が使えない魔法使いとは

「水は方円の器に従う」ということわざを聞いて思う。

ろくでもない社会だと思うのは、おそらく俺がろくでもないからだろう。


【前話のあらすじ】

空から落ちてきた水の魔法使いフィナ。

彼女の協力者となることを任命された俺は、フィナと共に魔女狩りを退けた。

俺は彼女の協力者として、衣食住を提供し始めることになったが……。


 目が覚めた瞬間、俺は飛び起きて、自分の部屋の押し入れを見る。

 昨日出会った、フィナと言う名の魔法使いがきちんと存在するかを確認するためだ。


 ――どれだけ夜更かしするの!? 明るいと眠れないから襖を閉めるよ!?


 昨晩、彼女は本を読む俺にそう言い、押し入れの襖を閉めて眠りについた。


 俺は古アパートの2階に住んでいる。

 築年数は40年を超えているが、部屋の中はリノベーションされており、不自由は感じていない。


 近くの電車の駅まで自転車でも20分以上かかる立地であり、バスも近くに通っていないから家賃は安い。


 また、その理由からか、他の部屋にもほとんど人がいない。

 昔は、俺が通う高校の教員用の社宅として機能していた、と言う噂が残っているだけ。


 間取りは高校生の一人暮らしにしては大きな1LDK。

 玄関から廊下が続き、その左右に洋式トイレへ続く扉と、狭い脱衣所に続く扉がある。

 脱衣所はこれまた狭く古めかしい風呂場につながっていて、洗濯機もそこに置いてある。


 そして、廊下の先は1LDKのリビング兼ダイニング兼キッチンのある部屋につながっており、その部屋は12畳ほどの広い部屋。

 キッチンは部屋の隅、壁に面している。


 その部屋が、俺の生活の中心を担っており、勉強机や4個の本棚が置かれている。

 1人暮らしなので、いわゆる、食事用のダイニングテーブルは置いていない。

 いつも、食事は勉強机で取っている。


 そんなこだわりのないリビング兼ダイニング兼キッチン部屋には扉が1つあり、最後の一部屋、和室につながっている。


 その和室は、俺が寝室として布団を敷いて寝ており、その敷布団をしまうための押入れがある。

 その押入れは腰ほどの高さに分厚い仕切りがあり、上と下にそれぞれ荷物をしまえるようになっている。


 その上の段にフィナを押し込んだのだが……。


 フィナは、そこにいなかった。


 俺は夢を見ていたのだろうか。

 いや、夢ではないはずだ。


 彼女の寝床を確保するため、昨晩1時間かけて引きずり出した押入れの中の荷物たちは、しっかりと俺の寝室の畳の上に並んでいる。


 俺はその本の山を見つめながら思う。

 研究対象のラットが逃げた時、研究者はこんな気持ちなのだろうか。


 どうしようかと寝起きの頭を掻いていると、窓の外から声が聞こえる。


「水魔法! 水流衝撃波!」


 聞き覚えのある声に、聞き覚えのある台詞。

 俺は少し嬉しくなって、窓の外を見る。


 すると、彼女は俺が住んでいるアパートの1階の裏で、何やら忙しそうに動いていた。


 昨日着ていたものと同じ、黒色基調の地味な長袖ワンピースをひらひらと揺らしながら、指先で目の前の空気をなぞってから、何度も魔法を宣言していた。


「水魔法、激流砲!」


 ん?


 今、違う内容を宣言したか?


 しかし、同様に何も起こらない。

 そう思った直後、彼女はもう一度儀式を行ってから叫ぶ。


「水魔法、水流衝撃波!」


 またも、何も起こらない。


 昨日発生したような水の生成は、一度も発生しなかった。


 時計を見ると、まだ早朝4時だった。

 なるほど。早朝であれば他人に見つかるリスクは少ないということか?


 いや、彼女がそこまで考えているかは、かなり怪しいと思う。

 まだ出会って1日も経っていないが、そう思う。


 一般人から見れば彼女の行動は非常に奇怪な行動だ。

 そのため、早く大人しくさせた方がよさそうだな。


 俺はそろりとアパートの扉を開け、鍵を閉め、寝間着姿のまま階段を駆け降りて彼女の元へ向かう。

 

