13話 初めての決闘へ
【前エピソードのあらすじ】
天体儀の宝玉は今のフィナが持つには危険な宝具と判断し、フィナからそれを取り上げた。
その直後、フィナは他の魔法使いの気配を感じ、ベランダに飛び出した。
フィナは窓を開け、慌ててベランダへ飛び出した。
俺もその後を追って、裸足のままベランダに出る。
太陽が傾いていたが、外は部屋の中に比べてかなり明るかった。
そして、フィナの視線の先には、フィナが着ているものと似た黒いワンピースを着たおばさん……いや、おばあさんが立っていた。
「ルーキー、みーつけた」
公道の中央に立つあの女性は魔法使い、なのだろうか。
推定でも60歳から70歳、後ろでまとめて結んでいる髪は白髪も目立っているし、皺の入った目元は垂れ下がっており、ほうれい線も目立っている。
その上、声がフィナの師匠よりも老けているように感じた。
「もう見つかっちゃうなんて……」
フィナはベランダでポツリと呟いた。
「つまり、さっきのルールで言うところの決闘希望者ってことか」
俺がそう言っても、フィナは動かない。
俺がフィナの方を見ると、彼女は小刻みに震えていた。
全身が震えて、ただその魔法使いの方を呆然と見ている。
「フィナ。どうせ相手が襲ってくるなら、家にいてもやられる。敵もフィナもその靴を履いているなら、よっぽど近くに人が来ない限り騒ぎにならないんだろ? 玄関から回って外に出るぞ」
「で、でも! 私は魔法を自由に使えないし落ちこぼれなんだよ! 決闘なんてしたら、2人一緒に死んじゃうよ!?」
「これまで、本当にまずい時は魔法が出てる。もし魔法が出なかったら、一緒に死のうか」
俺はフィナの顔を見ず、彼女の手を取って走り出した。
純粋に、その女性に勝てると踏んだからだ。
いや、正確には勝てる可能性が高いから賭けるべきだと思った、が正しいか。
「死のうかって……、やっぱりおかしいよ!? あなたは死ぬことが怖くないの?」
「ああ、怖くない」
「もう! 分かったから腕を引っ張らないで!」
「何となく、勝機を感じないか」
「勝機? 全然感じてない!」
「いや、さっき君のお師匠様が言っていることがこの修行のルールなら――、フィナはあの人に勝てると思う。俺は、君が弱い魔法使いだとは思っていない」
フィナは、え。とこぼすように呟いた。
が、俺は彼女の顔を一度も見ずに走り続けた。
「念のためもう一度確認だが、靴を履いていれば、フィナの出す魔法も関係ない人には見えないんだよな?」
「う、うん。そうだけど――」
俺は彼女を連れて家の前の道に出て、その魔法使いの前に立つ。
アスファルトの上に、その60代ほどに見える女は仁王立ちをしていた。
そして、手には何やら魔法少女が持つような、片手で持てるサイズの木か何かでできたステッキを持っている。
魔法少女が持つような、と形容した理由は、ステッキは桃色で塗られており、さらに、そのステッキの柄の先端に、穴が空いた丸型のオブジェがついているからだ。
オブジェも桃色で塗られており、その穴が空いたオブジェの中には、五芒星の形を立体的に模した鏡がはめられている。
あれがおそらく、この魔法使いが持つ宝具なのだろうか。
俺はその道具に興味をそそられていた。
と、その前に俺は周囲の様子を確認しておく。
幸い、見える範囲に人影は感じないし、異様なほど静かだ。
サバンナと名乗った女性は、その杖をこちらに傾けて、向けてくる。
「私の名は砂塵の魔法使いサバンナ。形の魔女の弟子」
相手が名乗ると、フィナは俺の前に立って名乗る。
「私は……水の魔法使いフィナ、未来の魔女の弟子」
「ふふ、未来の魔女の弟子のフィナ」
フィナは気づけば、水色の髪を後頭部の高い位置に束ねポニーテールを作っていた。
確かに、あの長さの髪の毛はポニーテールにしておかないと、戦いにくいだろう。
相手のサバンナは、赤色の手帳のようなものを取り出した。
彼女が持つ本は赤く、辞書のように分厚いが、タイトルは書かれていない。
また、彼女はその本にいくつも付箋を貼っていた。
その中でも、一際新しい付箋を見ると、彼女は淡々と言う。
「水の魔法使いフィナ。今年のルーキー」
何かを調べている?
