21話 対 火炎の魔法使い
【前エピソードのあらすじ】
同門の魔法使いに追われていると発覚したフィナ。
クロエの忠告を無視し、俺と共に逃げ始めるが、同門の先輩魔法使いに見つかってしまう。
※10/18 前書きを修正しました。
燃え盛る火炎のような髪を持つ相手の女がそう宣言した直後、俺の視界には火柱が発生していた。
そして、それは空中で延焼し、フィナの元へ伸びていく。
が、またもフィナは振り返ることまではできても、そこから身体が固まって動かない様子だった。
「フィナ!」
俺が叫ぶも間に合わない。と思ったが、その炎はフィナの目の前で止まった。
まるで鞭のように伸びた炎は、暗い夜道の中、フィナの眼前で煌々と光っている。
「お師匠様の愛玩動物が、何故、修行に出ているのかしら」
ん?
この女の言葉、おかしくないか?
強烈な違和感を覚える。
手紙に書いてあった内容は……。
「ご、ごめんなさい、マリア様」
俺がその言葉に気を取られていると、フィナは力無くそう呟いていた。
目の前の魔法使い、名をマリアと言うらしいが、すぐに手帳の内容を思い出せない。
即席で覚えたといっても、暗記できたのはフィナと同門同期のみだ。
逆を返せば、目の前の相手はフィナの同門同期ではない。
マリアと言う魔法使いの言葉からして、フィナの先輩だろうか。
マリアと呼ばれた女は、先ほど発動した火炎の魔法を解いて、フィナの方へ近づいてくる。
魔法使いは黒いワンピースを着ているからか、暗い夜の道では見えにくくなる。
が、信号機のついているような交差点で、派手に魔法を使うなんて……。
俺は周囲を見渡した。
すると、やはりさっきまでいたはずの車や歩行者等々が一切いなくなっている。
パチン!
音が響いた。
俺が音の鳴ったフィナとマリアの方を見ると、マリアと呼ばれた女はフィナの顔をビンタしていた。
「ご、ごめんなさい」
フィナは叩かれても反論せず謝った。
しかし、マリアという魔法使いは、再び腕を振りかぶった。
パチン!
もう一度、今度は逆の頬を叩く。
「このクズが! 何で私との約束を破った!?」
そんなことを言われても、フィナは足がすくんで動けない様子。
マリアはフィナの顎を、くいっと持ち上げる。
フィナは怯えたように目を逸らすが、その目をマリアはじっと見て、一言。
「殺す」
そう言って、マリアは逆の左手の人差し指を立て、虚空に何かを描き始める。
「火炎魔法――」
至近距離で魔法を、フィナの顔面に叩き込むつもりだろう。
俺はフィナの手を取って走り出す。
死ぬかもしれない、と思ったが、ここでフィナが傷を負うわけにはいかない。
ここで傷を負えば、逃げ切りがほぼ絶望的になる。
が、フィナの足はもたついて、動きがにぶい。
それに、さっきから、目が死んで、ごめんなさいという言葉ばかりを繰り返している。
「ごめんなさい、ごめんなさい――」
このままじゃ、フィナの顔面に魔法が叩き込まれる。
「フィナ!」
俺はフィナに叫ぶ。
そして、フィナを身体で押してどかす。
俺がマリアと呼ばれた魔法使いの目の前に立った。
すると、ようやくフィナはハッと気がついたように我に帰ったらしく、叫んだ。
「だ、ダメ! 何してんの!?」
「――、熱波火達磨!」
火炎でできた玉のようなものが、マリアの目の前に発生する。
寸前、俺は何も動けなかった。
が、フィナが俺の身体を掴んで横にずらし、俺は斜め後ろ方向に転倒した。
転倒した状態でマリアの方を見ると、マリアの拳が、魔法で作られた球状の火炎に覆われている。
その炎は暗い夜道の中心で燃え盛り、光っていた。
もし、その火炎玉が俺に向けて発射されれば、避けられないと思い、死を覚悟した。
しかし、幸いそれは、マリアの右手の前で作られていたままこちらに発射されることはなかった。
マリアは拳を火炎玉に変えた状態で俺に言う。
「まったく、不運な凡夫ね。まさか落ちこぼれフィナの協力者になってしまうなんて」
マリアは俺が協力者であることを知っている?
