10話 願いを叶える力、天体儀の宝玉
【前エピソードのあらすじ】
俺とフィナを本気で殺そうとしてくる魔法使い。
しかし、突然フィナの持つ宝石「天体儀の宝玉」が輝き、俺は魔法が効かない状態になった。
なんとか、エミリーのもとから逃げ出そうと屋上から空へ飛び出すが、箒は空を飛ばなかった。
「ぎゃあああああああああ」
落下しながら、フィナは絶望した表情で叫んでいる。
「フィナ、下に水魔法! 大きめで!」
一方、俺は反射的にそう言った。
「魔法使えないって! 死ぬ!? 死んじゃう!」
「早くしろ!」
俺の勢いに押され、フィナは落下しながら、右手で何かを描き、宣言する。
「水魔法、水流衝撃波!」
瞬きするや否や、近づいてくる地面との間に巨大な水の塊が現れた。
俺とフィナはギリギリ、意識が飛ぶ前にその水へ飛び込んだ。
バッシャーンと、水の中に入る。
と、その水の中にももちろん水流が発生しており、俺の目の前の景色がぐるぐると回る。
空が見えたり、地面が見えたりーーまるで遊園地の遊具のようで、非常に気持ち悪い。
数秒後、明らかに衝撃が和らいだ状態で、水の中から吐き出されるように地面に落ちた。
俺たちが落下したのは校庭の裏、人目のつかないところだが、アスファルトの上。
俺は全身ずぶ濡れで、さらに言うと俺の学生鞄はチャックが開いていたため、中の教科書まで全てずぶ濡れだった。
「よ、良かった」
同じく、ずぶ濡れであろうフィナの声が聞こえる。
俺は立ち上がり、同じく立ち上がろうとしたフィナの方を見ると――、彼女は突然、ふらっと横に倒れた。
「フィナ!?」
俺が慌てて駆け寄る。
外傷はないが、先ほどの魔法の影響か?
エミリーの魔法……、避けていたが、他の効果があったのだろうか。
それか、着地の衝撃で何かあったか?
「フィナ! 大丈夫か!?」
俺は身体をゆすろうとしたが、その直前、彼女はすうっと息をし始める。
そして、優しくはーっと息を吐いた。
「ね、寝てる?」
俺はフィナの口元に耳を当てて、呼吸を確認してからため息をつく。
が、安心してはいられない。
あの魔法使いがこちらに来てしまえば終わりだ。
「フィナ! 起きろ」
と、何度かゆすってみたが彼女は全く起きない。
こんなに深い眠り、やっぱりエミリーの魔法の類か?
俺は仕方なく彼女を担いで歩き始めた。
彼女も俺も、水に濡れて服が重たいうえ、担いでいる彼女を腕の力で支えながら、右手に箒、左手にびしょ濡れの鞄。
校舎裏の薄暗い景色が、非常に重たい雰囲気だった。
ふと、彼女の首の宝玉を見る。天体儀の宝玉と呼ばれていたそれは、光を失い、いつもの様子に戻っていた。
しかし、まずいな……。
なかなか前に進んでいる気がしないうえに、エミリーが近づいてくるような予感が、俺の背筋をつたう。
急いで移動をしないと……。
「フィナとエミリーが世話になっているね」
焦る俺の耳に、突如、聞いたことのある声が響く。
同時にパッと、背中に存在を感じた。
俺はすぐに、その声の主が誰か分かる。
「フィナの、お師匠様ですか……?」
後ろを振り向いてはならない気がしたため、俺は前を向いたまま尋ねた。
「ええ」
師匠はしゃがれた声で淡々と答える。
「俺が世話をしているのはフィナだけです」
俺がそう言うと、フィナの師匠は厳かな、しゃがれた声音で言う。
「他の協力者は知っていて、君だけ知らないことがあると、フィナがハンデを背負うことになる。だから、君に教えたいことがある」
確かに、俺が知らないことはたくさんある気がするが……、なんとなく、フィナの師匠は、ずいぶんとフィナに手厚い気がするのは気のせいか?