「おはよう」


 俺がフィナにそう言うと、フィナは悲しそうな顔で言う。


「おはよう……」


「なんで、そんな泣きそうな顔なんだ」


「身体は元気になったんだけど、魔法はやっぱり使えなくて……」


 魔法という単語を聞いて、俺はほっとした。

 昨日から続く非日常は、まだ終了していない。


「フィナのお師匠様から俺に見られた罰を受けて、魔法を使えない身体にされたんだろ? 使えないのは当然なんじゃないか?」


「でも、昨日は何回か使うことができたじゃん」


 確かに、フィナは魔法を使った。

 そのおかげで、俺たちは魔女狩りと呼ばれていた男から逃れることができた。


 いや、逃れる、と言うのも大袈裟かもしれない。

 俺はおもちゃのエアガン使いを、拳銃持ちの殺人未遂犯と誤認した。

 最後に落ちていた拳銃が濡れていなかったことが、ずっと心に引っかかっているが……。


 それにしても魔法が使えるタイミングは都合が良すぎる。昨日は俺が使って欲しい時、全て魔法を使える状態になった。


 もし、魔法の行使可否に法則性があるなら、そこにヒントがある?


「あー。魔法が使えなくなってしまうなんて」


 そんな思考をする俺をよそに、彼女は絶望したような表情で頭を抱えている。


「普通の魔法使いは、幾つも魔法が使えるのか?」


 俺が気になって尋ねると、彼女は天を仰いで言った。


「うん。この世界を見渡しても私くらいだよ、まともな魔法が1種類しか使えないなんて」


 彼女は両手を顔の横で、お手上げといったジェスチャーをしながら言う。

 何故か、呆れたような素振り。

 それじゃあまるで他人事だ。


「そう言えば、昨日も一種類と言ってたけど、さっきの激流なんとか、ってやつは別の魔法じゃないのか?」


「え」


 フィナはぴったりと表情が固まる。


「なんでその魔法を知っているの?」


「さっき、フィナが宣言していただろ」


 俺がそう言うと、フィナは分かりやすく動揺する。


「それは、失敗作だから……、知らないでいい」


「失敗作? 魔法に成功作も失敗作もあるのか?」


 俺がそう言うと、フィナは大きな声で言う。


「とにかく、さっきの魔法は忘れること!」


 何故か、彼女はやや怒ったように言う。

 その反応を見ると、なおさらその魔法が気になるが、これ以上詮索すると機嫌を損ねそうなので、話題を変えた。


「それならせめて唯一の魔法を自由に使えるようになっておかないと、まずいんじゃないか?」


 俺がそう言うと、フィナの目の前で人差し指を立て、それを横に振りながら言う。


「正論を言わない。正論を」


 同時に彼女はムッとした表情。さっきの魔法の話題はよほどの地雷だったのか?

 そんな雰囲気を出されると、余計に気になるからやめてほしい。 


「でも、本当になんで昨日は魔法を使えたんだろうなー」

 フィナはムッとしながらも、天を仰いで言う。


「ちなみに、昨日は道具を集めることが修行って言ってたけど、どうやって集めるの? どこかに探しにいけば良い?」


 俺は改めて問い直す。

 昨日、フィナにいろんなことを聞いた。


 魔法使いは魔女の弟子で何人もいること。

 この世界に来ているのは、その魔法使いの内の一部であること。

 この修行をクリアすると、元の世界に戻れること、など。


 いろんなことを教えてもらったが、修行の詳細な内容については、何度尋ねてもはぐらかされた。


 一方、俺も彼女から、この世界のことをいくつも説明させられた。

 特に、トレーニングの話と食事の話を何度も聞かれた。


 フィナはどうやらトレーニングオタクらしく、この世界のトレーニングは何かとしつこく聞かれた。

 その割には華奢だが、足や腕は確かに筋肉質で、まるで部活少女のような身体つき。実は腹筋が割れていたりするのだろうか?


 そんなことを考えながらフィナの言葉を待っていると、彼女は顎に人差し指の先を当て、思い出すような仕草を見せ、俺に言う。


「えーっとね、その、詳細はわからないんだけど、確か宝探しみたいな、道具を探して集める、みたいな感じだったと思う」


 昨日の言葉から何一つ情報が増えていない。

 また、彼女はそう言った一瞬、目が泳いでいた。


 明らかに、何かを隠している様子に見える。


「なら、早速探しに行くべきだと思うが……」


「あ、ちょっと待って! 一つ重要なことが」


 フィナはそう言うと、俺に向かって真剣な表情で言う。


「どの魔法使いも、お師匠様からはじめに渡された道具、いや、厳密には宝具と言うんだけど、それを他の魔法使いに奪われてはいけないことになっていて。私はこれ」


 そう言うと、彼女は身につけていたネックレスを指先でつまんで俺に見せた。


 昨日、一瞬目を奪われたその宝具。


 フィナはワンピースの下に隠しているため、フィナが落下した直後に見た以降、俺の目に留まっていなかった。

 それに、昨日はそれよりも聞きたいことが多すぎて、質問できていなかった。


 ネックレスの先の宝玉は黒色なのに、細かい細工がなされているのか、太陽の光を乱反射し、さらに、その乱反射した光をやや水色がかった光に変えていた。


 そして、その黒い宝石の中心には、形容し難い不思議な色が渦巻いている。

 不思議な色は白基調だが、赤みがかった光や青みがかった光もある。


 ……、言葉で表すとするならば、宇宙望遠鏡で数万光年先の銀河を見たような色、か?

