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やがて君を魔女にする  〜異能ゼロの俺と落ちこぼれ魔法使いの現代異能成長譚〜  作者: 蒼久保 龍
序章2部 魔法使いの里の脱走者

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26話 もし、運が悪ければ

【前エピソードのあらすじ】

フィナとマリアは過去、100回戦ったことがある。

特に、フィナは100戦目の記憶は鮮明に覚えているようで、機転や魔法を駆使して優位を作り、彼女の懐に拳を叩き込んだとのことだが……。


 完全に、マリアに私の拳が入った。

 ドンッと、深い感触だった。


「ぐっ……」


 そんな、マリアの声が聞こえた瞬間、彼女は掴んでいた私の棍を離していた。


 それを私は掴み直し、縦に一回転させ勢いをつけてから、マリアの右肩に思い切り振り下ろした。


 再び、ドンッと、鈍い音。


 またも、確かな感触があった。

 マリアの肩を思い切り叩き落した結果、彼女は顔面から地面に倒れた。


 勝った……、のかな?


 私は何も手を出さずに、マリアが倒れているところを待っていた。

 10秒、20秒と時間が経っていく。


 この時、私は勝てたと思っていた。


 例え、マリアが立ち上がったとしても、あと一歩だと思っていた。


「フィナって、やっぱりムカつくわ」


 29秒で、マリアは立ち上がる。


「29秒、ですね」


 私がそう言うと、マリアはこちらを睨んで言った。


「お師匠様に言われた。フィナの稽古をつけてくれてありがとうって。稽古なんて、つけていないのに」


「そうですか」


「その時、お師匠様に私に稽古をつけてくださいと言ったけど、断られた。せめて、アドバイスをくださいと聞いた。そしたら、なんて言われたと思う」


「分かりません」


 今でも覚えている。

 マリアは憎しみを嚙み殺し切れていないような、歪んだ表情。


「次に私が成長するときは、私がフィナに負けたとき、だって」


 私はその言葉に対し、何も言えなかった。

 お師匠様が本当にその言葉を言っていたとしても、その意味が分からなかったから。


「私はこの世界で一番強くなる。一番強くなって、強い者こそが選ばれる世界を作る。フィナみたいな弱いくせに、お師匠様の一存だけで門下生となるような、不平等が生まれないような世界を作る――」


 恐ろしくて、私はマリアの顔を、見ることができなかった。


「――、お気に入りだからって、あんまり調子に乗るなよ」


 そして、マリアは宣言した。


魔力開放オーバードライブ


 そこからは――。


 ・


「――、いや、記憶が、ないの」


 フィナは、ポツリと言うが、俺は黙っている。

 すると、彼女は続けて言った。


「99敗目までは、勝てるかもしれないって思ってた」


 フィナの声が、徐々に震えてきて、呼吸が上がってくる。

 泣きたいのだろう、彼女の顔は見ない。

 ゆっくり、次の言葉を待っていると、鼻水をすすりながら、嗚咽混じりにフィナは言う。


「100戦目、私は練習してきた、3つ目の魔法を、使えて――」


 彼女の想いが溢れたのか、彼女の言葉はすぐに続かない。


「狙った、作戦通りに、マリアに一発入れた、のに」


 俺の後ろで、鼻をすする音と同時に、きっと、涙の粒が地面に落ちた。


「マリアが、突然、魔力開放オーバードライブをして、私の、魔法が、何にも、効かなくなって」


 一瞬、言葉が止まった。


「そこからの、記憶が、なくて」

 