あの本が宝具なのか何なのかわからなかったが、魔法使いに関する情報がわかるのだろうか。
それならあの本だけは絶対に必要だと、何となく直感した。
というかめちゃくちゃ中身が気になる。今すぐ欲しい。
「水の魔法使い、水、の一文字ね」
「何!? 何でわかるの!?」
「分かるわ、あなたが、師匠から何の宝具を託されて修行に出たのか、あなたが修行に出た時点で、どの程度の能力なのか、そして、あなたが修行に出て何年目なのか」
「な、なんで!?」
「この本に全て書いてあるからよ」
わざわざ教えてくれた。
この時点で、相手の魔法使いの実力の程を直観的に察知した。
「フィナ、この戦いは頑張って勝とう。あの本は、喉から手が出るほど欲しい」
しかし、フィナは俺の目の前で、足をプルプルと震わせていた。
その様子を見たサバンナは淡々と言う。
「そこの男は協力者? 悠長に協力者の凡夫を飼うなんて、これだからルーキーは」
おそらく、「かう」は、「飼う」と言ったのだろう。
人間を飼う、とはまるで家畜のような言い草だ。
「何が言いたいの?」
「魔法使いのくせに、凡夫に惚れたの?」
サバンナは挑発するような顔でそう言う。
「惚れてない!」
挑発にツッコミはできているが、フィナは明らかに怯えている。
「ははは、足も震えちゃって。ルーキーらしくていいじゃない。年に1人が2人は、なんで修行に出たのかわからないくらい弱い魔法使いがいるのよ」
サバンナはボサボサの髪の毛をかきながら、目の前に指を出す。
「砂塵魔法、黄砂嵐」
突如、大量の砂が目の前から飛んでくる。
「い、いきなり……!?」
フィナはそう言いながら、眼の辺りに手を翳し、眼を守った。
一方、俺はフィナの後ろで女の様子を見る。
と、女は再び指先で空気をなぞり始める。
「鉄塊魔法、アイアンアロー」
次は鉄鉱石のような岩が1つ、放物線を描いてこちらに飛んでくる。
速度は遅いものの、人間の半身ほどのサイズがあるため、当たるとひとたまりもない。
「え……」
が、その遅い鉄塊を前に、フィナはそう呟いて動かない。
いや……、足が固まって動けていない、と言った方が正しいか。
彼女はただ呆然と、その鉄塊を眺めている。
「フィナ!」
俺はフィナの手を引いて、横っ飛びをする。
何とか回避をすると、その鉄鉱石はアスファルトの地面にガンっと音を鳴らして転がった。
転がった拍子にフィナが怪我をしないよう、なんとか、彼女を抱きしめて俺が地面側に入った。
俺の膝は擦りむけたが、フィナの怪我は防ぐことができた。
すると、フィナは俺の腕の中でつぶやくように言う。
「魔法が使えないのに、決闘なんて絶対無理……。ハルが死んじゃう、逃げないと……」
フィナはポツリと、そんな言葉を発する。
しかし、ここは逃げるべきじゃない、戦うべきだ。
と、そんなことを考えているときに、サバンナは嘲笑うように笑いながら、フィナを見下して言った。
「はっはっは。やっぱり、何も知らないルーキーを狩るのが一番安定するわ! 修行に出てきたばかりの、右も左も知らないバカを痛ぶるのが最高」
彼女は完全に慢心して、大笑いをしている。
やはり、この魔法使いはあまり強くない魔法使いだと再度確信する。
「いや、勝てるぞ。さっきのエミリーとか言う魔法使いに比べれば、大したことないだろ」
俺は腕の中で怯えるフィナの目を見て、努めて冷静にそう言った。
次回の投稿予定日は7月5日(土)です。
※10/18 前書きを修正しました。




