40話 天気雨と水の星々
【前エピソードのあらすじ】
水で作られた星座を周囲にまとい、魔法の威力が格段に上がったフィナ。
その魔法で、魔力開放しているマリアの魔法を完全に消火した。
フィナは俺の呟きに反応して言う。
「え!? オーバードライブ……?」
そう言いながら、フィナは水滴で模された星座に囲まれた自分の姿をまじまじと見てから、俺の顔をもう一度見る。
そして、クロエの方も見る。
また、自分の姿を見てから、俺の方を見た。
「私、変じゃない?」
フィナはこの場に似つかわしくないほど不安そうに言う。
「変ではないけど、明らかにその姿はおかしい」
「お、おかしいって……」
なぜかフィナはちょっとショックを受けたような表情になる。
が、そんなことに構っている余裕はない。
「正直、これが魔法使いのオーバードライブ状態なのかどうかは俺にはわからないが、マリアに魔法は当たったな」
「お師匠様は、オーバードライブでならオーバードライブに対抗できるって言っていた。これなら……」
フィナはぎゅっと拳を握りしめた。俺は改めて水流衝撃波を見る。
やはり、いつものあの魔法とは明らかに違う。
フィナのオーバードライブで、目に見えて違いがわかるほど強化された水流衝撃波に、マリアは油断していたから飲まれた。
あの水流の中からは、誰も脱出できまい。
事実、マリアは激流の中に飲まれた後、姿も見えず声も聞こえなくなった。
「フィナ、気を抜くな。あの水流からはさすがに誰も脱出できないはず。ずっとあの水流に閉じ込めるんだ」
俺がそう言うと、クロエの小さな声が響く。
「本当に、フィナが、マリアに勝つ、なんて……」
先ほどから、クロエが倒れている部分は本来、水流衝撃波の球の中のはずなのに、彼女の倒れている部分だけは器用に球が窪んで通った。
「フィナ、水流衝撃波の一部分だけ窪ませることができるのか?」
「いや? ん? なんで?」
「さっき、クロエが倒れているところを避けて通ったように見えたから」
俺がそう言うと、フィナは頭を捻る。
「うーん。わからない。もしかしたらできるのかも」
最初にフィナと魔女狩りを退治したとき、俺は完全に水に飲まれた。
そんな器用なことができるのなら、あの時も俺を避けて欲しかったものだが……。
「もう、大丈夫かな……」
「いいや、念には念を入れ――」
俺がそう言いかけると、水の渦が余計に強くなる。
「お前、何者だ……。マリアは、懸賞金をかけられている、魔法使いだぞ……」
後ろで倒れていた、この魔女狩りの一団の隊長格のおじさんはポツリと呟いた。
先ほど、マリアと取引をしたと言っていた男だ。
「支部長さん。マリアに貸した研究品はどこにある」
俺がマリアから意識を逸らさないよう、警戒しながら尋ねる。
すると、倒れている支部長と呼ばれていたおじさんは黙った。
あくまで押し黙るつもりなのか?