 人は泣く時、異常なほど呼吸が荒くなる。

 悲しいという感情に、どうしてそこまでエネルギーを使うのだろう。


 俺にはそれがわからない。

 ただ、涙で視界が覆われた時、どんな気持ちになるのだろう。

 それを知りたいとは思う。


「それから毎日、わたしは、フィナは落ちこぼれで、魔女に、なれません、って、マリアに、宣言するよう、指示されて」


 言葉には意味がある、それを逆手に取った手法か。

 宗教のうち、人をマインドコントロールする事を目的とした、いわゆる宗教などで扱われる手法だ。


 人の脳にそれが事実だと刷り込むため、毎日毎日同じ事を宣言させる。

 人が放つ言葉は、たとえ強制的に言わされていても、次第に、次第に意味を持って頭の中を侵食する。


「あと、マリアの、火炎魔法が効かないから、ずっと、実験台にされ、て、毎日毎日、魔法を、撃たれ続け、て」


 声音に恐怖が混じる。

 おそらく、何度も何度も魔法を撃ち込まれたのだろう。


「そして、マリアには、決して、逆らわないと宣誓させられて、毎日、マリアの取り巻き達に、嫌がらせ、させ続けられ、て。マリアが修行に出てからも、私はずっと――」


 もしかすると……、フィナは最初から、自分のことを落ちこぼれだと言うような自己肯定感が低いわけじゃない、のかもしれない。

 おそらく、あのマリアに心を折られたのだ。


「私が、勝手に脱走して、お師匠様に、迷惑をかけたことは、事実だし、やっぱり、クロエちゃんに頼んで、返してもらったほうが……」


 フィナは嗚咽を繰り返しながらそう言った。


 俺は、彼女にどんな声をかければ良いか分からない。

 目の前で、誰かが悲しんでいる状況を経験した回数が少ないからだ。


 だから、考える。

 目の前のホテルの壁を見つめ、考えて、考えて、俺はある偉人の言葉を引用した。


「涙と共にパンを食べたものしか、本当の味は分からない」


 俺は振り返らず、フィナにそう言った。今の俺には、他人の言葉を引用することしかできない。


「なに、言ってるの?」


「フィナは今、悩んでいるだろう?」


 俺は静かに、できるだけ優しい声音を作って言う。


「悩んで、ない。もう、諦めるって……」


「それはダメだ」


 俺は思わず、そう言いながら振り返る。


 と、そこには弱々しく、嗚咽を繰り返しながら涙を手で拭うフィナの姿があった。


 彼女の柔らかな水色の髪の一部が、拭った手に引っ付いている。


 流れている涙はとても透き通っていてーー、いつもの明るく、キラキラと輝いて見えるようなフィナでは無かったが、俺は今の彼女の姿を見て、泣いている姿も綺麗だと思った。


 綺麗と言うのは、容姿的な綺麗さではなく、本質的な美しさのことだ。

 人生への本気度、真剣さ、そして愚直さ、それら全てが、本当に綺麗に見えた。


 そして同時に思う。フィナが諦めるような姿を見たくない。


 君が俺のようになる姿は、絶対に見たくない。


「涙が出るのは、自分の理想と現実に乖離があるからだ。君が本当に魔女になる気がなければ、涙なんて出ない。本当は、この状況でも諦められないんだろ」


 俺は本で読んだような言葉ばかりを並べる。


「で、でも! なりたいと思うことと、実際になれるかどうかは違う!」


「少なくとも、なりたいと思わなければなれない」


 俺がそう言うとフィナは反論しようとして、だけどできなかったようで口をつぐんだ。

 そこで、俺はフィナに提案するように言う。


「運が良ければ、マリアと戦わずに魔女になれる。本来、同じ師匠を持つ魔法使いと戦うことはないんだろ」


「で、でも今はそんな状況じゃ……」


 彼女は涙を拭ってから言う。


「そう。でも今回のような状況は滅多に起こらないんじゃないか? だから、今回は相当運が悪かった。けど、今は運がフィナに向いている」


「運……?」


 上目遣いで、こちらの顔を覗き込むように言う。


「マリアはソラという名の魔法使いと今さっき決闘をした。その後、すぐにフィナをもう一度襲いに来るとは考えにくい。だから、マリアに絡まれる前に、フィナが師匠に脱走の許しを得ていないという偽の情報を流した者を叩いて、情報源を潰す」


