38話 弱いものが夢を語るか 前編
【前エピソードのあらすじ】
クロエは魔力解放中のマリアに対し、遠距離から時間を稼ごうと動く。それに対して、周囲の全員を焼き尽くす魔法を使った。
フィナの水魔法では止まらない魔法を止めるため、クロエは上空からマリアに襲い掛かる。
炎を波越しに、地に立つマリアとそれに向かって天空から急降下するクロエ。
よく見ると、クロエの髪型が変わっている。
彼女は髪の毛の後ろで編み込んでおり、両サイドの髪の毛と中央の長い髪が一つの三つ編みポニーテールにされ、それをくるくると巻いてピンでとめ、大きな団子にしていた。
「火炎魔法、業火砲風!」
マリアは容赦なく、先ほどのレーザービームをクロエに向かって放つ。
当たれば身体ごと焼失する、そんな状況で、クロエは一言。
「エルロンロール」
そう呟くと、クロエの身体は急降下しながら一回転し、細いレーザービームを華麗にかわした。
マリアは、レーザービームを放ったことで、すでに発生していた魔法が解除され、炎の壁が消える。
「す、すごい……」
その光景を俺の目の前で見たフィナは、ポツリと呟いた。
「至近距離なら、当たるでしょ」
クロエはそう言うと、マリアの至近距離まで降下したところで、どこからともなく取り出した無数の小さな銀の針を周囲にばら撒いて、それを撫でるように触っていく。
「飛行投石魔法、ダイビングアタック」
クロエが触れた針は全て、マリアに向けて一直線に飛んでいく。
そして、まるで急降下爆撃機のように、クロエは弧を描いて上空へ逃げていく。
いわゆる、一撃離脱だ。
あの至近距離で針の雨が降れば、流石のマリアも少しはダメージが入るだろうか。
が、そこでマリアは予想外の行動に出た。
「がああああああ!」
マリアは己を鼓舞するような様子で、両手に力を込めて叫び始めた。
すると、身体から上がる炎がさらに燃え盛り、クロエが降らせた針の先が溶けていく。
鉄を溶かすほどの火炎。
そんな火炎を受けた針は、先端が燃えていた。
燃えた針は、マリアに当たっても意味がないようで、ぽろぽろと地面に落ちる。
が、かなり至近距離から針が投じられたため、それでもまだ何本か解けていない針先は残っていた。
その針のいくつかがマリアの頬を掠める。
マリアの右頬に切り傷が1つ、2つと入った。
フィナでは手も足も出なかったマリアに対し、傷をつけたのだ。
と、同時に俺は気づく。
オーバードライブによって生じる魔法無効化は、通常の物体には効果がないということ。
今までの情報で、完全に無敵になると思っていたが、オーバードライブも無敵ではなさそうだ。
それが分かっただけで、戦略は立てられる。
と、針の雨が降る中、ふと、思い出す。
さっき感じた違和感も、同じ話だ。
クロエがマリアに向けて軽自動車を飛ばした時、マリアは軽自動車を身体から立ち上がる炎で振り払わず、回避した。
さっき、あの炎でフィナを掴んだからミスリードされていたが、普通、炎は物体を掴むことなどできない。
おそらく、マリアの身体から上がる炎にも、物体を防ぐ効果はない。
そんな思考をしている最中、降下時に増大したエネルギーを利用し、高速で上空に再上昇するクロエに向かって、マリアはジャンプをした。
人間が踏み込んで上に跳ねる動作と、全く同じ動作。
が、その跳躍力は、桁違いだった。
俺は思わず唖然とした。
クロエの飛行魔法はそんなに遅くないはずなのに、ジャンプしただけで再上昇するクロエの足を掴んだのだ。
例えるなら、クロエの速度は飛ぶ鳥の速度は超えているはずなのに、マリアはジャンプするだけでそのクロエに追いついた。
「な……!? しまっ!?」
クロエの表情が、完全に焦りの表情に変わる。
「邪魔」
マリアはそう言うと、クロエの足を右手で掴んだまま地面に降りる。
「クロエちゃん!」
フィナがそう叫ぶも束の間、着地したマリアは思いきり地面に叩きつけるように投げた。
体容易に地面に叩きつけられたクロエを、マリアは思い切り正面から蹴り飛ばす。
クロエは3、4メートル吹き飛んで、鳩尾を押さえて倒れた。
「確か、最弱世代で一番総合力が高いんだっけ? はぁ、期待外れだわ。幻影を使った小細工ばっかり」
マリアはそう言うと、フィナを見る。
「クロエは燃やそうと思えばいつでも燃やせるし、まずはフィナを殺す」
俺の前に立つフィナの足が震えている。
が、マリアはすぐに思い直したように言う。
「ん。違うか。この件をもみ消すためには……、この場にいる全員を殺さないといけないから、同時に殺すか」