 天文学の本に掲載されている写真はこんな感じだったような気がする。


 つまり、渦巻く黒色に、色とりどりの星のような粒が滞留している。

 例えるなら、宇宙が宝石の中で閉じ込められているようだ。


 そして、一番不可解なのが、それらの光はなぜか宝石の中で動いていたこと。


 どこか不思議な感覚を感じるし、ただの宝石ではないことは明らかだ。


 と、思考を戻す。

 まとめると、この宝玉を守りながら宝具を探すということか?


「この宝石はどう言う道具? 守らないといけないってことは、貴重品なんでしょ?」


 俺が率直に問うと、彼女は頭を捻りながら言う。


「えーっと、師匠がなーんか言ってた気がするんだけど……、忘れちゃったんだよね」


「それって忘れていいの?」


「多分ダメだけど、忘れたものは仕方ない」


 また、彼女はどこか嘘くさく見える。

 まるで、俺に詳細を言いたがっていないような様子。

 気になる……が、疑うのも時間の無駄だろう。


「ちなみに、奪われることがあるってことは、他の魔法使いが持っている宝具を奪ってもよいのか?」


 俺が率直に尋ねると、フィナはすぐに答える。


「そんなことができればしても良いけど、私は落ちこぼれだし、魔法も自由に使えないからできないよ」


「ということは、やっぱり他の魔法使いは意図してその宝玉を狙う可能性があるということか」


 俺がそう言うと、フィナはぶるっと身体を震わせる。

 フィナは分かりやすいな、と思いつつ俺はこれ以上何も尋ねないことにした。

 俺に情報を開示する気がないなら、何を問い詰めても無駄だ。


「少なくとも、その宝玉が飾りでないことはわかった」


「ま、まあ! 二人で協力すればなんとかなる! そんな気がする」


「楽天的なことは良いことだ」


 俺は皮肉を込めてそう言った。

 しかし、彼女はにっこりと笑って返事をする。


「でしょ?」


 魔法使いが命を狙われる職業であることを踏まえれば、きっと彼女はこの職業に世界一向いていないだろう。

 魔法が一種類しか使えないことより、この性格の方が大きな問題だ。

 ……、腹落ちしないが、学校に行く準備をするか。



 俺はフィナに食パンを与えた後、コンタクトレンズを着けてから、ワックスで髪の毛をセットした。


 昨日、フィナから「こっちの世界の男の人は髪の毛が短いね」と言われたが、いわゆる普通の耳が出る程度のショートカットだ。俺は一般的で普通の日本人なので、黒髪だし瞳の色も黒い。


 透き通る水のようなフィナの髪の毛や瞳の色とは違う。


 鏡の前で自分の顔を見る。

 俺は少なくとも、平均点程度の人間ではありたいと思っているから、清潔感だけは意識をしていた。


「行ってきます」


 高校の制服であるブラザーを羽織って、フィナにそう言いながら玄関を出る。

 久しぶりに、行ってきますと言った気がする。


 マンションの廊下に出ると、春の朝日は空高く持ち上がり、機嫌が良さそうな空が見えた。

 が、俺はすぐに頭を下げて、俯き加減で歩き出す。


 フィナには自室で大人しくしておくよう、五、六回言い聞かせた。

 流石の彼女も、魔女狩りに怯えて外に出ないだろう。

 師匠に魔法を奪われる、手痛い指導も受けているからな。


 俺が家を出る直前、彼女が不安で押しつぶされそうな顔をしていたことだけが、気がかりだ。

 まあ、魔法使いは基本、お互いどこにいるかは分からないらしいから、問題ないだろう。


 昨晩は忙しくて弁当を用意できなかったから、途中、コンビニで弁当を買った。

 それ以外は全くいつも通り、地面のアスファルトを眺めながら歩いていると、あっという間に学校へ着く。


 靴箱を覗き込むと、俺はため息がこぼれた。

 俺の靴箱の中身には、コンビニで買った菓子パンの空袋や、ジュースが飲み切られて空になった紙パックなど、ゴミが詰め込まれていたからだ。


次回の投稿予定日は6月7日(土)です。


※2025/7/18 前書きを修正しました。

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