35話 対 火炎の魔法使い、再戦
【前エピソードのあらすじ】
魔女狩りを殺そうとするマリアに対し、魔女狩り集団の支部長は「フィナを捕えろ」という情報を流すために使われた宝具「空越の便箋」のレプリカを借したと言った。
「あーあー、なーんで、言っちゃうかな。このゴミが。はあ、もうこいつら全員殺すか。火炎魔法――」
気が早いようで、マリアは俺の後ろの支部長を見ながら、指で何かを描きつつ詠唱を始める。
が、俺も反応してフィナに言う。
「フィナ、2番」
「――、業火砲風」
マリアが宣言した直後、フィナも魔法を宣言する。
「水魔法、激流砲!」
マリアが出現させた炎の鞭がおじさんに命中した直後、フィナの手から発生した水が、まるで少し太いホースから水を出したように空中に射出され、弧を描いておじさんの頭から降り注いだ。
まるで、少し太いスプリンクラーのように、水は重力に負けていたが、フィナの自慢のコントロールは確かなようで、着火したおじさんの身体の着火点にその水はきっちり命中した。
なるほど、これを真横に放てば、確かにフィナは太い蛇口だ。
が、そんな蛇口魔法に炎を消されたマリアはギロリとフィナを睨む。
「そんな、ションベン魔法に使い道があったなんてね」
「シ、ションベン……、って」
あぁ、フィナの魔法にまた不名誉なあだ名がついてしまった。
フィナの顔は見えないが、内心、ひどくショックを受けているに違いない。
と、そんなことを思うや否や、おじさんが言う。
「マリア。取引を破るなら、我々が貸した研究品、宝具のレプリカの便箋を返してくれ」
おじさんがそう言った瞬間、フィナはポツリと呟く。
「便箋って、もしかして、空越の便箋のこと? お師匠さまが持っている……」
事実が明らかになってきた。
マリアはこの魔女狩り組織と取引をして、手紙を出せる宝具を入手した。
そして、何の目的があってかは分からないが、それを行使してフィナに関する嘘の噂を流した。
「……、あー、めんどくさ」
「じゃあ、マリアが嘘の手紙を――」
フィナが呟くように言う。
と、ほぼ同時に俺も言う。
「自作自演ってわけか。ちなみに、魔女狩りと協力するなんて、魔法使い的にありなのか?」
マリアは無表情のまま言う。
「ありでもなしでも、全員殺せば何も無かったことになるでしょう?」
「全員、殺す……?」
フィナはそう言って、呆然とする。
ただ、なぜこんなことをしたのかだけは聞いておきたい。
そう思って俺が口を開こうとした。
が、その前にフィナが尋ねた。
「どうして、そんなことをしたの」
今、この場で意識があるのは、おそらく俺とフィナ、そしてマリアと、支部長のおじさん、そして、倒れたふりをしている何人かの魔女狩り。
つまり、マリアとフィナと支部長が黙ると、一気に沈黙が訪れる。
なかなか、マリアはフィナの問いに答えない。
重たい空気が流れる。
そして、数秒が経過した後。
マリアは無表情から突如、表情を歪ませ、呟くように言う。
「鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい! このクソ雑魚魔法使いがどうして修行を許されているのよ! このゴミ! ゴミが修行に出やがって!」
その顔と言葉に圧倒され、後ずさりをするフィナ。
「お前みたいな奴がいると師匠や同門の魔法使いの格が落ちるのよ! お師匠様のお気に入りだからって! 勝手に脱走したことも許されて、修行に出ることも認められて!」
