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やがて君を魔女にする  〜異能ゼロの俺と落ちこぼれ魔法使いの現代異能成長譚〜  作者: 蒼久保 龍
序章3部 夢を賭けた一戦、廃工場の死闘

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43/60

43話 誰よりもまっすぐに

【前エピソードのあらすじ】

マリアとの激闘を終えるも、魔女狩りの新手が現れ、敵に囲まれる。

そんなとき、魔女狩りがフィナに発砲。

それを庇った俺の視界が、暗転した。


 暗い。


 俺は……、先の見えない、真っ暗な世界を見ていた。


 静かで、暗くて、変化がない世界。


 何故生きているのか、どうして息を吸って、食事をして、排泄をして、寝ているのかが全く分からなかった。


 ただ、新しい知識を得たいという欲求に従って本を読み、勉強をする。

 他にも、いろんなスポーツを体験したり、バイトの金で旅行に行ったりもした。


 だが、何故か俺は満たされなかった。

 その理由が、ずっと分からなかった。


 起きて、起きて。


 そんな声が聞こえる気がする。

 しかし、俺は両目を開かなかった。


 この暗闇の世界にいても、きっと今の生活と変わらない。


 家で本を読み、学校ではいじめられる生活。


 会話する相手がほとんどいない生活。


 親には見放され、家でもずっと、1人の生活。


 それならまだ、目を瞑っていたい。


 と、思った矢先。


 俺は顔に大きな衝撃を感じた。

 と、ともにひんやりとした感覚。


 ん、呼吸が、できない?