やはり、マリアは――。
と、そこまで考えたところで、俺は再度フィナに強く腕を引かれた。
我に帰り、思考を止めてフィナに言う。
「逃げるぞ! フィナ!」
フィナは返事をしない。
彼女の横顔は、まだ迷いがあるようだった。
しかし、俺は立ち上がり、フィナの手を引いて走り出す。
「逃げられると思う?」
俺はその言葉を聞き、チラリと後ろを振り返る。
すると、その直後、マリアは地面のアスファルトを蹴った。
「は!?」
俺は思わずそう呟き、眼を疑った。
彼女の一歩が異常に長かったからだ。
一度地面を蹴っただけで、俺との距離を一気に詰めてくる。
「協力者から殺す。火炎魔法――」
その言葉を聞いた瞬間、フィナは顔つきが変わった。
俺が掴んでいる腕を振り解いて、マリアに対し万華鏡の杖を構えた。
その万華鏡の杖は、突然、どこからともなく出現した。
超常現象の連続に、俺の思考は追いつかない。
マリアはフィナの様子を見ると魔法の宣言を途中で止め、フィナの目の前で後ろにステップを踏んだ。
1回のステップで4メートルほど後ろに後退し、フィナに言う。
「へえ。天体儀の宝玉以外の宝具じゃない。しかもそれって武具……、へぇー、珍しい」
すると、今度は目の前のマリアの衣装が、瞬きした瞬間に変わる。
さっきまで、黒いワンピースを着ていたはずが、今はまるで女子高生のような、白色のセーラー服と、紺色のプリーツスカートを着ている。
「服装が……、一瞬で変わった……?」
俺が戸惑うように言うと、フィナも万華鏡の杖を持つ手が震え始める。
「セーラー服の、装具……」
武具やら装具やら、訳の分からない言葉が飛び交う中、マリアは俺から明らかに目を離しているが、俺も事実に脳の処理が追いついておらず、冷静な思考ができない。
「その武具、どこから取って来たかは分からないけど、私のものにする」
マリアはもう一度、タンッと地面を蹴った。
今度は左手の人差し指を立てて虚空に何かを描きながら言う。
「火炎魔法、熱波火達磨!」
マリアは、自身の右手に火球を作りながら突っ込んでくる。
が、冷静に見ると、一歩が大きいだけでスピードはエミリーよりも遅い。
それが理由か、フィナは足がもたつきながらも、何とか回避した。
が、マリアは赤い髪を揺らしながら、回避したフィナの後ろから再び1ステップで迫る。
夜の街灯よりも明るい、彼女の火球をまとった拳が何度もフィナに迫る。
明らかに軽い身のこなし――、この身のこなしは普通の人間ができることじゃない。暗くて見えにくいが、靴も何か宝具を身につけているのか?
