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第一章:結婚 x 結婚(2)

「いや、だが。こちらからは断れないだろ? それならば向こうの意思を確認しておくのも必要ではないのか?」


 もしかしたら、本当に泣いて叫ぶほどユージーンとの結婚を嫌がっているかも知れない。そうであれば提案したい内容がある。それを伝えたいのだ。


「結婚したとしても、その事実さえあれば国王は納得するはずだ。もちろんアルバートもな。この手紙には結婚しろと書いてあるだけで、離婚してはならないとは書いていない」


 結婚した事実をつくり、それ以外はお互い好きに生活すればよいのではないだろうか。いわゆる、白い結婚と呼ばれるものだ。ようは紙切れ一枚の関係。


 ネイサンも、ユージーンが言わんとしていることにピンときたらしい。


「つまり、ユージーン様はクラリス嬢を辺境伯夫人として一度は迎えるが、何年かしたらヤリ捨てると?」


 なぜかネイサンは一部、湾曲して理解している。


「ヤらない、捨てない。円満離婚だ」

「なるほど……とにかく結婚という関係さえ作ってしまえばいいと、そういうことですね?」

「そうだ。だからクラリス嬢には他に恋人を作ってもらってもかまわないし、俺との離婚後はその男と一緒になってもらってもかまわない。ただ、離婚が認められるための二年間だけ、少しだけ我慢してもらう必要はあるが」


 結婚後、二年経っても子に恵まれなかった場合、この国では離婚が認められている。それは、世継ぎといった意識が根強く残っているからだろう。


 だからその二年の間だけはしっかりと避妊をしてもらいたい。それが、ユージーンがクラリスに望むこと。


「つまり、離婚約っていう関係ですね」

「なんだ、それは」

「結婚の約束が婚約ですよね。だから離婚の約束だから離婚約。離婚前提の結婚を、離婚約と呼んでいるところがあると、何かの本で読んだことがあります」


 ネイサンはこういった知識は豊富である。


「まあ、ユージーン様がいくら離婚前提であったとしても、毒女を夫人として認めるというのであれば、僕からは何も言いませんがね。ただ、ウォルター伯としての評判が下がるようなことだけは避けてもらいたいですね。醜聞とかね」

「そのためにも、事前に手紙を送り、こちらの意図を説明しておく必要があると判断した」

「なるほど」


 ネイサンは、左手の手のひらを右手で作った拳でポンと叩いた。


「ユージーン様はご自分でそこまで考えていらしたのですね。僕の意見なんていらないじゃないですか」


 それでも誰かに聞いてもらいたかったのだ。一人で抱え込みたくない内容だった。

 国王からの手紙は、返事は一か月以内にと書いてあったが、その返事に断りは含まれないのだろう。ただ、時間をかけて受け入れろと、そういう意図を感じとった。

 となれば、その一か月の間に少しでもクラリスという女性を知ったほうがいい。毒女、腰巾着と社交の場では言われているようだが、いったいどのような女性なのか。いろんな意味で彼女が気になった。




 ユージーンは早速クラリスに宛てて手紙を書いた。王都から国境までは馬車で五日かかる距離であるが、手紙であればその半分の時間でやりとりができる。


 クラリスからはすぐに返事が来た。手紙を読んだ瞬間、彼女に対するイメージがなんとなく変わった。少なくとも、毒女という印象はない。


「クラリス嬢から返事がきた」


 執務室にネイサンを呼び出し、クラリスからの手紙を見せつける。


「お前も読んでみろ」

「そんな、お二人の恋文を僕が読んでもいいのですか?」

「恋文、言うな。報告書みたいなものだ」


 肩をすくめたネイサンは、ユージーンから手紙を受け取った。


「きれいな字を書く方ですね。文章も丁寧だ。それに、なんかいい香りがしますね」


 それだけで人の印象は変わる。顔が見えない分、文字でやりとりをするのは気を使うもの。そういった細やかな配慮が、節々から感じられる手紙であった。


「つまり、毒女はユージーン様の提案を受け入れると?」

「お前、そろそろその呼び方はやめたほうがいい。普段からそういうことを言っていると、本人の前でも口に出るからな」

「あっ」


 ネイサンが慌てて口を手で覆ったのを見ると、彼は無意識のうちにクラリスを毒女と呼んでいたにちがいない。この無意識がここぞという場面で出てしまうから、普段からの習慣が大事なのだ。


「失礼しました」

「まあいい、次から気をつけろ。そうだ、クラリス嬢は俺の提案を受け入れるとのことだ」

「離婚前提の結婚、離婚約……考えてみれば、これを提案するユージーン様ってクズですよね」


 先ほどまでクラリスを毒女と言っていたかと思えば、今度はユージーンをクズ呼ばわりする、この手のひらの返しよう。


「互いに歩み寄った結果だ」

「だけど、クラリス嬢は花が好きなんですかね? 温室を用意してほしいだなんて」


 ネイサンが言ったように、クラリスからの手紙にはユージーンの案に同意するが、できれば二年という時間を有意義に過ごすために、温室を用意してほしいという要求だった。


「まあ、間男を望まれるよりは簡単な願いだな。裏庭にある温室、あれをクラリス嬢に使ってもらおうと思っている」

「え? 裏庭の? いいんですか、あそこで。裏庭って、裏が森になってるから……」

「だが、すぐに使えそうな温室はあそこしかない……。まあ、あの場所は森に近いから、今は誰も使っていないが……。注意さえすれば問題はないだろう?」

「まあ、そうですけども……相手はクラリス嬢ですよ? 文句、言いそう」

「とりあえず、だ。とりあえず。急いで、他に温室を作らせる」


 少しでも彼女には快適な時間を過ごしてもらいたいという気持ちが、ユージーンの中に芽生えているのが不思議だった。クラリスの手紙を読んで、彼女への印象が少しだけ変わったからだろうか。


 それでも油断大敵。たった一通の手紙。彼女がこちらに来るまでの間、手紙は何度かやりとりをして、彼女の人となりを知っておいたほうがいい。


 だからユージーンは早速返事を書いた。


 温室をすぐに用意すること。ただ、今まで使われていなかった場所であるから、程度はよくないかもしれないという旨を記載した。

 また、他にもこちらで用意したほうがいいものがあれば、遠慮なく伝えてほしいと。


 念のため、クラリスに失礼にならないか、手紙の内容をネイサンに確認してもらうことにした。


「クラリス嬢に甘くありませんか? まだ噂の真相だってわかっていないんですよ? 考えてみれば手紙ですから、もしかしたら代筆を頼んでいるとかもあるのかなって」


 ネイサンはなかなか疑い深い。ただ彼は、本物のクラリスを目にしているわけだから、それだけ疑いたくなるような光景を目撃してしまったにちがいない。


「婚約披露パーティーのクラリス嬢とこの手紙を書いているクラリス嬢が同一人物であるとは、とうてい思えません。中の人が入れ替わったのではないでしょうか」

「お前も相変わらず失礼な言い方をするな。まあ、仮に二人が違う人物だったとしても、国王陛下が命じたのは、この手紙の相手であるクラリス嬢なのだろう。噂の毒女、腰巾着とは違うかもしれん」

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