49話 倒れていた魔法使い
序章の3週間後。
4月末ごろのゴールデンウィーク直前より、第1章開始です。
ふと、空を見た。
今日はもう黄昏時。空の色は青から濃い青色へのグラデーションが神秘的に見える。
空を見た理由は、あの日、あの時、フィナが落ちてきた場所だからだ。
今日は四月の最終週、夜、学校からの帰り道。
夏至が近づいているからか、19時を回っていても、まだ暗くなりきっておらず、黄昏時よりやや明るい程度の時刻だ。
スマホの通知音が鳴る。
立ち止まって確認すると、同級生からのメッセージが届いたようだった。
内容は……、澪奈と科学部で何を話したのかという尋ねの内容。
いつでも他人と繋がれることは一長一短だ。
周囲から得られる学びが増えた分、正直かなりめんどくさい。
返事を考えるのも手間なので、何も考えず適当に返事をしてから、すぐに歩き始める。
まあ、嘘を言っても誰にもバレまい。
歩いていると、なんとなく思い出す。
あの時もこんなふうに見ていたら、フィナが空から叫びながら落ちてきたな。
スーパーで2人分の食材を買った俺は、両手に学生鞄とビニール袋を持っていた。
って、ん?
目を逸らし、前方をじっと見ると、誰かが道端で寝ているような気がする。
黒いワンピースを着た人が、道を行く誰にも見向きもされず、地面に伏せって倒れている。
俺はその服装を踏まえ、直感的に、その倒れている人が魔法使いではないかと思い、急いで走り出す。
急いだ理由は好奇心だ。
ここ3週間、フィナ以外の魔法使いと遭遇できていない。
20メートルほど走り、その場に到着する。
俺は荷物を両手に、息を切らしながらそこで倒れていた人物を見て、驚いた。
俺はしばらく彼女の顔を見て、膝をついて屈み、呼吸を確認してから呟いた。
「さすがに、助けるか」
そこに倒れていたのは、げっそりと痩せて、かつ眠り姫のように寝ているクロエだった。
・
その日の朝に遡る。
フィナと出会ってから3週間が過ぎた。
彼女との劇的な出会い、そしてマリアと戦った3日間。
あの鮮烈な体験が嘘のように平凡な日々に戻っていた。
3週間前に戦ったマリアは、すでにこの世界で4年間生き延びており、さらに宝具を29個も集めていた強敵だった。
さらに、ただ強いだけではなかった。
身に着けていた宝具も徹底的にフィナの魔法を対策したもの。
まず、当時マリアが着ていた水神のセーラー服は、水を受けても逆に戦闘力を上げる。
さらに、履いていた潔癖のプリーツスカートは、衣服に水飛沫がつかない上に濡れなくなる装具。
いま思えば、最初から最後までピンピンとしているように見えたのは、この2つの服が理由だろう。
おまけにマリアは魔力開放<オーバードライブ>という必殺技で、普通の魔法は無効化されてしまう。
勝てた理由は、マリアが油断し、フィナの魔法を舐めていたからだ。
全てが噛み合って激流砲を放ち、逆転勝利を挙げた。
考えれば考えるほど、マリアに勝てたのはほぼ奇跡に近い。
そもそも、フィナが水魔法で火炎魔法との相性が良かったこともあるか……。
また、その戦いではフィナの親友であるクロエの活躍もあった。
一度、マリアに完全に拘束され、絶体絶命だったフィナを、彼女が命がけで解放した。
あの時、クロエがいなければ、フィナと俺はあの時点で負けて、死んでいただろう。
まさに激動の3日間。
あれから3週間、他の魔法使いとの遭遇もなく、フィナがいること以外は平凡な日々に戻っていた。
「オーバードライブ、水魔法、湧水の羽衣! オーバードライブ、水魔法、湧水の羽衣!」
どこからか、叫び声が聞こえる。
毎朝、俺が起きると、フィナは1日も欠かさず、ずーっと魔法の修行をしている。
