表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/43

閑話:侍女 → 領主

 ウォルター辺境伯ユージーン・ウォルター。それがメイの仕えるべき主人、クラリスの夫となった人物である。

 馬車で五日の旅を終え、ウォルター領に着いたというのに、肝心のユージーンは不在であった。結婚相手が不在であっても、書類上の関係は夫婦にしておきたいという考えがあったようで、クラリスは夫の顔も知らないのに結婚誓約書にサインをした。


 メイはユージーンがどのような人物であるか、気が気でなかった。暴力的な男性だったらどうしよう。横暴な性格だったらどうしよう。まして、離婚前提の結婚を提案してきたような男だ。身勝手な人物かもしれない。


 実際にユージーンと会うまでの間、メイはそんなことを考えていた。


「それにしても、旦那様はどのような方なのでしょうね?」


 不安になって、メイはクラリスに尋ねていた。


「わたくしも姿絵しか拝見していないけれども、やさしそうな雰囲気は受け取ったわ。それに、こちらで働いている使用人を見れば、なんとなくその主人の人となりもわかるでしょう?」


 その言葉にメイも納得する。


 何も知らぬメイに対して、ここで働く使用人たちは親切なのだ。よそ者だからって仲間はずれにするようなことはない。となれば、そんな使用人たちをまとめているユージーンも誠実な人なのだろう。それでもやはり、離婚前提の結婚の提案をしてきたことだけは解せない。


 クラリスがそれを前向きに捉えているからよいのだが。

 そんなユージーンが、魔獣討伐を終えて戻ってくるという先触れが届いた。

 ネイサンとジョゼフが中心となって、使用人たちに指示を出している。


 部屋の確認を――

 湯浴みの準備を――

 食事の用意を――


「メイは奥様をお願いします」

「は、はい」


 せっかくユージーンが戻ってくるのだ。クラリスも出迎えなければならないだろう。


 この時間、クラリスは温室にいるはず。

 そう思って温室へ足を向けたのに、そこにクラリスはいない。


「奥様、奥様。クラリスさま~」


 メイが声を張り上げるものの、クラリスからの返事はない。

 もう一度城館へ戻り、ネイサンに報告をする。


「ネイサン様。申し訳ありません。私が目を離したばかりに、奥様の姿が……温室にいらっしゃらなくて……」


 ネイサンは眉根を寄せて、考え込む。


「裏の森の入り口付近に、蛇の巣穴を見つけたと奥様がおっしゃっていたので、もしかしたらそこかもしれません」

「わかりました。すぐに呼んできます」


 そのような場所に蛇の巣穴があっただなんてメイは知らなかった。知ったところで何をするわけでもないのだが。

 ネイサンに言われた通り、裏の森の入り口へ向かうと、そこにしゃがみ込んでいるクラリスの姿を見つけた。


「奥様」

「あら、メイ。どうかしたの?」

「旦那様がお戻りになられるとのことです。すぐに着替えてお出迎えを――」


 メイがそこまで言ったとき、どこからか男性の声が聞こえた。大きく声を張り上げ、何かを伝えているような声だ。


「あら。この声は、きっと旦那様の声ね。魔獣討伐団の団長とおっしゃっていたから、最後に団員の皆に声をかけているのね。だったら急いで戻らないと」


 クラリスが慌てて立ち上がったので、メイもその後ろをついていく。


「あ。メイ。いいところに」


 クラリスを城館まで案内しようとしていると、庭師がメイを呼び止めた。


「この花をジョゼフ様に届けてほしくて。他にもとらなきゃならない花があるんだが、ジョゼフ様が急ぎと言っていて」

「メイ、わたくしは大丈夫よ。あとは他の人に頼むから。みんな、旦那様が戻ってこられて忙しいのでしょう?」

「申し訳ありません、奥様」


 城館はすぐそこ。

 メイはクラリスの後ろ姿を見送るのだが、はて? と気になったことがある。それはクラリスが手にしているもの。


「メイ。この花を頼む」


 庭師に花を押しつけられて、メイはすぐにそれを受け取った。だから、クラリスに声をかける機会を逃してしまった。


「ジョゼフさんに届ければいいのですね?」

「そうだ。頼んだ」


 庭師も忙しそうに、次の花の場所へと移動していた。

 メイは受け取った花を両手で抱えて城館へと向かうが、エントランスではなく裏口から入る。ジョゼフの元に向かうには、こちらから入ったほうが近いからだ。


「ジョゼフさん。花を預かってきました」

「ああ、メイ。いいところに。そちらの花はこちらの花瓶に」

「旦那様は戻られたのですか?」

「今、ネイサンが出迎えているはずです」


 だからメイは、クラリスが両手に毒蛇を持ったままユージーンを出迎えたとは思ってもいなかった。




 メイがユージーンを初めて見たのは、食事の場だ。だが、なんとなく、ユージーンがクラリスに好意を向けている様子を感じ取った。


 クラリスとユージーンの会話は、かみ合っているようでかみ合っていない。そのフォローに入るのがネイサンであり、メイも必要であれば助けに入ろうと思っていた。


 それでもユージーンからはクラリスに対する愛情が感じられた。本当に、この結婚は離婚前提の結婚なのかと疑いたくなるほど。


 そしてメイがそんなユージーンに声をかけられたのは、食事を終えたクラリスを部屋まで送ったあとだった。

 ユージーンの執務室に呼び出された。これではまるで、悪いことをして断罪されるような気分だと思っていたら、アニーもネイサンもジョゼフもいて、ほっと胸をなでおろす。


「君が、クラリスがベネノ家から連れてきた侍女だな?」

「はい。メイ・ロビンと申します」

「今、彼らから聞いたのだが、君は毎朝、クラリスと散歩にいっているのだな?」

「はい」

「では、明日からその役を俺に譲るように」


 いいえ、とは言えない雰囲気である。


「承知しました」

「ところでメイ。クラリスは何が好きなんだ?」


 唐突にそのようなことを聞かれた。この質問の意図をかみ砕くと、ユージーンはクラリスに何か贈り物をしたい。だから好きなものを聞いている。そう、理解した。


 しかし、本当のことを言ってもいいのだろうか。


 メイはこの場にいる三人の顔をぐるりと見回した。彼らはクラリスの状況を知っている信頼のおける者たち。

 すっと息を吸い込む。


「奥様の好きなもの……毒、ですね」

「ん?」

「奥様……クラリス様が好きなものは毒です」


 それ以外、思い浮かばない。

 何よりも、毒のある植物を見つけてはじっくりと眺めているし、毒をもつ生き物を見かけてはうっとりとしている。


「……なるほど。彼女は毒師らしいからな……」


 まさかこの答えをすんなり受け入れるとは思っていなかった。しかし、クラリスが毒を好きなのは紛れもない事実。他の三人だってメイの答えに納得したような表情を浮かべている。


「旦那様は、奥様……クラリス様のことを好いていらっしゃるのですか?」


 失礼だとは思いながらも、メイはなぜかそう尋ねていた。


「そうだな。会ったのは先ほどが初めてだが、好ましいとは思っている。それが何か?」


 なぜかその言葉にメイは安堵した。


「いえ。クラリス様のことを末永くお願いいたします。クラリス様は私の恩人のような方なのです。クラリス様が幸せになるのが、私の幸せでもあります」


 メイの訴えに、ユージーンは深く頷いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