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第一章:結婚 x 結婚(3)

「ユージーン様のそういう前向きなところは大好きなんですけれども、僕としてはユージーン様に害をなすような人物を疑うのが仕事ですのでね」

「わかっている」


 ネイサンが心配するのもわかっているつもりだ。


 だが冷静に考えて、国王がユージーンに毒女と呼ばれるような女性との結婚を命じるだろうか。

 ユージーンは国王に忠誠を誓っており、魔獣討伐団を国王からの命令によって動かしている。国王からみれば、都合のいい駒のはず。


 それなのに、わざわざ変な女性をあてがうだろうか。どちらかといえば、ある程度、権力のある家柄の女性をすすめてくるのではないだろうか。

 いや、ベネノ侯爵家はそれなりに名の知れた家柄だ。ベネノ侯爵本人は、騎士団の近衛騎士隊長だったはず。


「ユージーン様。そんなに悩まないでください。僕が悪かったです。僕だって、ユージーン様には結婚してもらいたいですよ。だって、ほら。ユージーン様ご自身もこの場所も、いろいろと特殊なわけですから」


 今までだってまったく縁談の話がなかったわけではない。頻繁にあったわけでもないが、何回か話はあった。


 ユージーンだって二十六歳になった。兄弟もおらず両親を失っているユージーンにとって、次期辺境伯の話題があがると耳が痛い。


 それもあって、どこかの世話好きな貴族たちは、ユージーンが二十歳になった頃から家柄や年代の釣り合うような女性を紹介してくれた。その女性と会ったこともあるし、この城館に招待したこともある。


 しかし彼女たちにとって、辺境伯夫人という立場は荷が重いようだ。会って話をして城を案内して、それきり。今までの縁談は女性のほうから断られている。


 それなのに、国王がクラリスとの結婚を命じてきたわけだ。


「まあ、彼女も俺の提案を受け入れてくれるそうだから、彼女とは結婚をしようと思う」

「でも、僕は思ったんです。ユージーン様が結婚すると、皆、喜ぶでしょう? となれば離婚すれば悲しみますよね?」

「おいおい、何を言いたいんだ? いっていることがコロコロと変わりすぎだろう?」

「僕だって複雑な気持ちなんですよ。ユージーン様には幸せな結婚をしてもらいたい。だからその相手が毒女でいいのかって。だけど、この手紙を見ている限りですと、僕の知っているクラリス嬢と手紙の彼女は異なる。まったくわけがわかりません」


 もう少しクラリス・ベネノという女性を知る必要があるだろう。国王に正式な返事をする前に、彼女と顔を合わせることができればいいのだが、そうなればこの縁談は互いに受け入れたものだと思われてしまう。

 となれば、やはり手紙で相手を探るしかない。


 ユージーンが二通目の手紙を出すと、またすぐに返事が届いた。

 どうやらクラリスは他に気になる異性はいないらしい。だけど二年後の離婚には応じるし、二年後には王都に戻りたいとのことだった。ただ、ユージーンに好きな女性がいるのであれば申し訳ないと、謝罪の言葉が並んでいた。むしろ、それを理由にこの結婚を断ってもらえないだろうかとまで書いてある。クラリスからはこの結婚は断れないと、丁寧な文章で書かれていた。


 二通目の手紙を読めば読むほど、クラリスという女性がわからない。

 どうしたものかと思って「う~ん、う~ん」と唸っていたら「うるさいです」とネイサンから突っ込まれる始末。


「やはり、クラリス嬢も結婚を断れないそうだ」

「そうでしょうね。国王陛下からの命令ですからね」

「もし、俺に好きな女性がいるなら、それを理由に断ってくれと書いてある」

「いるんですか? 好きな女性」


 なぜかネイサンが食いついてきた。身を乗り出して、ユージーンの顔をのぞき込んでくる。


「いない、いるわけないだろう。だから、離婚前提の結婚をクラリス嬢に提案したんだ。結婚すれば世継ぎの話は出てくるだろうが、離婚した後に、どこから養子をもらうことも考えているから、それは問題ない」

「ユージーン様。枯れるのが早いです。とりあえず、クラリス嬢との結婚は受けると、陛下にちゃちゃっと返事をしてしまいましょう。世継ぎなりなんなりは、クラリス嬢と離婚した後に。もしかしたら、陛下がまた離婚後に別の女性をあてがってくれるかもしれませんし」


 相変わらず失礼なネイサンであるが、二年後のことは二年後に考える。


 ユージーンはクラリスへの返事を書くより先に、国王には「結婚を受ける」「素敵な縁に感謝する」といった、差し障りのない返事を出した。

 それからしばらくしてクラリスに向けて手紙を書く。


 ユージーンに好きな女性はいないこと。だから、国王には正式に結婚を受けると返事を出したこと。あとは、クラリスが好きなときにこちらに来てくれればいい――


 国王への返事はすらすらとペンが動いたのに、クラリスへの手紙は、ところどころ言葉に詰まってしまった。




 ユージーンが国王に正式に返事を出したためか、クラリスとの結婚の話はとんとんと進み始めた。ユージーンも一度はベネノ侯爵邸に足を運んで挨拶をすべきだと思っていたが、なかなかウォルター領を離れられない。魔獣が現れたという報告はないものの、討伐で領地を離れていたときの状況を確認したり、さらに領地内を見回ったりとしていたら、あっという間に二か月が過ぎた。


 それが落ち着いたからベネノ侯爵に訪問の伺いを出そうとしたところ、クラリスがウォルター領に来るという連絡が入った。どうやら、国王たちにせっつかれたらしい。


 挨拶ができなくて申し訳ないとベネノ侯爵から謝罪の手紙が届いたが、それはユージーンも同じである。ただベネノ侯爵はユージーンの立場をよくわかっているようで、結婚式の日取りなどはすべてユージーンの都合に合わせると書いてあった。


 ベネノ侯爵は、この結婚が離婚前提の結婚であることを知らないのだろう。娘が結婚する喜びがひしひしと伝わってくる手紙であった。


 クラリスが王都を発つと連絡を受けた翌日。魔獣の群れが北西の村のほうに現れたと連絡が入った。すぐさま魔獣討伐団を招集し、北西に向かう準備をする。


 だが、クラリスもやってくる。


 クラリスと会ったら、すぐさま結婚誓約書にサインをし、彼女と共にやってきた騎士に手渡すようにと、国王からの手紙には書いてあった。よっぽどこの結婚を急がせたいようだ。


「ネイサン。すまない。クラリス嬢が来たら、この誓約書にサインをもらってくれ」

「承知しました。ですが、もし、もしもですよ。クラリス嬢がやっぱりユージーン様との結婚は嫌だって騒いで、この紙をビリビリって破いたらどうします?」

「予備も用意してある。俺の机の一番上の引き出しにある。クラリス嬢が破ったらそこから予備を出してくれ。サインをもらえたら、予備の用紙は処分してくれ」


 クラリスがどのような女性か。会えるのを楽しみにしていた。


 しかし魔獣が現れてしまえば、それを倒して人々を守るのがユージーンに課せられた責務である。事前に届いた情報によれば、今回は長期戦になりそうだ。いつ、ここへ戻ってこれるのかわからない。もしかしたら――


 そんな最悪な事態を考えつつ、ユージーンは魔獣討伐団を率いて北西の村に向けて旅立った。


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