内訳は全て体力的なトレーニングと変なトレーニング。
座学をしているところは未だに見たことがない。
どうやら今日の修行場所はシャワールームらしい。
シャワールームの扉はすりガラスで、中がうっすらと見える。
彼女はセーラー服を着ているようだ。
そして、シャワーの音が聞こえる。
また、謎トレーニングで水道代の無駄遣いをしているのではないかという、嫌な予感。
「おはよう」
俺がシャワールームの扉を開けると、彼女は想定通りセーラー服を着ていたが、何故かシャワーを出しっぱなしにして、その水に撃たれ続けながら、両手にダンベルを持っていた。
「ぎゃーーーー! びっくりした! いきなり開けないでよ!」
フィナはすぐに扉を閉めるが、俺の両目に彼女の姿は焼きついていた。
シャワーに打たれながら、狭いシャワールームの中で立ったまま、両手でダンベルを上げ下げして、魔法用語を連呼するセーラー服姿のフィナ。
「何してるんだ」
俺が率直にそう尋ねると、フィナは扉を閉めたまま言う。
「何しててもいいでしょ!」
「何してるんだ」
無視して再度尋ねても、フィナは答えない。
シャワーが風呂場の地面を叩く音だけが響く。
が、数秒後、フィナは観念したように言う。
「トレーニング」
「いや、それは本当にトレーニングなのか」
「トレーニング! オーバードライブを叫ぶ修行と湧水の羽衣を感じるトレ!」
オーバードライブを叫ぶ修行はこの間、解説をしてもらった。
フィナはあのマリアとの戦い以降、オーバードライブを一度も使えていない。
フィナはその事実にかなりショックを受け、このように毎日オーバードライブと叫び続けている。
正直どうかと思うが、今日はさらに新しいトレーニングが増えている。
湧水の羽衣を感じるトレーニングと言われたが、意味がわからない。
「てか、水道代の無駄だからシャワーはやめてくれ」
「大丈夫。しばらく洗い物と洗濯は私が激流砲でするから」
花の水やりから洗い物、洗濯まで、激流砲は戦闘ではなく日常での汎用性が高い。
俺の大好きな魔法だ。
「いや、激流砲洗い物と洗濯は当然として、そんなトレーニングまがいの行為に大切な水を使わないでくれ」
そう言うと、フィナはシャワールームの扉を勢いよく開けてから叫ぶ。
「トレーニングまがい!? これはちゃんとしたトレーニング! 私は今、魔法の感覚を感じてるの! しかも、3つのトレーニングを一気にやって効率的じゃん!
「すまん、言ってることが本当に分からん」
「まったく。ダンベルは筋トレ! シャワーを浴びているのが湧水の羽衣感じるトレ! 叫んでいるのがオーバードライブを呼び覚ますトレ!」
解説してくれと頼んだわけではないのだが……。
「オーバードライブはやっぱり闇雲に叫び続けるんじゃなくて、発動条件を考えた方がいいんじゃないか? それに、湧水の羽衣を感じるトレって……、何を目的としたトレーニングなんだ」
「言葉からトレーニングの目的くらい分かるでしょ!」
いやいや、感じるトレなんてわからないから……。
って、もしかして。
過去に巻き込まれた水流衝撃波を感じるトレの経験を踏まえ、俺はフィナに尋ねた。
「湧水の羽衣は持っているものに水を纏わせる魔法だから、水を纏っている気持ちになる? みたいな感じか?」
「そうそう! はあ、ようやくハルに伝わった」
やれやれ、といわんばかりの声音。なんでこいつ、こんな上から目線なんだ。
「って言うか、その目的なら、裸のほうが良くないか? なんとなく……」
俺が思いついたことをそのまま言うと、その言葉を聞いたフィナはポカンとして固まった。
新章開始記念として、今日は複数話投稿いたします!
次は15時ごろ投稿予定です。