勝手に家出をしたのはフィナなのに、いろいろ手厚いフォローをしている気がする。
まあ、それは俺が感知するところではない。
俺はただ、校舎裏の薄暗い景色を眺めながら、師匠の話を聞くことにした。
「私やフィナが住んでいる世界には、現在、5人の魔女がいる。5人の魔女には弟子がおり、魔女は弟子である魔法使いを全て養う」
唐突に、フィナの師匠が話し始める。この話の一部は、昨日フィナに聞いたっけか。
しかし、気になる点はいくつもある。
具体的にどこで養っているのか。
魔女の里のようなものがあるのか。
何人くらい弟子がいるのか。
弟子たちはどのように生活を営んでいるのか。
「そして魔法使いが16歳を超えれば、師匠は次代の魔女候補と言える魔法使いに限り、魔法のような不思議な力を持つ道具、宝具を1つ渡し、この世界へ修行に出す」
これも、フィナから聞いた話とあっている。
「私がフィナに渡したのは、彼女の首にある天体儀の宝玉」
「特殊な効果があるということですか?」
と、気づけば俺の右手の箒は無くなっていた。
「天体儀の宝玉は持ち主の強い願いを叶える効果がある」
この話は聞いていない。
持ち主の願いを叶える効果。
それが真実であれば、俺の推察を超えて、その宝玉の力はあまりにも強大だと思った。
しかし、それは真実だろう。
先ほどの現象と、今の師匠の言葉は筋が通る。
そして、先ほど天体儀の宝玉はフィナの首の前で宙に浮いていた。
これも推察だが、宝玉が俺に魔法が効かなくなるために必要な力を付与したのだろう。
「当然、ただ願いを叶えるだけではない。持ち主の寿命を削って願いを叶える道具。命を削ってでも叶えたい思いだけを、本当に実現してしまう……。それがこの、天体儀の宝玉」
俺の後ろに立っていた師匠は、先ほどと全く口ぶりを変えず、衝撃的な言葉を口にした。
――命を削ってでも叶えたい思い。
俺は間髪入れずに尋ねる。
「その効果、フィナは知っているんですか」
「もちろん教えた。君はそんなこともフィナから聞いていないのか」
俺は思わず熱くなって、前を向いたまま語気を強めて言う。
「さっき、フィナは俺を助けるために、おそらくその宝玉の力を使ったんです。1回使うと、どのくらい寿命が――、いや、その前に魔法使いの寿命って――」
俺は自分が死ぬよりも先に、フィナに死なれる方が困る。
「まず、魔法使いの寿命は人間のそれと変わらない。また、一回使うと削れる寿命の量は、その効果に比例する、と言われている」
フィナにとって、俺の命を救うことは、命を削ってまで叶えたいことだったのだろうか。
俺にはそれがわからない。
俺は何も輝いていない、凡庸な人間。まさに、凡夫だというのに。
「魔法使いは誰しも、師匠の魔女が渡した宝具を持っている。そして、その宝具を決闘で奪い合って100個集めると、魔法使いは魔女として認められ、魔法の里を持ち弟子を取ることが許される」
決闘で奪い合う……? フィナの言っていたことと違うな。
「魔女は魔法使いたちが暮らす際のルールを決めることができる。そのルールは凶悪な魔法使いも、わがままな魔法使いも拘束する、絶対的な法規であり、破れば魔女だけが罰を執行できる」
俺は思わず、言葉が口から走って出た。
「決闘、ですか」
「ああ。原則、決闘以外で宝具が手に入ることはない」
原則とはいえ、決闘で奪い合うことが基本であるなら、フィナの言葉と、事実が大きく異なる。
「また、魔法使いがこの世界で魔法を使い、生きるためには、最初に師から預かった宝具を持たなければならない」
俺は目を閉じた。
「師から渡された宝具は、この世界でその者の魔力を制御するためにも使われている。それが他の魔法使いの手に渡れば、魔法を使えなくなる。いや、正しくは暴走した魔法に食われ――、死んでしまうと言った方が正しいか」
つまり、フィナの場合は天体儀の宝玉を失うことが修行失敗の条件。
ただ1つ、フィナが死ぬということを除いて、フィナが言っていたことと一致する。
「私は弟子の全員を修行に出すわけではない。全員死んでしまえば、こちらの里の生活が持たなくなるから。希望した者と、将来魔女になってほしい魔法使いだけを修行に出している」
「ということは、フィナは希望をしたということですか? それとも――」
咄嗟に俺が尋ねる。
「フィナは強く――、いや、とても強く修行に出ることを希望していた」
師匠はキッパリと言う。
その言葉は、紛れもなく真実らしく聞こえた。
フィナはこの世界を知りたいと言っていたから、それが理由か?
