2話(3)
【前エピソードのあらすじ】
屋上からなんとか無事に脱出したところ、フィナは突然眠ってしまう。
直後、フィナの師匠である未来の魔女がやって来る。
俺は魔法使いの「修行」の内容と、「天体儀の宝玉」の効果を魔女から聞き、フィナが「天体儀の宝玉」を他の魔法使いに奪われると死ぬことを知る。
「何もしなくて良い。協力者はその魔法使いとの間の記憶を失うから、普通の生活を送れば良い」
師匠は淡々とそう答えた。
記憶を失う。
そんな、非現実的な言葉も、昨日から体験した経験の連続が現実味を与える。
「それは、良かったです」
俺は思わずそう呟いた。
「あら、フィナが気に入らなかったかい?」
「いえ、記憶ほど、焼けついて離れず、痛々しいものはないですから」
俺がそう言うと、師匠は少し微笑んだのだろうか、雰囲気が優しくなったような気がする。
「相当フィナを気に入ってくれたようで何より。そんな君にはヒントをあげよう」
俺はフィナを気に入っている。それは図星だ。
「ヒント、ですか」
「今年、私の元から魔法使いとして修行に出た人数は108人。そのうち、秀でて優秀だった者6人は、六門生という称号を与え、この修行に送り出した」
師匠はつらつらと話す。
「さっき、君が殺されかけたのはその1人。しかし、普通、同じ師を持つ同門の魔法使い同士が争ってはならないことになっている」
フィナもさっき、そんなことを言っていた。
「しかし、その六門生の1人がフィナを襲った。それは本来、暗黙のルールとして許されない行為」
「裁かないのですか」
俺が躊躇なく言うと、師匠である「未来の魔女」ははっきりと言う。
「暗黙のルールであるから、私は裁かない。もちろん、裁く魔女もいる。私はこれが、フィナのためになると思っている。……、フィナと君は、真相に辿り着けるか」
話をしてわかったことは、このフィナのお師匠様も、人間らしい部分があると言うことだ。
この師匠は明らかにフィナを贔屓しているように見える。
他の弟子は嫉妬をしたりしないのだろうか。
気づけば、後方から師匠の雰囲気は消えていた。
と、同時に俺の眼前の景色は自室の風景に変わっていた。
背中にはずぶ濡れのフィナを背負って、右手にはずぶ濡れの学生鞄を持ったまま、俺は家の自分の部屋に戻っていた。
なんなら、俺とフィナは靴も履きっぱなしのままだ。
生まれて初めて、瞬間移動を経験した。
のかも、しれない。
・
まず、フィナを部屋の中で寝ころばせてから、俺は着替えた。水にぬれた服が気持ち悪い上に、体温を奪っていたからだ。
着替えてから改めてフィナの方を見ると、黒いダボダボのワンピースが、水に濡れたことで体にピッタリと張り付いている。
失礼ながら、フィナは胸がまったく膨らんでいないと思っていたが、そんなことはない。
そのため、目のやり場に困るうえ、彼女が寒いのではないかと思ったので、俺は毛布を彼女の体の上に被せた。
さて、彼女の着替えはどうするか。
昨日、フィナは荷物がないため着替えもないと嘆いていたが、先ほど瞬間移動をして帰宅したときにはなぜか、リビングの中央に俺の腰ほどまでの高さがある謎の木箱が部屋の中央に置いてあった。
俺は迷わずその木箱の蓋を開ける。
すると、その箱の中には、ぐちゃぐちゃと着替えや日用品が詰め込まれていた。
そのうえ、外観上の箱のサイズと、実際の中のサイズが異なるように見える。覗き込むと壺のような形に見える。
俺は改めてその箱を見直す。やっぱり、外観上のサイズと中のサイズに差がある。
何となくだが、フィナの道具だろうか。
その一番上には、彼女が昨日から着ているワンピースの替えらしき、黒いワンピースも数着あった。
魔法使いの私物。これほどそそられるものはない。
俺は好奇心に任せてその箱の中身を漁っていた。
なにやら、不気味な骨董品らしきものがたくさんある。
なんの生物かわからない生き物の頭蓋骨や、大量の勾玉、顔がトカゲ、上半身がシマウマで、下半身がキリンの謎生物の人形。
意味のわからないグッズがたくさん出てくる。
やはり、フィナは一端の魔法使いということなのだろう。
きっと、これらのグッズを使って占いか何かをするに違いない。
俺は夢中で道具を漁っていた。
と、1枚の写真を見つける。
魔法使いの世界にも、写真と言う技術はあるのか……?
