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やがて君を魔女にする  〜異能ゼロの俺と落ちこぼれ魔法使いの現代異能成長譚〜  作者: 蒼久保 龍
序章2部 魔法使いの里の脱走者

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20話 魔女になりたいなら

【前エピソードのあらすじ】

フィナは脱走者として、お師匠様から手紙で指名手配(捕まえて殺せという指示)を受けたが、事実は違う。

フィナはお師匠様から直接、修行の許可を受けていたからだ。

何者かが嘘の情報を流したのではと推察するがーー。


「あの人?」


 俺がフィナに問いかけてから、チラリとクロエを見る。

 クロエはやはり俺を敵視しているようで、俺を強く睨んだ後、スッと目を逸らした。

 しかし、フィナのことはまだ心配そうに見つめている。


「い、嫌……、あの人が、私を狙うなんて……」


 膝をついたフィナは頭を抱えて、そんな言葉をブツブツ呟いている。

 しかし、今は絶望している場合じゃない。


「フィナ、君は魔女になりたいんだろ」


 俺がそう言うと、フィナは固まった。

 が、同時にクロエが隣から言う。


「フィナ、あなたが今から取るべき行動は、逃げることじゃなくて、修行を諦めてお師匠様の元へ戻ること」


 クロエは優しい声音で、そう言った。

 フィナは全身をプルプルと震わせながら俯いた。


「私の飛行魔法があれば、お師匠様のお屋敷まで行くことができる。あえて言葉を選ばずに言うと、あなたはこの修行に出ている全ての魔法使いで一番の落ちこぼれなの。この状況、あなたはきっと死んでしまう」


 俺は黙って、クロエの言葉を聞いていた。

 クロエは頭が良い。

 識者の手帖に基づく能力値を踏まえても、かなり現実的な提案だ。


「今からお師匠様の元へ戻ろう? フィナは私の友達だから、絶対に死んでほしくないの」


 クロエは優しく手を差し出しながら、フィナの顔を覗き込む。

 その表情は俺に向けている強い表情とは異なり、真剣にフィナの身を案じているような、不安と優しさが入り混じった表情だった。

 と、その瞬間、俺はフィナの言葉を思い出す。


 ――、それに……、元の世界に戻ると、もう二度とこの世界に来れないから。


 未来の魔女の元へ戻ること、それは、この修行を諦めると言うこと。

 つまり、魔女の夢を諦めるということだ。


「フィナ、早く逃げないと――」


「あなたは黙って」


 俺の声はクロエに遮られる。

 クロエはフィナの顔を覗き込んで、いつの間にか優しげに微笑んでいる。


「一緒に、お師匠様の元へ帰ろう? 私が魔女になったら、一緒に暮らそうって約束したでしょ」


 3秒ほどの沈黙。

 室内から音が消えた後、フィナはクロエの手を取らずに言った。


「お師匠様の元へは、戻りたくない」


 フィナは震えた声音で、静かにそう言った。

 彼女が俯いているからか、表情は陰になって暗く見えた。

 俺は動かないフィナの手を引く。


「フィナ、とりあえず場所を――」


 しかし、その言葉を遮ってクロエが言う。


「私はフィナのことを友達だと思っているから言うけど……、貴方に修行は無理よ!」


 真っ黒な髪をさらりと揺らしながら、クロエはまっすぐ、フィナの俯いた様子を見ながら続けて大きな声で言う。


「あなた、どんな試験でも、修行希望生の中で最下位だったじゃない! 私は貴方に生きてほしい。私が魔女になった時、貴方には生きていてほしいの」


 クロエは黒い瞳を真っ直ぐとフィナに向けていた。

 本気で、フィナのことを思っているのだろうと、客観的に見ても分かる。


「フィナが魔女になりたいって夢を持っていることはわかってる。だけど、私は貴方に生きてほしい。だから、一緒に――」


 クロエがそこまで言いかけた時、フィナは顔を上げた。

 その顔は怯えていて、足も震えていて、見るからに弱々しい。

 しかし、彼女は前を向いた。


「クロエちゃん、ありがとう。でも私、もうちょっとだけ、勇気を出してみる」


 フィナはそう言うと、俺に言う。


「逃げよっか」


 俺は頷いて、フィナの手を引き玄関へ走り出す。

 しかし、後ろのクロエは叫ぶ。


「バカじゃないの!? 魔法も一つしか使えないうえ、お師匠様には過去一番の落ちこぼれって言われているのよ!? そんな状況で、他の魔女の魔法使いに加え、同門のみんなに追われて生き延びるなんて――」


「クロエちゃん。私、魔女になりたい」


 フィナはクロエの方を向いて言った。

 その時、フィナがどんな表情をしていたかはわからない。

 