あるいは、魔女になりたいのか?
そこまで考えたときに俺は気づく。
俺はフィナの狙いについて、あまりにもわかっていない。
フィナがどういう性格で――、はなんとなく察することができるが、何を目的にしているか、何を成したいのか、そこが全くわかっていない。
修行のルールを知ればなおさらだ。
でも、昨日、フィナは元の世界に戻ることを拒絶した。
あれだけ自分を落ちこぼれと言っており、意外だったので印象に残っている。
太陽が隠れたのか、目の前の景色がより薄暗くなる。
「修行中の魔法使いが元の世界に戻ると、ペナルティがあるんですか?」
俺は思考を巡らせながら、フィナの師匠に尋ねた。
「修行中の魔法使いは、自力でこちらの世界に戻れるのであれば、別にいつ戻って来ても良い。ペナルティもない。その後の生活は、集めた宝具の数によって私が保証する」
まだ、俺は目を瞑っていた。
「ただ、一度戻れば二度と修行を再開できない。つまり、魔女になることはできなくなる」
元の世界に戻ると、二度とこちらの世界に来られない。
これもフィナは言っていた。
しかし、それ以外にデメリットはないのか。
今の話を踏まえると、フィナが元の世界に戻りたくないのは、何か特別な理由がある気がする。
例えば、この世界で探している人がいる、とか……?
「箒は返してもらう。仮にフィナが魔女になったとき、最初から魔法の道具を2つ持っていたなんて知れたら、資格が剥奪されてしまうだろうからね」
そして、やはりフィナが勝手に盗んできたこの箒も宝具と呼ばれる不思議な力を持つ道具だったらしい。
「協力者の役目は、なんですか」
俺は目を開き、前を向いたまま尋ねると、フィナの師匠は優しい声音で言う。
「協力者は魔法使いをこの世界で世話をする役目。本来、魔法使いが何も求めなければ、何もしなくても良いがーー、私の魔法では、フィナには世界を救う未来が見えている」
世界を救う未来が見える……?
少なくとも、フィナよりもすごい魔法使いなのだろうが、そんなことを言われても唐突すぎてまったく頭が追いつかない。
「だから、世界を救うため、たった1人で世界を支配できるほどの最強の魔女になってもらわなければならない」
え。
あのフィナが、世界を支配する最強の魔女に……?
昨日、水の塊を避けられた時の光景を思い出す。
フィナには申し訳ないが、あのフィナが世界最強になるなんて、到底想像できない。
「魔女狩りとの戦い、エミリーとの戦いを見ていたが、君ならきっと、フィナを最強の魔女へと導ける」
「……簡単に言いますね」
俺は思ったことをそのまま口に出すと、未来の魔女は後ろで笑った。
「ふふふ、君もフィナに似て正直だ」
それはない。
俺とフィナは全く似ていない。
真反対だとすら思う。
「確かに、簡単ではないだろうがーー、私は魔女だから、フィナだけを見守るわけにもいかない。一番身近な協力者として、フィナを育ててくれ。私は君の実績を踏まえ、信用している」
何が実績だ。
昨日とさっき、たかが2回、何とかしただけだぞ。
っと、相手のペースに飲まれていた。
冷静になれ。
「それなら一つ、教えて下さい。もし、フィナが天体儀の宝玉を失ったらどうすれば良いですか? たとえフィナが死んだとしても、あなたのもとに帰す必要が――」
これだけは聞いておかないと。
俺は背負うフィナの心臓の拍動を背中に感じながら尋ねた。
次回の投稿予定日は6月25日(水)です。
※物語の本筋が変わらない範囲で改稿しました。