マリアが言った通り、企みを成功させるには、全員を消す必要がある。
一人でも生き残れば、マリアは魔女狩りに手を貸し、同門を殺そうとした謀反者として、どこから未来の魔女に知れるかわからない。
クロエが稼いだ時間は1、2分か。
まだ、マリアは息も上がっていない。
「全員を殺すって……、しかも、そんな理由で……」
横に立っているフィナが叫ぶ。
すると、マリアは怖いほど冷静な表情で言う。
「だって、全員殺さないと、私が魔女狩り組織を悪用して、同門の雑魚を消そうとした謀反者になるじゃない」
「あなたの狙いは私でしょ! 私1人を狙うのが筋じゃないの?」
フィナが必死な声音でそう言うと、マリアは冷たい声で言う。
「いや違う。あなたのせいで全員が死ぬのよ」
横に立つフィナの表情が、ハッとして固まる。
と、そこに追い打ちをかけるよう、マリアは言う。
「あなたが、無能で落ちこぼれのくせに、私に盾を付くから、関係のない犠牲者まで出る。初めから、魔女になるなんて諦めて、あっちの世界で大人しくしていれば、こんなことにはならなかった」
マリアは淡々と言う。
「落ちこぼれのくせに、お師匠様に気に入られただけで、修行に来るから、関係の無い人の血が流れた」
フィナは隣で俯く。
「雑魚のくせに、私に勝負を挑むから、こうなった」
フィナは足が震え始めた。
「昨日の時点で、私に従って修行を諦めていればよかった」
フィナは両手をぎゅっと握りしめる。
「どうしてこうなっているか、どうしてここにいる全員が殺されるか、わかる?」
フィナを睨むマリアは、淡々と続けて言った。
「あなたが、弱くて落ちこぼれでどうしようもないクズのくせに、魔女になりたい、修行に出たい、強くなりたい、みんなを救いたい――、何にもできないくせに夢を語るから」
フィナは俯いた状態で黙った。
彼女のポニーテールも、力なく垂れている。
夢……、いや、夢と言うのも大げさで、目標と言うべきか。
目標とは全て無責任なものだ。
目指すだけで、誰かを傷つけることもある。
目指す過程で、誰かを傷つけることもある。
名前を忘れた日から、俺は父親や母親にもう一度愛してもらうよう頑張った。
中学時代、学校でもなんとか馴染めるように振る舞った。
これまで通りの生活をしたいと目標を持って、頑張った。
けど、それが全然うまくいかなくて、いつのまにかうっとうしくなって、めんどくさくなって……、いつの間にか逃げ出したくなって……、俺は夢や目標を全て捨てて、いじめられて生活をしている。
いや、目標なんて言葉すら大袈裟だ。
俺は、学校や親に対して、自分が思ったことを声にすることすらしていない。
思ったことを声に上げたって何も変わらないかもしれないし、かえって誰かに疎まれたり、嫌われたり、傷つけたりする可能性がある。
「雑魚のくせに、夢を語るからこうなるのよ」
マリアはそう言うと、左手の人差し指を立てる。
そうだ。
何もせずに、波風を立てずに過ごすのが一番。
「恵まれた才能で環境を味方につけた、強いものだけが夢を語る権利がある。弱いものは弱者同士巻き込みあって死ね!」
そのマリアの言葉はフィナに放たれたがーー、まるで俺自身に対して放たれたような気がした。
マリアはさっきの炎の壁の魔法でも使うのか?
本気で全員殺す気だろう、目が座っている。
そこからどうなるかなんて、考えちゃいない。
フィナを勝たせるには……。
最後の手段に賭けるか。
俺は無意識で、ポケットに手を突っ込んだ。
石の感触。
天体儀の宝玉……。
これを頼らないといけない。
フィナに渡すなら、今だ。
「また私の、せいで……、フィナ、あなただけでも、逃げて……」
苦しそうなクロエの声が響く。
クロエはフィナだけでも逃がそうとしているらしい。
すると、マリアは思いついたように言う。
「ふふ。そうだ、フィナ。後一回だけチャンスをやる。今から修行を諦め、私に連行されてお師匠様の元へ戻るなら、ここの全員を見逃してやっても良い」
こんな条件は罠だろうが、今のフィナは、おそらく絶望しているだろう。
まだ、俺を信じて――、いや、自分自身を信じているだろうか。
「フィナ。条件を飲むなら、あの言葉を言え。私、フィナは落ちこぼれで、魔女になれません。魔女になることは諦めます。って」
そんな、マリアの声が冷徹に響いた。
次回の投稿予定日は9/28(日)です。
※前エピソードの後書きのとおり、今週と来週は週3日(水曜、土曜、日曜)投稿となります。