切り返して来たマリアを、フィナはかろうじてもう一度避ける。
しかし、次は避けた直後、マリアはその場で方向を俺に変え、別の魔法を宣言する。
「火炎魔法、業火砲風」
俺に向け、鞭のように炎が伸びてくる。
が、それほどスピードは速くない。
「フィナ! 魔法、小さめで速いやつ!」
俺が炎の鞭から逃げながらそう言うと、フィナはすぐに指で虚空に何かを描き始めた。
「水魔法、水流――」
宣言をしようとしたその時、マリアがフィナを睨む。
「フィナ、私に反抗するの?」
マリアがそう言うと、フィナの表情が一気に怯えに変わり、宣言していた言葉を止めてしまう。
と、同時にマリアの手から俺に向かっていた炎のムチは、フィナの方へ進路を変えた。
「フィナ!」
俺は叫んだが、時はすでに遅く、フィナに鳩尾あたりに、炎のムチが直撃した。
その炎はフィナの体に延焼し、フィナは丸焼けになる。
と、俺の頭の中では想定していたが、事実は違った。
フィナは炎の魔法を受けても、燃えなかったのだ。
しかし、燃えないが故に炎の鞭はまるで物理的な力を持つようで、その炎はグルグルとフィナを巻きつけ、拘束した。
その直後、マリアは吐き捨てるように言う。
「フィナって、水魔法って……、本当に気持ち悪い」
火炎の鞭で拘束した状態で、マリアはフィナの方は歩いて行く。
「ま、マリア、さ、ま」
フィナはその火炎の魔法で燃えはしないものの、暑そうで汗をかいている。
「貴方が修行に出るなんて、同門の魔法使いの恥」
マリアはそう言うと、再びフィナの顔をビンタした。
パチン。
乾いた音が響く。
「や、やめて……、私たちは同じ、お師匠様の――」
「私はあんな魔女、師匠だなんて思っていない」
マリアは淡々と言う。
「実力があっても、弟子によって態度を変えるような魔女、私がいつかこの手で倒す」
そして、フィナの顔に向け、炎の鞭が伸びる。
「天体儀の宝玉を私に差し出して、死ね」
「い、いや、です」
これまでも、フィナは魔法使いとの決闘を恐れていたが、マリアとの決闘はそれ以上だ。
というより、出会った直後から様子がおかしかった。
何か、フィナはマリアに対してトラウマのようなものがあるのだろうか。
いずれにせよ、このままじゃ、ジリ貧になるだけだ。
俺はマリアの視界の外に出るように動いていたが、マリアは先ほどからこちらをチラチラと見ている。
きちんと、凡夫である俺のことも警戒をしているらしい。
「フィナ。君は魔女になるんじゃなかったのか」
俺は、二人の横からそう言った。
すると、フィナよりも先にマリアが反応した。
「……、フィナが魔女、あーはっはっは」
マリアはいじわるな顔で大笑いを始める。
一方、フィナは鞭に拘束されたまま俯いた。
炎の鞭に照らされ、彼女の絶望したような表情が見える。
「あれだけ師匠にえこひいきされても、成績はいつも最下位、何をやっても失敗ばかり、師匠の期待を裏切り続けたフィナが、魔女!? 私があれだけ教育してあげたのに、あなたはまだ、魔女になるつもりだったの!? はっはっはっはっ」
再度、マリアは地面を一蹴りして、フィナに近づいた。
そして、魔法を解き、火炎の鞭を消して直接フィナの胸ぐらを掴む。
「フィナ、魔女になりたいって話は、本当?」
暗がりの中、二人の顔は街灯と炎の鞭に照らされていた。
やはり、フィナは唇が震え、目の焦点が定まっていない。
「わ、私は……」
静寂。
数秒間の沈黙。
が、その直後、マリアは言う。
「魔力開放で――」
マリアはそう言ったが、何も様子は変わらない。
が、フィナはその言葉を聞いた瞬間、両肩がぴくりと跳ね、ガクッと、腰から下の力が抜けたように膝が動かなくなった。
マリアがフィナの胸ぐらから手を離すと、フィナは腰を抜かして力無く膝をつき、まるで死刑宣告をされたかのような、絶望的な表情でマリアを見上げている。
その様子を見たマリアはニヤリと笑ってから、止めていた言葉を続ける。
「――またあの時みたいに教育してやろうか?」
マリアがそう言うと、空気が静まり返る。
春の少し湿った空気、夜でも寂しくないような暖かさ。
不自然なほど、人が誰も通らない交差点。
そんな空気の中、フィナの言葉は、あまりにも力無く放たれた。
「魔女になりたい、なんて、思って、ません」
その時、フィナはアスファルトに手をついて俯いたため、表情は見えなかった。
次回の投稿予定日は8/2(土)です。