フィナは俺の視界の端で黙る。
と、そんなフィナに向けて、マリアは捲し立てるように言う。
「ゴミが修行に出ないよう、きっちり教育したつもりだったけど、教育が足りなかったようだから」
俺はそこまで聞いて納得し、マリアに尋ねた。
「嘘の手紙を出すなんてことをしたのは、マリアが直接叩き潰すためか」
同門の魔法使いを攻撃することが禁止されているなら、それなりの理由がいる。
「その通り、私が直接叩き潰し、二度と修行に出られないよう人格からめちゃくちゃに壊して、フィナを元の世界に送り返す。あなたが期待したフィナは、残念ながらリタイアですって、お師匠さまに具申する」
元々マリアが考えていたシナリオは、魔女狩りが出した手紙で騙されたマリアがフィナを叩き潰して、フィナがその際にメンタルを壊しリタイアすること。
フィナは呟くように尋ねる。
「そこまで私が、嫌いなの」
「そう。大っ嫌い。大した実力がないくせに、実力者に気に入られただけで、私と同じ土俵に立っている。あなたみたいな分不相応なゴミ、見ているだけで吐き気がするほど嫌いなの」
マリアはそう言うと、フィナは心なしか、少し悲しげな顔になった。
「ここで皆殺しにすれば、誤算はあったが筋書きから大きく外れてはいない。フィナが抵抗したから殺してしまった。ついでに絡んできた魔女狩りも、止めたのに突っ込んできたから全員事故で死んだ」
「それは流石に無理があると思うが」
俺がそうツッコミを入れるが聞いちゃいない様子。
だから、顔を歪ませたマリアが次の言葉を言う前に、俺の横に立つフィナへ言う。
「わかりやすくなったな。マリアに勝てば一件落着」
「簡単に言わないでよ」
フィナが即答するとほぼ同時に、マリアが言う。
「そこのゴミが私に勝てるなんて、ありえない。オーバードライブを使わない私に99連敗して、最後にオーバードライブをした私に1敗。合計100連敗」
俺の前に出たフィナは、ぎゅっと杖を握りしめる。
が、足は震えていた。
さすがに、一朝一夕で拭えるトラウマではないか。
「ほら、足が震えちゃって」
そんなふうに言うマリアへ、俺は怒らせるように意図して言う。
「100回勝ったからって、調子に乗るなよ。今のフィナは、違う」
マリアは俺の方を睨む。
「凡夫は魔法使いの戦いに関わるな。目障りだから」
ので、俺は挑発の言葉を続ける。
「今怒っただろ? それは調子に乗ってるってこった。フィナ、1番」
マリアも呼応し動き始めた。
マリアは指で結界を描か必要がないのか、ただ宣言だけをする。
「火炎魔法――」
続いて、フィナは俺の言葉に反応する。
「水魔法――」
二人が同時に詠唱、描画を始めた。
「熱波火達磨!」
「水流衝撃波!」
目の前に大きな水塊ができ、それにマリアが飲み込まれたと思いきや、マリアは軽々と水の中で三ステップ、その水の塊から脱出し、手にできた炎をこちらに振りかざしてくる。
あの水の塊は相当の水流があるはず。
なのに、なんでそんな身のこなしが軽いんだ?
いや、まるで水の中なのに、地面があるような動き……。
マリアの宝具の中に、水に強い宝具でもあるのか?
「フィナ、3番! 杖で受けられるか?」
「水魔法――」
フィナが次の魔法を唱えようとすると、使っていた水の塊が消える。
「死ね! フィナ!」
「湧水の羽衣!」
フィナの杖に水が籠れば、マリアの拳を受けられる。
成功確率は50%、受けられなければ、万華鏡の杖は消失する。
ガンッ!
