第七章:告白 x 告白(1)
クラリスがハリエッタのお茶会に誘われたのは、王都をあと二日で発つというときだった。
ユージーンに相談してみると「いってきなさい」と穏やかに言う。
初夜と呼ばれたあの日、結局彼とは同じ寝台で眠っただけである。あれだけのことを言ったユージーンだが、クラリスを抱くようなことはしなかったし、それ以降も文字通り、一緒に寝るだけ。
王都にいる間、彼は騎士団のほうに顔を出し、魔獣討伐の実績について報告やら分析をしているらしい。だからクラリスを一人屋敷に残しているのを気にしていたようでもある。だから、ハリエッタの茶会に「いってきなさい」と言ったのだろう。
そしてハリエッタは、すでに王城で暮らしているようだった。アルバートと婚約をして半年近く。さらにあと半年過ぎれば、二人は結婚式を挙げる。王太子妃となる彼女は、一年の婚約期間を経てからの結婚となる。
婚約の先にあるのが結婚であるのはわかっているものの、婚約してから一年後に結婚と明確に決められていたから、ハリエッタはなかなか婚約に踏み切れなかったらしい。
それでもアルバートとハリエッタの仲睦まじい様子は社交界でも噂となっており婚約まで秒読みと何年も前から言われていた。そしてそれを邪魔しているのがクラリス。
しかし、やっとのことでアルバートとハリエッタが婚約し、クラリスがぱたりと社交界から姿を消したため、二人を取り巻く人の関係が変わっていく。
そんな不安もあって、ハリエッタは久しぶりにクラリスと話をしたかったとのこと。
「今日はお誘いいただきありがとうございます」
クラリスが案内された場所は、アルバートとハリエッタの生活の場となっている王太子宮にあるサロン。大きなガラス窓は庭に面しており、そこを解放すれば外へとつながる。明るい光をたくさん取り込んだ、とても華やかな場所だ。
「クラリス様。ウォルター領での生活には慣れましたか?」
目の前にはお菓子や軽食が置かれたスタンドが並べられた。お茶からはみずみずしい果物の香りが漂ってくる。
「そうですね。とてもよくしてもらっております。これもハリエッタ様のおかげです」
「私とアルバート殿下は、クラリス様のおかげで婚約できたようなものですから。クラリス様にもそのような相手と出会っていただきたいと思ったのです。もしかしたら、余計なお世話だったのかもしれないと、後悔したこともあったのですが」
ハリエッタの言葉どおり、余計なお世話だと思ったときもあった。特に結婚の話を打診された直後は、この二人を恨んだものだ。
だけど、結婚の前にユージーンから手紙が届いて、少しだけこの結婚に前向きになれた。そして向かったウォルター領は毒が豊富と、クラリスにとっては願ってもいない場所だった。
あの環境を見れば、アルバートもハリエッタも、クラリスの身体を慮っての紹介だったのだろうと理解した。
「あの、クラリス様。新婚生活はどのような感じですか?」
「どのような、とは? 残念ながら旦那様とお会いしてからまだ一ヶ月ほどしか経っておりません。わたくしがウォルター領へ嫁いだときには、旦那様は不在でしたの。やっと、魔獣討伐から戻っていらしたようで」
「まあ。そうだったのですね。お二人の仲がよろしいのでそのようには見えませんでした」
端から見れば、クラリスとユージーンは仲の良い夫婦に見えるだろう。そう見えるようにと、クラリスが寄り添っているからだ。
「ウォルター伯はクラリス様を愛していらっしゃるようですね」
ハリエッタの唐突な言葉に「そうですか?」とクラリスは目をすがめる。
「もう、クラリス様。そのような顔をなさらないでください。先日の結婚式の様子を見ましても、ウォルター伯がクラリス様を大事にされているのは、誰が見てもあきらかですよ」
ユージーンがクラリスを思ってくれているのは、言葉でも伝えられているからわかっているつもりだが、やはり第三者から指摘されると恥ずかしくなってしまう。
「小さな式でしたけれども、本当に素敵でしたわ。私もあのような式を挙げたいとアルバート様にお伝えしたのですが……」
「ハリエッタ様の場合は難しいでしょうね」
「ですよね」
ハリエッタはため息とともに、そう吐き出した。
「あの……クラリス様」
ハリエッタが話題を変える。
「このようなことを尋ねていいのかどうかもわからないのですけれど。でも、私にはクラリス様しかこういったことを話せる相手がいなくて……」
どちらかというと、ハリエッタは一歩引いて周囲を見回すような控えめで穏やかな女性なのだ。それでも自分の立場をわきまえているため、状況に応じて公爵令嬢といった立ち居振る舞いをする。
その結果、社交界でも評判の高い人気の令嬢となった。
「わたくしでよければお聞きします。もうすぐウォルター領に戻ってしまいますし、ここで聞いた内容を話すような相手もおりませんから」
社交の場に顔を出すつもりはないと遠回しに言ったつもりだが、どうやらその意図が伝わったようだ。
ハリエッタは、安心したかのようにほっと息を漏らす。
「クラリス様は、雰囲気がおかわりになりましたよね」
「そうですか?」
そう言われても自分ではわからない。だけど、生活が大きくかわったから、それが影響しているのだろうか。
毒師として王城にいたときは何かと慌ただしかったかもしれない。毒見はもちろんだが、母親と一緒に解毒薬を作ったり、さまざまな薬を作ったり、薬を与えたり。言われるがまま、何かしらの薬を作り、必要とする者に与えていた。
しかし、ウォルター領ではどうだろうか。
もちろん薬も作っているが、ゆったりと朝の散歩もできるし、森の散策も楽しめる。誰かに頼んで手に入れていた薬の材料も、今では自らの手で摘み取ったり捕まえたりできる。
ゆったりとした雰囲気のなか、のんびりとした時間を過ごしていたかもしれない。
「ええ、以前よりも愛らしくなりました。とてもやわらかくなったと言いますか。以前は、少し冷たい感じがありましたけれども」
クラリス自身もアルバートの前では冷たい表情を心がけていた。それは彼に害を与えそうな人物を威嚇するためでもあった。
「ウォルター伯のおかげですね」
ハリエッタのその言葉は間違いだ。ユージーンのおかげではない。
「やはり、愛し合っていらっしゃるからですか? その……夜に……」