そこには、小さなころのフィナと、その両親? らしき大人が2人。
いや、これはフィナなのか……? 容姿の面影はあるが、髪の毛の色と瞳の色が違う。黒色だ。
さらに、別の家族だろうか、小さい女の子が1人と、その周りに大人が2人。
いや、おかしい。
この写真はどう見ても、この世界の写真だ。
まるで、こちらの世界でご近所さんと撮影した写真のように見える。
「ちょっと! 何してるの!?」
フィナの戸惑ったような声が響く。
俺は慌ててそちらを見ると、フィナは眠気の残った両目を手でこすりながら、俺の顔を強烈に睨んでいた。
「私の荷物じゃない、これ? なんでここにあるの?」
「さあ。フィナを担いで帰ってきたら、置いてあったんだ。お師匠様のご厚意じゃないか?」
「じゃあなんで、私の荷物がぐちゃぐちゃになっているの」
俺は即座に誤魔化すように言う。
「さあ。最初からぐちゃぐちゃだったけど」
「この木箱、誰が開けたかわかるようになっているんだけど」
フィナが木箱に近づいて確認作業を行おうとする。
仕方ない。
面倒なことを避けようと嘘をついたが、ここで信頼関係が破壊されることだけは避けたい。
俺はフィナに対し、勢いよく頭を下げた。
「すいません。部屋の中に置いてあった木箱、フィナのものとは知らずに、勝手に開けました」
俺が頭を下げると、フィナは眠たそうな顔のまま、ポツリと呟いた。
「はあ、やっぱり」
「やっぱり?」
俺が顔を上げると、フィナは水色の髪を搔きながらため息をついた。
「なんで、すぐにバレる嘘をついたの?」
「え?」
「顔に出てたんですけど」
まさか、俺は嘘に相当の自信がある。
ハッタリか?
いや、でもフィナの顔は本当に分かっているときの顔だ。
「その木箱の中には見られたくないものも入ってるんだから」
「それは、例えば……?」
俺が好奇心に負けてそう問いかけると、フィナに頭をチョップされる。
「察してよ! はあ。私の道具ってすぐに分かったでしょう?」
俺はさりげなく、掴んでいた写真を木箱の中に戻しながら尋ねる。
「黒色のワンピースはたくさん入っていたけど」
「修行中の魔法使いの服装は決められていて、宝具の衣服か黒色のワンピースしか着ちゃダメなの。てか、普通他人の道具とわかっていて中身を漁る?」
「すいません、魔法使いがどんな道具を持っているか気になって」
俺が正直に言うと、フィナはため息をつく。
「1回目だから大目に見るけど、私は他の人に荷物を荒らされるのが大嫌いなの。次やったら許さないから」
フィナは見るからに、明らかにプンプンと怒った様子で、木箱の中に荷物を突っ込んでいく。
怒られて仕方ないと思う気持ちと、何故嘘がバレたのかと気になる気持ちが二つあった。
が、ここで蒸し返すと長くなりそうなので、俺は話を変える。
「フィナ、体調は大丈夫?」
「怒ってるけど、体調はなんともない」
まだ、機嫌は悪そうだ。
「さっき、フィナの師匠に会った」
フィナは勢いよく振り向いて、こちらを見る。
彼女のワンピースはまだ少し濡れていて、見るだけで何となく罪悪感が湧いてくる。
そのため、俺は目を逸らし、自分の部屋の壁を見ていた。
「え、私が寝ている間に……? って、そういえばよくエミリーから逃げてくれたの?」
「いや、師匠が逃がしてくれた。あと、箒を返してもらいにきたって言われて、箒は没収された」