「な、なんで……、フィナ――、なんで、そんな……」


 クロエはよたよたとこちらに歩いてくる。

 が、俺は一刻の猶予もないと判断し、貴重品一式の入ったサコッシュを掴んで、鍵を開けたまま走り出す。


 俺はフィナをチラリと見る。

 フィナも、クロエから目を切ったらしい。

 外に飛び出すと、もうすでに日は暮れていた。

 薄暗い住宅街の道を二人で走る。


「フィナ、よく、勇気を出したな」


 俺が走りながらそう言うと、彼女は小さな声で言う。


「私ひとりじゃ、絶対に無理だよ。でも、あなたが行こうって言ってくれたから」


 俺はちらりとフィナの顔を見ると、彼女は笑っていた。

 が、街灯に照らされたその表情は明らかに無理をしているように見える。

 押しつぶされそうなほどの不安に、必死に対峙しているのだろう。


「宝具も3つになったし、それに、何とかなるでしょ」


 楽天的だか、無理やり言っているのか。

 おそらく、後者だろう。


「どっちから来るか、分かるか?」


「一人は近い。すぐそこまで、来て……」


 階段を駆け降りて、暗い住宅街を駆け抜ける。

 俺の家は拠点として割れているらしいから、原因が分かるまではここを離れて、ホテルやら何やらでやり過ごすしかない。


 俺たちは息を切らし、数少ない街灯が照らす夜の住宅街を走り続けた。

 が、交差点を3個抜け、大きな通りに出て信号に遮られた時、俺たちはようやく立ち止まった。


 信号は赤色だが、目の前に車は一切通らないし、周囲に通行人も見当たらない。


 後ろでフィナも、息を切らして膝に手をついていた。

 俺は呼吸を整えながら、さっきから言わなければならないと決めていたことを言う。


「フィナ、もう自分のことを落ちこぼれって言うな」


 俺は息が上がりながらそう言うと、彼女も息が上がった状態のまま答える。


「え? なんで?」


「言霊って考え方は知っているか」


「ことだま?」


 知らないようだったので、俺は呼吸を整えながら言う。


「口に出した言葉は、まるで魔法のような効果があると言うことだ。フィナが自分のことを落ちこぼれと言うと、本当に落ちこぼれになっていく」


「なんでそうなるの? そんなのまやかしでしょう?」


 フィナは小さな声で疑うように言う。

 魔法使いにまやかしとバカにされるなんて、言霊が可哀そうだ。


「さあ、理屈はわかってないし、君みたいにまやかしだと言う人もいる」


 そう言うと、フィナはポロリとこぼすように言う。


「だって、事実じゃん。私、本当に何をやってもダメで……」


 その時の彼女の表情は、黄昏時の空に紛れるくらい暗い。


「フィナがそう思うなら、それは事実かもしれない。けど、自分は落ちこぼれだって言って、どうなる」


「え?」


 フィナは暗がりの中、膝に手をつきながら俺のことを見上げる。

 街灯が、フィナの顔を照らす。


 その眼に応えるよう、俺はすぐに言った。


「自分が落ちこぼれと言って、何が起こる」


「ま、まあ何も起こらな――」


「安心してるだろ」


 俺はまっすぐフィナに言った。

 街灯に照らされたフィナの顔はハッとするが、何も言わない。


「自分は落ちこぼれだから、自分は何もできないから、そうやって理由をつければ何かできなくても、落ちこぼれだからできなかったと言い訳になる」


「でも、本当に私は――」


 再び視線を落とすフィナ。


「将来、魔女になるんだろ」


 俺はフィナの声を遮って言う。

 すると、フィナは俺の方を見ないまま、ポツリと呟く。


「魔女に、なりたいけど……」


「それなら、自分のことを落ちこぼれと言うな。これまで一番の落ちこぼれだったとか、今、一番落ちこぼれだとかは関係ない。大事なのは今から何をするかだろう。私は魔女になる女だって言え。魔女になりたいなら、少なくとも魔女らしくあるべきだ」


「魔女、らしく?」


 彼女は膝に手をついたまま、顔を上げない。


「フィナの理想の魔女は、どんな魔女なんだ」


「……、お師匠様みたいに、堂々としていて、それでいて優しくて、強くて、でも、皆を許すことができる魔女」


「フィナの師匠は、自分は落ちこぼれだ、なんて言うか?」


 フィナは黙った。

 信号が変わったので、俺たちは二人とも走り出す。


「俺は、フィナが魔女になると思うぞ」


 手を繋いだ後ろから、フィナの声が聞こえる。

 しかし、俺は彼女の方は見ない。


「……、噓つき」


「嘘かどうかは関係ない。だから、フィナも自分が魔女になると言ってくれ」


「……、やっぱり、口が裂けても言えないよ。お師匠様に失礼だって、思っちゃう。私は落ちこ……」


「そう。あなたは落ちこぼれ」


 信号を渡った直後。

 そんな声が前から響いた。


 俺は振り返ってフィナの顔を見た。

 彼女は動かず固まっていた。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のように、微動だにしなくなった。


「まさか、こっちの世界で会えるなんてね。フィナ。いや、お師匠様の愛玩動物」


 俺がフィナの後ろを見ると、フィナと同じような髪型で、同じような身長の魔法使いがいた。


 どこか、フィナに似た雰囲気を感じるが、彼女の底から溢れ出るオーラは、フィナと全く異なる。


 歳は数歳上だろうが、歳が原因じゃない。

 また、街灯に照らされた髪の毛の色が燃えるように鮮やかな赤色であることや、若干鼻が高いことや、来ているワンピースの丈が長いことが原因じゃない。

 

 フィナの顔を純粋無垢と表すれば、その女の顔は真逆だった。

 顔のパーツはかなり似ているように見えるのに、どこか意地悪そうで、歪んでいるよう感じた。


「遊ぼう? フィナ」


 その女がそう言った直後、フィナは小さな声で、「ひっ」と悲鳴をあげた。


「火炎魔法、業火砲風」


 躊躇なく、その女は信号機のある交差点の、ど真ん中で宣言した。


次回の投稿予定日は7/30(水)です。


※7/27追記

エピソードタイトルを微修正しました

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