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第8話:告白

「さ、皐月!? それにお父様とお義母様がどうして……!?」

 内薗家の人間たちを見て、菖蒲は身も心も固まる。会うはずのない三人組と会うはずのない場所で出会い、菖蒲はかつてないほどの強烈な衝撃を受けた。

「ずっと探していましたわ。突然、明臣様に攫われてしまったのですから……。でも、もう安心してください。あたくしたちがお守りいたします」

「菖蒲、怖い思いをさせてしまったなぁ。あのとき、勇気を出して断ればよかったと後悔してしょうがないんだ」

「母親としてあんたを守れなかったことをずっと悔やんできたんだよ。どうして、母親らしいところを見せられなかったんだろう、ってね」

 皐月たちは菖蒲に向かって、そっと手を差し伸べる。ともに生きた九年間、菖蒲が一度も見たことのない優しげな笑みを浮かべて。能面のように張り付き狐のように狡猾な微笑みに、菖蒲は吐き気を催すほどの悪寒を感じる。何か……何か裏がある……。菖蒲の頭では激しく警鐘が鳴る。喉がかすれる感覚を覚えながら、疑問を紡いだ。

「私が明臣様に攫われたとは……どういうことでしょうか」

「何を仰いますか。明臣様に無理やり妻にされたではないですか」

「君の方こそ何を言っている。菖蒲に私の妻になるよう無理強いした覚えはない」

 菖蒲が離婚を申し入れ、明臣に拒絶され、婚約を維持したことは皐月たちもよく知っているはずだ。その場にいたのだから。なぜこのような意味不明な受け応えをするのか、菖蒲も明臣もまったくわからない。だが、皐月たちの話を聞くうち、菖蒲はその思惑に気づいた。

 ――きっと、どうにかして明臣様からお金を無心するつもりだ。

 その予想は的中した。内薗家の経済状況は菖蒲が思う以上に厳しく、皐月たちはすでに首が回らなくなっていた。豪勢な食事や酒、衣服のツケが目前に差し迫っている。そこで目をつけたのが明臣だ。悪知恵を働かせ、菖蒲を誘拐されたと難癖をつけ、慰謝料をせしめる計画を練り上げた。本来なら自分が、実娘が嫁ぎ名実ともに内薗家の本家を嫁ぐはずだったのに……という皐月と伊織の私怨も多分に含まれる。菖蒲は明臣にそっと話す。

「義妹と両親が申し訳ありません。無視しましょう」

「いや、どうやら無視することは難しいようだ」

「えっ……」

 硬い表情で呟く明臣に呼応するように、“帝都大桟橋”の起点と終点に大量の警官が現れた。明臣の逃げ場を塞ぐため……。警官の中から、胸に勲章をつけた男が一歩前に進み出る。

「我らは帝都特別警備隊だ。九条明臣祓魔局局長、貴殿には内薗菖蒲の誘拐容疑がかけられている。警察署までご同行願いたい」

 明臣の社会的立場を尊重してか物言いは丁寧だったが、有無を言わさぬ圧力が感じられた。大量の警官と皐月たちの騒ぎを聞きつけ、野次馬が集まる。今や、帝都大桟橋の周りは数多の群衆に囲まれた。

「私は菖蒲を誘拐などしていない」

「犯人はみなそう言う」

 明臣は努めて冷静に誘拐を否定するが、隊長以下警官たちはまったく動じない。皐月たちの顔には薄っすらと、それこそ共に生きてこなければ気づかないほどの小さく、そして邪悪な笑みが浮かぶ。

 このままでは明臣に危害が加わる。無論、菖蒲との結婚は誘拐ではないが、事情聴取ともなれば群衆の格好の噂になるだろう。ましてや明臣は妖の鬼で、祓魔局局長だ。事実無根でも、最悪の場合その立場を追われることになるかもしれない。耳が聞こえなくなるほど心臓が拍動する中、菖蒲の脳裏には九条家に来てからの日々、そして明臣と初めて会った日の光景が思い出された。誰よりも菖蒲を想い、尊び、愛してくれた大事な夫……明臣。

 今、彼を守れるのは妻である自分しかいない。

 ――私を守ってくれた明臣様を、今度は私が守る番だ!

 決心した菖蒲は…………明臣に力いっぱい抱き着いた。

「私が明臣様の隣にいるのは、誘拐されたからではありません! ……愛しているからです!」

「お、お義姉様、なにをっ……!」

「私は自分の意志で明臣様の夫になることを決めました!」

 明臣に抱き着いたまま、菖蒲は叫ぶ。警官はおろか、周りの群衆、奉日本屋の中にまで聞こえるほどの大きな声で。私は明臣様が好きなのだと。己の意志で結婚したことを示せば、誘拐容疑など消滅する。警備隊は皐月たちの話と食い違いを感じ、怪訝な表情を浮かべた。

 その様子を見て、流れを変えまいと皐月はさらに声を張り上げる。

「お義姉様は騙されて……!」

「皐月やお父様、お義母様は私のお金を使い込んでしまいました! 私の許可なく!」

「「なっ……!」」

 その言葉を遮るように、菖蒲は叫び返す。

「実の母が私の名義として残してくれたお金を、お父様、お義母様、そして皐月は勝手に全て使ってしまったんです!」

「「あっ、いや、それは……っ!」」

 皐月たちにとって、菖蒲が反抗するなんてことはあり得なかった。それこそ天と地がひっくり返っても。自分たちの奴隷であった少女の予期せぬ抵抗に、皐月は我慢できないほどの怒りが沸き上がる。掌を菖蒲に向けると、即座に異能を行使した。

「黙りなさい、お義姉様!」

 皐月の掌から、赤く燃え盛る火球が放たれる。警備隊と群衆が息を呑み、菖蒲が思わず顔を背けた瞬間、橋の中央に水の壁が現れた。憎悪の籠った火球を打ち消す。唖然に取られる一同の中、明臣が静かに告げる。

「これは私が使える異能の一つだ。菖蒲、君は私が必ず守る」

「明臣様……」

 相手は百戦錬磨の祓魔局局長。その事実は皐月の体温を不気味に下げた。たじたじと後れを取る皐月たちに、警備隊は強い疑念を抱く。

「……菖蒲嬢の話が本当ならば、皐月嬢たちに窃盗罪の容疑が生まれますな。そして、先ほどの異能の行使は殺人未遂罪に問われますぞ」

「ま、待ちなさい! お義姉様のお金を使うなんて嘘に決まっているでしょう! 異能だってちょっとしたいたずらよ! それよりも、明臣様の誘拐を……!」

「署までご同行を……お前たち、連れて行きなさい」

「「ま、待って!」」

 警備隊は皐月たちの腕を掴み、警邏車へと連行する。隊長の男は菖蒲と明臣に軽く会釈をし、警官の後に続いて消えた。ホッと一息つく菖蒲を、今度は大歓声が襲う。

「いいぞ! 頼む、もっとやってくれ! まさしく愛を感じた!」

「互いを思いやるなんて理想的なアベックだ!」

「胸がときめいてしょうがありませんっ!」

 好き勝手騒ぐ群衆に呆れつつ、明臣は菖蒲の体を力強く抱き返した。彼の胸には愛しい妻への想いがあふれ返る。

「ありがとう、菖蒲。また君に……守られてしまったな」

「夫を守るのは……妻として当然のことですから」

 口笛と大歓声が轟く帝都大桟橋の真ん中で、菖蒲はいつまでも抱きしめられていた…………何よりも大切な夫に……。

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