俺は倒れている彼に歩いて近づきながら言う。
「フィナはあなたの仲間をたくさん救っただろ。さっきの状況から全滅していない方がおかしい」
「もとより、魔女狩りは死を恐れない集団だ」
「客観的に見ても、この場はマリアに賭けるより、フィナに賭けた方が良いんじゃないか。マリアが勝つことに賭けたとして、あなたはマリアに殺されるだろう。フィナはあなたの命を奪わない」
俺がそう言うと、支部長は悔しそうに目を逸らす。
俺はなにも言わずに待つ。
すると、思いの外、彼はすぐに観念したよう言った。
「……マリアに渡してある、部下の命を救ってくれた、礼と思え」
「本当か?」
「ああ、嘘をつく意味がないだろう」
俺はやや疑いつつも、フィナの方を見る。
「それなら、マリアから奪うしかないか」
「あの水流に飲まれたなら、流石のマリアでも――」
フィナがそう言いかけた瞬間。
「私が、何だって?」
俺とフィナは声の方を慌てて見る。
「な……、なんで」
クロエもそのように呟いて、唖然としている。
マリアは確かにあの激流に飲み込まれた。
完全に、見えなくなるほどに。
それなのに、何で……。
マリアはあの激流の塊の前に立っていた。
そして、無表情のまま、一度も結んでいない、烈火のように赤い髪を揺らしながら、ゆっくりと歩いてフィナへ近づいてくる。
マリアから上がる炎は、先ほどまでとは桁違い。
天に向かって吼えるように、その炎は高く、高く上がっている。
そして、最も俺が不可解に感じたことは、マリアがあんな激流に巻き込まれたのに、水に全く濡れていなかったこと。
これまでと違い、さっきの魔法はマリアにかき消されていなかった。
いや、マリアがオーバードライブをする前、最初に水流衝撃波に閉じ込めたときもそうだったし、マリアは水に対応するための宝具を身に着けているのだろう。
俺はできる限り動揺を隠して、マリアを睨む。
フィナは魔法を解いたのか、いつもよりも激しい水流衝撃波は消え、再び廃工場の駐車場が恐ろしく静かになる。
「フィナの魔法に飲み込まれただろ。何故濡れていない」
俺がそう問いかけるも、マリアは無表情のまま、フィナを一心に見つめ、ぽつりぽつりと言う。
「落ちこぼれのフィナが……、そんな、ありえない……」
が、フィナも怖気づかず、まっすぐマリアを見て言う。
「マリア、私に関する嘘の噂を解いて。そして、あなたが今、この工場で燃やした全ての人に謝って」
が、マリアは無表情のまま、頭を抱えて言う。
「落ちこぼれのくせに気に入られているんじゃなかったの? 虫ケラのように弱いくせに、吠えているだけじゃなかったの?」
マリアは頭を抱えながら、無表情でポツリと呟いている。
マリアにとっての理想は、強いものこそ語る資格がある世界、なのだろう。
フィナはその理想像に反する魔法使いだった。強くもないのに、未来の魔女に気に入られていたから。
だから、恨み憎しみ、フィナを蹴落そうと躍起になった。
が、フィナがオーバードライブできるとなれば、話は変わる。
フィナがオーバードライブの資格を持つ魔法使いであれば、フィナは少なからず強い魔法使いということになる。
「フィナが強いなんて、絶対に認めない」
マリアは現実から目を背けるような、フィナのオーバードライブを認めないような言葉を、無表情のまま言った。
「フィナ、1番!」
俺がフィナに言うと、フィナは万華鏡の杖を構え、マリアをじっと見る。
何故、さっきの魔法が効かなかったか、それを知りたい。
一方、俺がフィナに指示をしても、マリアは動かなかった。
ただ、無表情でこちらを見ているだけ。
その様子は、非常に不気味だ。
「フィナの魔法で戦いに使える魔法は、水流衝撃波と湧水の羽衣」
マリアはそう言うと、目を瞑った。
どうしてこちらに仕掛けてこない……。
不可解な行動だが、今のフィナは確実にマリアに勝てる。
「水魔法、水流衝撃波!」
フィナが結界を描きながらそのように宣言すると、マリアの姿は水の塊の中に押し込められ、またも激流に飲まれた。
やはり、マリアのオーバードライブでかき消されているわけじゃない。
完全に水の塊にマリアは飲まれたのだが……。
「え……」
俺には予想できていたが、フィナは口をぽかんと開けたまま、ポツリと呟いた。
太陽が照らす中、激しく唸る水の塊の中で、マリアは突っ立っていた。
それは鮮烈な光景。
激流の中心から強烈にこちらを睨むマリアは、その水の激流の中から、歩いて出てきたのだ。
次回の投稿予定日は10/4(土)です。




