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第七章:告白 x 告白(2)

 なぜかハリエッタが恥ずかしそうに言葉を濁す。

 クラリスは小首を傾げた。


「夜?」

「あの……その……夫婦の営みです……」


 そこまで言ってハリエッタは両手で自身の顔を覆った。

 むしろ恥ずかしいのはクラリスである。


「は、は、は、ハリエッタ様。な、なにをおっしゃって……」

「クラリス様はご結婚されましたから、ウォルター伯とそういったことをされてもおかしくないと言いますか。ですが、私は……」


 自分のことは疎いのに、他人のことになると敏感になる。ハリエッタがそこまで言って、クラリスにはピンとくるものがあった。


「もしかして、殿下に求められていらっしゃるのですか?」


 ハリエッタは両手で顔を隠したまま、コクコクと頷いた。


(アルバート殿下は、いったい何を考えていらっしゃるの? このxxxx!)


 クラリスは心の中でアルバートに向かって悪態をついた。

 以前からハリエッタに対しては暴走気味のところがあったが、二人はまだ婚約の仲だ。婚前交渉を咎めるつもりはないが、ハリエッタの性格を考えれば、そこは慎重になるべきところなのに。


「ハリエッタ様が殿下を望みたいと思ったときに受け入れればよろしいのですよ。もし無理矢理襲ってくるようでしたら、殿下の殿下が使い物にならなくする薬を、殿下に飲ませますから」


 両手の下に隠されているハリエッタの顔が、クスリと笑った気配があった。


「ハリエッタ様。落ち着かれたのであれば、どうか顔をあげてください」


 先ほどから彼女は下を向き、顔を覆ったままだ。


「ハリエッタ様……?」


 返事がない。彼女の首元に触れると、脈動を感じる。


「ハリエッタ様?」


 彼女の顔に耳を近づけ、呼吸音を確認した。


「眠っていらっしゃる?」


 それにしてもこれは不自然だ。今まで会話をしていたのに、急に眠りに落ちるのは、病のせいか薬のせいか。

 しかし、ハリエッタがそういった病であるとは聞いていない。となれば、やはり薬によるものだろう。


 ハリエッタのお茶、お菓子、それらに顔を近づけにおいを確認するが、睡眠薬が混入された様子はない。


(もしかして……この花?)


 テーブルに飾られている見慣れぬ花。においを嗅ぐと、甘い香りがする。


(睡眠薬に使う材料のにおいに似ているかも)


 見慣れぬこの花から漂う甘い香りが、ハリエッタを眠りに誘ったのだ。


 クラリスとしてはこの花に興味がある。誰がどこで手に入れた花なのか。遥かなる異国にはこういった花が自生しているのか。それとも意図的に品種改良されたものなのか。


 いや、今はそれどころではない。


 ハリエッタを眠らせてどこかへ連れ去ろうと考えている人間がいる。

 誰かを呼びに行きたいが、その隙にハリエッタだけ連れていかれたらと考えると、迂闊にこの場を離れられない。


(ハリエッタ様。よりによって、人払いをされていたのよね……)


 となれば、ここはクラリスがハリエッタを守らねばならないだろう。

 できるだけ椅子をハリエッタに近づけて座り直した。


 カタカタと外から物音が聞こえる。誰かがやってきたのかもしれない。テーブルの下で彼女の手首をがっしりと掴んで、クラリスは眠っている振りをした。


 どこに連れていかれるのか。


 もしかしてクラリスだけ置いて行かれるかもしれない。狙いがハリエッタであるなら、その可能性は大いにある。そのときは、絶対にこの手を離してはならない。


 そんなことを考えながら、誰かが来るのを今か今かと待っていた。


「……おい。女が二人いるぞ。どっちだ?」

「青い髪の女だ」

(え?)


 クラリスの心臓は大きく跳ねた。

 ハリエッタの髪の色は金色。そして青い髪というのは、クラリスの空色の髪を言っているにちがいない。


(わたくし? 彼らの狙いはハリエッタ様ではなく、わたくしなの?)


 狙われる理由に心当たりはまったくない。嫌われ役を買っていたけれども、恨まれるようなことはしていない。


 だけどここで彼らに抵抗したとしても、ハリエッタを危険に晒すだけ。声から察するに男が二人いるのはわかるが、それだって最低二人であって、他にも仲間がいるかもしれない。


 となれば、ここはおとなしくクラリス一人が彼らに捕まるのが、無難なのではないだろうか。


 ハリエッタの手首をそっと離した。


「……んっ」


 顔に何やら布を押し当てられた。


(これは、睡眠薬? このにおいからすると、だいたい効果は一時間、二時間くらいかしら)


 つまり、この場所から一時間くらいで移動できる場所に連れ去られるわけだ。

 クラリスは全身の力を抜いて、四肢をダラリと垂らす。


 男たちによって両手両足を縛られ、頭からは何かをすっぽりとかぶせられた。恐らく、麻袋だろう。そして荷物のように、男の肩に担ぎ上げられた。


 王太子宮でここまでやるとは、絶対に手引きをした者がいる。

 クラリスはしっかりと意識を保ち、どこをどう移動しているかを推測する。


(きっと、裏口ね……馬車に乗せられたわ。本当に、荷物のような扱いね)


 荷台に転がされているようだ。


 ふと、ハリエッタのことが思い出される。彼女はどうしただろうか。


 気になっているものの、きっとあのサロンで眠っているだけにちがいない。だれかがハリエッタを探しに来て、異変に気づいてくれればいいのだが。

 とりあえずクラリスは、その場でじっとしていた。


 馬車が止まると、また荷物のように担ぎ上げられておろされた。馬車に揺られていたのは三十分程度だろうか。


 建物の中に入ったが、手入れが行き届いているところのようだ。


 乱暴に転がされるかと思ったが、ふかふかのソファにおろされた。そこで麻袋をとられたのか、瞼の向こう側が明るくなった。だけどまだ、寝たふりを続ける。


(ここは、どこのお屋敷かしら?)


 肌に触れるまろやかな外気、ほのかに香る甘い香り、そして座らせられている場所から判断すると、薄汚れた小屋ではないだろう。しっかりと掃除が行き届いている屋敷の一室。


 目を開けて周囲を確認したいが、まだ人の気配がする。


「じゃ、俺たちはこれで。約束はきっかりと守ったからな」


 サロンで聞いた男の声だ。話の内容から察するに、彼らは誰かに頼まれてクラリスをさらってきたようだ。


 問題は、その誰かである。


 静かにソファが沈んだ。隣に誰かがやってきた。体温が近づき、息づかいを頬に感じる。

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