「で、でも結局それって、私だけでこの状況を解決するって事じゃ――」


「フィナはサバンナに勝ったんだ。魔法が使えれば同格や、少し上の魔法使いには勝てる」


 俺がそう言うと、フィナは再び視線を落とした。


「ありがとう、でも、本当に買い被りすぎだよ。相手にどんな敵が待っているかは、わからないし、私は落ちこぼれ、だから……」


 彼女の繊細な水色の髪の毛が、彼女の表情を隠している。

 が、きっと、力なく俯いて、恐怖に唇を震わせているに違いない。


 俺は可能な限り優しく聞こえるよう、声音を作って言う。


「フィナは未来の魔女の弟子で、一番怖い相手を知っているだろう」


「それは……、身近で一番強いと思うのは、マリアだけど……」


 俯くフィナの前で屈んで、彼女の顔を覗き込んで言う。


「マリアよりも実力がある魔法使いが、クロエが見抜ける程度の罠に引っかかると思うか?」


 すると、フィナは目のやり場がなくなったよう、視線を右往左往させた。


「そ、それは……、わからない。クロエちゃんってとっても賢いし」


「マリアはおそらく、これが罠だという事を知って、フィナに襲いかかっていた」


「え、な……。え!?」


 俺の目を、フィナの水色の瞳が捉える。


「詳しいことは後で話すが。つまり、実力者で且つ、非常に頭の悪い魔法使いがいない限り、基本的にはマリアが今回の騒動で一番の難敵だ」


 しかし、フィナは迷いが残ったように、視線をチラリと左に逸らす。


「確かに、強い魔法使いはみんな、頭も良いけど……」


「マリア以外の人と戦って、嘘の噂の出所を潰してしまう。そうすれば、マリアがフィナを襲う理由が無くなるだろ」


 俺は淡々とまっすぐ、フィナの瞳を覗き込んで言い続ける。


「で、でも。未来の魔女の魔法使いで騙されている人が多ければ、囲まれる可能性だってあるんじゃ……」


「囲まれても、勝てる可能性はある。フィナ。さっきの話なら自信がないだけであといくつか魔法があるんだろ」


「それは……」


 俺は屈んだ状態から立ち上がり、両手でフィナの両肩を掴む。

 彼女の肩は筋肉質だが華奢で小さくてーー、軽く押したら倒れてしまいそうな感触だった。


 フィナと、至近距離で目が合う。

 彼女はぴくりと身体全体を跳ねさせて、緊張した面持ちで俺の顔を見ている。


「客観的に言うと、君は正しく魔法を使えば落ちこぼれじゃない。ただ、マリアが強すぎることは十分わかった」


 俺がそう言うと、フィナは再び、俺の目の前で弱弱しく頭を下げた。


「おそらく、噂を流した犯人は噂を流すための道具、宝具のようなものを持っているって話だったよな? その道具を奪って、正しい情報を流す。それだけで、マリアはルール違反ができなくなる」


 俺はそう言うと同時に、フィナの両肩を持つ手に力を込める。


「でも、今までの話は運が良ければ、の話だ。運が悪ければ……、マリアと戦うことになる」


 俺がそう言った瞬間、フィナは俺の目を見て息を呑み、唇を噛む。

 そして、腕、足が震え始める。


 おそらくマリアに負けてからのいじめは、今、フィナが語ったこと以外にも多岐にわたったのだろう。

 マリアはいろんな手を使って、フィナをいじめた。

 そして、フィナは俺と違って純粋だから、それを真に受けた。


 マリアと相対する事を想像するだけで、フィナの体は震えているが、それはおそらく、彼女が乗り越えなければならない壁。


「フィナ。もし運が悪く、この騒動を解決するためにマリアともう一度戦うことになったら、俺と一緒に101回目を戦ってくれないか」


 俺はフィナの肩を掴みなおす。

 フィナの透き通る水のような瞳の奥の瞳孔が開く。


 そして、その瞳に俺の顔が映る、俺の表情は真剣そのもので――。


次回の投稿予定日は8/20(水)です。


※8/17 サブタイトルを変更しました。(内容は変わっていません)

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