俺の眼前で、フィナはマリアの拳の炎をきちんと杖で受けていた。
表面に水の膜が張っていて、その水は炎に絶え間なく熱されている、が、万華鏡の杖は燃えなかった。
そして、今、万華鏡には水が張り付いている状態。どんな挙動になるか分からないが、俺の直観にかけるしかない。
「フィナ、万華鏡の杖、四角錐! 小さめのサイズで1番!」
マリアは万華鏡の杖を警戒したから、バックステップを踏んだ。
万華鏡は四角錐、三角錐などの形で作成すれば、乱反射した目の前の模様は丸く見える。
鏡に角度がつくことで、無限広がる模様は有限に収斂される。
そして、収斂された鏡像は、中心に向かって曲がるように、丸く見えるのだ。
「四角錐! 水魔法、水流衝撃波!」
フィナがそう発生した瞬間、フィナの前方に高速仕様の小さな水の塊が大量に発生する。
その水塊は、目の前のマリアを中心に、まるで結界のようにマリアの上、右、左、下、そして前方にかけ、円形に発生した。
退路は後方にしかない。
逆に言えば、後方には水の塊が存在しない。
「ちっ」
「マリアは後ろステップ、そこにさっきと同じやつ!」
マリアはそう言って、もう一度後ろへバックステップを踏む。
しかし、その動きは読める。攻撃が来ない唯一の場所だからだ。
「四角錐! 水魔法、水流衝撃波!」
フィナと万華鏡の杖が無数に生成した水塊は時速50キロ程度で、マリアが立っていた場所へ向けて飛んでいたが、それが消え、位置が更新される。
再び、マリアの位置に向けて、無数の水の塊が取り囲むように配置される。
「うざいうざいうざい!」
「フィナ、敵との間に大きめの1番! 杖無し」
「火炎魔法、炎天下衝波!」
マリアは指で何も描かずにそう言っただけで、マリア自身から炎が燃え上がる。
まるで、昨日、彼女がオーバードライブを宣言した時のような状況だが、彼女はその姿のままこっちに突っ込んでくる。
「水魔法、水流衝撃波!」
「馬鹿の一つ覚えみたいに同じ魔法ばかり使って!」
マリアは躊躇せず、フィナの大きな水の塊に突っ込んでくる。
やはりおかしい。
彼女は水の塊の中でも、まるで水の中に地面があるかのように、すいすいと闊歩してこっちに近づいてくる。
だが、それが確認できただけでよい。
やはり、マリアは宝具か何かの力で、水の中に入れるようになっている。
「ちょっと、全然魔法が効いてないよ!?」
やはり、フィナは動揺しているようだ。
「落ち着け。3番でマリアの攻撃、もう一回受けられるか?」
俺がそう言うと、フィナの声が響く。
「……、信じるからね!」
フィナは大きな水の塊を超えて来るマリアに対し、魔法を宣言しなおす。
「水魔法、湧水の羽衣!」
すると、再び魔法は成功し、万華鏡の杖に水の膜ができる。
「鬱陶しいんだよ! そんな魔法――!」
身体が燃え上がった状態のまま、マリアはフィナを殴ろうとする。
が、フィナは水の膜に覆われた杖で、その拳を払いのけた。
マリアは逆の手で杖を掴む。
フィナとマリアは、杖を挟んでにらみ合う。
が、突如、マリアはニヤリと笑って言う。
「フィナ。あなた、この万華鏡の杖を失うと私を倒せないでしょう。だから、あの時のような杖を手放しての体術戦は選択できない。それに、今、フィナは他の魔法を唱えると、この杖が燃えてしまう。一方、私は好きなタイミングで魔法が使える」
フィナは黙って、マリアを睨み返している。
「私の勝ち。 火炎魔法――」
マリアは開いた方の手で結界を描き魔法を宣言しようとする。
フィナは動けず、マリアを睨む。
そう。
この瞬間を待っていた。
マリアが動けず、かつ、マリアの魔法を唱える瞬間、かつ、俺から注意が逸れている状態。
俺はサコッシュからさっとあるものを取り出した。
それはーー、フィナと出会った日、気絶した魔女狩りが落とした、BB銃。
俺のことが全く眼中にないマリアに向け、俺はそれを構えて撃った。
パンッ。パンッパンッ。
乾いた音が、廃工場に響いた。
次回の投稿予定日は9/20(土)です。