つまり、フィナは帰る方法がなくなったと言うことだ。
フィナは慌てて、先ほどまでのことを思い出そうとしているように見えるが、俺は話を続ける。
「そのついでに、修行のことやその宝玉のこと、いろんなことを教えてもらった。その上で、フィナに聞きたい」
俺が率直にそう言うと、フィナは固まった。
「な、なに?」
フィナは混乱、焦り、バツの悪さ、動揺、それらが入り混じったような複雑な表情で俺を見る。
が、俺はそんな表情を意に介さず、率直に尋ねる。
「まず、その宝玉の効果について、知ってるんだろ」
そう言うと、フィナは露骨に目を逸らした。
フィナはとても純粋で、幼い人間だと思っていたが、それは勘違いだったらしい。
「な、なんのこと?」
あくまで、シラを切るつもりのフィナに対して、俺は切り込むように言う。
「なんでさっき、俺に対してその宝玉の効果を使ったんだ」
「え? 私、今朝言わなかったっけ? この宝玉の効果は忘れたって――」
「忘れるわけないだろ。この宝玉の効果は一度聞いて忘れるはずがない。修行の内容の詳細についてもだ」
フィナは、フローリングを見て黙っている。
「フィナは自分から修行に出たいと言ったんだろ。師匠から聞いた。そんなに修行に挑戦をしたい人が、修行の内容を知らないはずがない」
俺は淡々と、事実を突きつける。
そして、考える時間的余裕を与えず、言葉を続けていく。
「修行の内容は100個の魔法で作られた宝具を、ほかの魔法使いと決闘して手に入れること。フィナは俺に落ちている宝具を集める、他の魔法使いから奪うこともできると言った。君の嘘は事実と一見似ているように聞こえるが、他人に対して戦って勝利をする必要があるか否かという点で大きく違う」
黙り込むフィナに、俺は言う。
「なんで嘘をついたんだ」
「それは……」
何かを言おうとしたフィナは、眼を泳がせながら、悩んでいるように俯いて口ごもる。
俺はそんなフィナを見て、できる限り優しい口調で言う。
「フィナ。俺に本当のことを話してくれないか」
優しい口調で言ったからか、フィナはちらりと伺うようにこちらを見る。
俺は努めて温かい雰囲気を作り出そうと、フィナの目線の高さまで膝を下げ、目を合わせた。
目線が上から強い言葉を言われるより、同じ目線で対話をした方が良い、と本で読んだ記憶を活かす。
すると、その効果があったのか、フィナは目を逸らしながら言った。
「どこまで聞いたの?」
「お師匠様は、フィナの協力者だけ何も知らないのは不利だからといって、いろいろ教えてくれた。だから、一般的な協力者が知っていることと同じ程度の知識は分かるはずだ」
「それなら、私がこの宝玉を失えば、私が死んで、あなたが私との記憶を失うことも?」
フィナはいつもの無邪気で天真爛漫な様子とはやや異なる、真面目な様子で俺を見つめてそう言った。
決して、他人のペースで会話をしない俺が、心を乱されるような錯覚を感じた。
やはり、彼女は楽天的なふりをしてごまかしていただけで、全てを知っている。
そんな気がした。
「聞いた。だから、真実を教えてほしい」
フィナは疲れたような目で俺を見る。
その疲れた目がフィナから見られることはとても新鮮で、親近感が湧いた。
「その……、あなたは怖くないの?」
「怖い?」
「死ぬかもしれないこと」
ポツリと、彼女はそう呟いた。
次回の投稿予定日は6月28日(土)です。