「はっ!?」


 俺が飛び起きると、そこは俺の家の中だった。

 そして、俺のことを上から覗き込んでいるのはフィナ。


「よ、良かった、目が覚めた……」


 フィナは部屋のフローリングに寝転がっていた俺の上に立ち、なぜか俺の家に無いはずのバケツを左手に持っていた。


 そして、すぐに違和感を覚える。

 俺の顔や上の服、そして周囲のフローリングが濡れている。


「フィナ、なんで俺は濡れているんだ」


「だって! 何回ゆすっても起きなかったから、水をかけるしかないかなって」


 それでバケツに入れた水道水を俺にぶっかけたのか。

 とんでもない発想だ。おかげで室内はびしょびしょ。


「痛たた。とりあえず、タオルを取ってきて――」


 俺は体を起こして座りながらそう言おうとした。


 が、そこで俺は言葉を失った。



 何故なら、フィナが俺を抱きしめたからだ。



 ふわりと、女性の髪の香りが鼻をくすぐった。

 柔らかな身体の感触が、全身を包んだ。


 何よりも、暖かかった。


「良かった、生きていて」


 子どもの頃以来、長らく感じていなかった、人に抱きしめられる感覚。


 背中に手が周り、身体全身が包まれ、守られるような、どこか安心するような感覚。


 俺はその時分かった。


 魔法使いは、少し不思議な力が使えるだけの人間なのだろう。

 でなければ、どうしてこんなにも、フィナの心臓の拍動が俺を安心させるのだろうか。


「大袈裟だな」


 俺がそう言うと、フィナは抱きしめながら言う。


「大袈裟じゃ、ないよ」


 いつもは大きな声のフィナが、今は小さな涙声でそう言った。

 フィナが何故泣いているのか。

 それは、おそらく、俺のことが心配だったからか。


 彼女の水色の髪が、僕の頬に当たる。

 俺は泣いているフィナには何も言わなかった。


 濡れている俺の首筋に、彼女の涙らしき、暖かい水滴が落ちた。

 そして、鼻を啜る音、嗚咽を繰り返す声。


 それらは全て、俺が忘れかけていた他人の温かさ。

 しばらく、俺は待とう。

 ただ待っていれば良い。


 そう思った俺は、何も動かず、ただ待った。


 俺からフィナの華奢な身体を抱きしめることはしなかった。


 しかし、何故かその時、俺の目頭が熱くなる。


 理由はわからないが、動悸が上がる。


 そんな感覚を抑えて、堪えて、俺はフィナを待った。


「ハル。私、マリアに勝ったよ」


 俺は涙を堪えているから何も言えなかった。


 一方、フィナはゆっくりと俺の身体から離れる。


 俺は顔を見られないよう、俯いた。


「あの後、三門生のツバキさんって方が来て助けてくれた。私もクロエも、マリアも無事だったよ」


 俺は涙を堪えながら、なんとか呟く。


「良かった」


 フィナは膝をついたまま、小さな声で言う。


「私に関する嘘の噂も、ツバキ先輩が奪ったお師匠様の宝具のレプリカで訂正してくれた。ツバキ先輩はマリアを連れて、お師匠様へ報告をしに行ってくれた」


 俺は深呼吸をした。

 そして、目を瞑り、感情を殺してから顔を上げ、フィナに答える。


「マリア、修行はリタイアになるのかもな」


「それはわからない、お師匠様は優しいから」


 フィナはそう言うと、涙目のまま俺の顔を見て言う。


「出会ってまだ4日なのに、ハルには恩返ししきれないね」


「4日? ちなみに、今何時だ?」


「朝の7時。ほとんど丸一日も寝ていたんだよ?」


 確かに、そんなに寝ていたら心配になるかもしれない。

 とその時、俺は現実を思い出す。


「いや、起こしてくれてありがとう。早く学校に行かないと」


 慌ててそう言うと、フィナは横から心配そうに言う。


「怪我は大丈夫?」


「ああ、適当に誤魔化す……、ってて」


 無理やり立ちあがろうとした俺がそう言うと、フィナは俺の顔を覗き込んで言う。


「本当に大丈夫?」


「大丈夫だから」


 俺が即答すると、彼女は困ったような表情になる。

 思わず意地悪をしたくなるほど、本気で俺のことを心配している様子。


 嘘をついて困らせてやりたくもなるが、今、そんなことをするのは野暮だろう。


 俺は無理して笑顔を作り、シャワーに入るため着替えを用意しながら、フィナの方を振り返り、安心させるよう言った。


「とりあえず、未来の魔女からフィナが狙われる事件は。これで一件落着?」


 すると、フィナは一瞬きょとんとした後、すぐに満面の笑みで言う。


「うん! 魔女になるまで、これからもよろしくね! 相棒!」


 フィナはサッと俺の目の前に立ち、改まったようにまっすぐこちらを見て、ぎゅっと拳を握りしめて言う。


「昨日、言ってた言葉」


「ん?」


 俺が何の言葉かわからないと言った様子でフィナを見ると、フィナは真剣な目で言う。


「私、もう自分のことを落ちこぼれって言わない」


 フィナは出会った時とは全く違う様子で俺に言った。


 俺はフィナが魔女になると思う。

 少なくとも、マリアと一回目に戦った時から、俺はそう思っていた。

 根拠はある。


「フィナには誰にも負けない武器があるから、魔女になれると思う」


 俺がそう言うと、フィナは思いの外食いついて聞いてくる。


「え!? 何!? 私の武器!」


「いや、それは教えない」


「え――! なんで!?」


「フィナは褒めたら、調子に乗りそうだし」


「ぐっ、何故それを」


 フィナはそう言って引き下がると思いきや、何度も武器が何かと聞いてくる。


 が、俺は早く準備をしなければ、学校に間に合わない。


「あ、わかった! さっき使えるようになったオーバードライブ!?」


「いや違う。って、腹が減ってるだろ?」


「お腹は空いたけど、話を逸らさないで!」


「一旦、このパンを食べていてくれ。そうだな……、今日の夜はフィナの宝具5個目を記念して、夜はどっか飯でも食いに行くか」


 夜ご飯を作るのも疲れるし。

 そう思いながら、俺はシャワーに向かって歩きながら言う。

 と、フィナはやや心配そうに俺の左膝を見ながら言う。


「昨日言ってたコンビニに行くってこと?」


「いや、今日はおめでたいから、寿司を食べよう」


「すし?」


「あ、回転寿司だから――、って、そんなこと言う必要はないか」


「かいてんずし? 回転?」


 フィナはきょとんとそう言った。


「とにかく! 今日は学校の中に入っちゃダメだぞ! 夜ご飯はとっても美味しいものを食べに行くからな」


 フィナにそう言って目を切り、俺はシャワーに入る。


 シャワーから出た後、次は回転寿司が何かを聞かれ続けたが、俺はなんとか切り抜けた。

 今日は絶対に学校へ来るな。

 それだけを何度も言い聞かせて家を出た。



 朝のチャイムが鳴るギリギリの時間で、俺は登校する。


 通学路も、教室の雰囲気もいつもと同じ、モノクロだったが、すぐに異変を察知した。

 机の上のイタズラが一つもない。


 俺は左膝を庇いながら歩き、何とか椅子を引いて座る。


 今日は病院に行かないと……、昨日無理して走ったことが響いているらしい。

 いつもいじめてくる集団を見ると、今日は別の同級生をターゲットにしていた。

 俺の斜め前の席、メガネをかけて気弱そうな男子生徒。


 彼の机の上が酷いことになっている。


「おうメガネ、今日も昼飯のパン、買ってきてくれよ」


 いつもの金髪男が、その男子生徒の机の前を通り過ぎがてら、そんなことを言った。

 彼の金髪はいつも通りくすんでいるし、彼の態度はいつも通り横柄だ。


 すると、金髪男の取り巻きである大柄な赤色に髪を染めた男も、ちらりとメガネ男の方を見た。

 その直後、その赤髪で大柄な男と俺は目が合ったが、その男は分かりやすく俺から目を逸らした。


 指示を受けた眼鏡をかけた男子生徒は俯いている。


 そんな光景を眺めていたとき、俺の脳裏に彼女の言葉がよぎる。

 

 ――、私は自分の思いを曲げない。


 フィナの言葉を思い出す。

 熱くなれるのも、才能だと思う。


 俺はその才能を持っていない。

 俺はただ素知らぬ顔をして、これから毎日、斜め前の気弱な男子生徒がいじめられる姿を見て見ぬふりをすれば良い。


 所詮他人事。

 自分の違和感や思いを胸に、正義のヒーローの真似事をして、何の意味もない。


 学校という社会で何の影響力も持たない男が、何を言ったって変わらない。

 そんなことは分かっている。

 けど。


 だけど。


「おい金髪」


 俺は席を立ち、クラスの前方で固まって喋っている集団に向かって言った。

 

次回の投稿予定日は10月11日(土)です。

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